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作品タイトル不明

伊勢松坂屋と長野家が連動する。長野家の若侍は伊勢松坂屋津支店長野家担当となるwww津の殿様は事態鎮静化するも伊勢松坂屋に領内の商いが握られたことに怒り狂うwww

伊勢松坂屋と長野家の話は、結局「勝手にしろ」という殿様の一言を根拠に、動き出すことになった。

もちろん、表向きにはそんな乱暴な言い方はしない。

文には、きちんと整えた言葉が並んだ。

津領内における交通の安定。

港の荷捌きの改善。

郊外の治安と住民支援。

寺社を通じた炊き出しと交流。

商い収入の安定化。

だが、実態ははっきりしていた。

長野家は、今まで得ていた商い絡みの収入を伊勢松坂屋に保証してもらう。

その代わり、伊勢松坂屋が新たに作る利益、つまり荷の通行、港の荷捌き、宿、飯場、人足、

街道整備、買い付けの流れから生まれる上っ跳ねは、すべて伊勢松坂屋が取る。

津の城下町には手を出さない。

そこだけは、長野家の面子を守るための線だった。

代わりに、郊外に二つの拠点を作る。

港に新たな横丁を一つ作る。

そこを、伊勢松坂屋の荷と飯と人足で固める。

港には、魚、塩、乾物、木綿、包み紙、信楽焼、奈良から来る紙や墨、香、薬種が

少しずつ流れ込む。郊外の拠点では、荷置き場と飯場を兼ねた横丁が立ち上がり、

寺社と組んで炊き出しも始まる。

表向きには、長野家が領民のために整備したことになっている。

だが、実際に走り回っているのは、伊勢松坂屋の袴を着た者たちだった。

その中でも特に目立ったのが、長野家から飛び出した若侍たちである。

彼らは「伊勢松坂屋・津支店長野家担当」として、帳面にも名前が載せられた。

「支店って書くんですか」

若侍の一人が困った顔をすると、ヨイチは淡々と言った。

「実態としては支店です」

「我ら、侍だったはずなんですが」

「今は伊勢松坂屋の者です」

「……はい」

博之は横で苦笑した。

「まあ、あんたらが間に入ってくれるから助かるんや。長野家の言葉も分かるし、うちの言葉も分かる。津の人らも、完全によそ者が来たと思わんで済む」

若侍たちは、深く頭を下げた。

「やれるだけやります」

「ただし、偉そうにするなよ」

「承知しております」

「あと、飯をちゃんと食え。腹減ってると揉める」

「そこも承知しております」

最初の炊き出しは、津郊外の小さな寺で行われた。

兵に駆り出され、田畑も荒らされ、不安を抱えていた領民たちは、最初こそ遠巻きに見ていた。

「伊勢松坂屋やろ」

「長野様と揉めた飯屋やないんか」

「若侍が逃げ込んだところやろ」

そんな声もあった。

だが、湯気の立つ飯と汁物が出ると、人は集まる。

具沢山の汁。

少しの魚。

漬物。

子どもには小さな甘い菓子。

寺の和尚が前に立ち、静かに言った。

「これは、長野家と伊勢松坂屋が、領内の安堵のために用意した飯です。苦しい時こそ、

まず腹を満たしましょう」

その横に、伊勢松坂屋の袴を着た若侍が立っていた。

かつて長野家にいた若者であることを知る者もいた。

「あんた、戻ってきたんか」

「戻ったというか……今は伊勢松坂屋の者として、津のために動いております」

「なんやそれ」

「私も、まだよく分かっておりません」

そう言って若侍が苦笑すると、周囲に小さな笑いが起きた。

噂は、すぐに広がった。

長野家と伊勢松坂屋が手を打ったらしい。

出て行った若侍たちは、長野家を裏切ったのではなく、津のために伊勢松坂屋側で働いているらしい。

郊外では飯が出ている。

港には荷が戻ってきた。

伊勢松坂屋の荷は関へ通るらしい。

長野家の収入も保証されるらしい。

商人たちは敏感だった。

「なるほど、手を打ったか」

「津を完全に避ける必要はなくなったな」

「港の横丁が伊勢松坂屋なら、荷を置いてもよさそうや」

「郊外の飯場が動くなら、人足も集まる」

白子、四日市、関の方にも、その話は流れた。

北伊勢の国人衆が仕掛けていた小競り合いも、少しずつ勢いを失っていった。

長野家が弱っていると思って突いていた者たちは、伊勢松坂屋が津の港と郊外に入ったと聞いて、

計算を変えた。

単に長野家を相手にするならまだしも、伊勢松坂屋の荷を邪魔するとなれば話が違う。

伊勢松坂屋は武家ではない。

だが、飯場を置き、銭を撒き、人を動かし、商人の信用を持っている。

そこを敵に回せば、商いの道で嫌われる。

何より、津の郊外で炊き出しが始まり、領民の不満が少し和らぎ始めたことで、国人衆の

「弱り目を突く」意味が薄れていった。

小競り合いは、すぐ完全になくなったわけではない。

だが、明らかに熱は下がった。

境目の村では、伊勢松坂屋の荷が通る日は、自然と地侍が顔を出すようになった。

寺社では、炊き出しに合わせて小さな市が立つようになった。

港では、横丁に飯を食いに来る人足や商人が増えた。

その様子を見て、長野家の調整役は深く息を吐いた。

「……本当に鎮まり始めたな」

若侍の一人が言った。

「飯と荷が動くと、人の顔が変わりますね」

「ああ」

「刀だけでは、こうはいきませんでした」

「分かっている」

調整役は、少し苦く笑った。

「分かっているが、それを殿にどう言うかが問題だ」

その殿様は、話を聞いて怒り狂った。

「なんで、わしの領地の商いを飯屋が握っとるんや!」

座敷に怒声が響く。

調整役は、静かに頭を下げていた。

「殿が、勝手にしろとおっしゃいました」

「そういう意味で言うたんやない!」

「しかし、事態は鎮静化に向かっております」

「誰のおかげでや!」

その問いに、誰も答えなかった。

答えられなかったのではない。

答えたくなかったのだ。

長野家の兵では、小競り合いを止めきれなかった。

殿様の怒声では、領民の士気は戻らなかった。

商人の信用も戻らなかった。

それを動かしたのは、伊勢松坂屋の飯と荷と銭だった。

もちろん、誰も口にはしない。

だが、家臣たちの沈黙が、かえってすべてを語っていた。

殿様は、その沈黙にさらに腹を立てた。

「お前らまで、飯屋の味方か」

調整役は、静かに答えた。

「味方、敵という話ではございません。津を鎮めるために必要な手を打ったまでです」

「わしの権限はどうなる」

「城下には入れておりません。城下町には手を出させておりません。港と郊外のみです」

「港を取られたら同じやろうが」

「港を動かさねば、収入も戻りません」

「うるさい」

「殿」

調整役は、顔を上げた。

「今の収入ベースは保証されております。領民への炊き出しも始まっております。

境目の小競り合いも静まり始めています。商人も戻りつつあります」

「だから何や」

「だから、これでよろしいのではございませんか」

座敷が凍った。

殿様は、信じられないものを見るような顔で調整役を見た。

「よろしい、やと」

「はい。少なくとも、今は」

別の若い家臣も、恐る恐る続けた。

「殿。伊勢松坂屋にすべてを奪われたわけではございません。むしろ、城下を守りながら、

港と郊外を動かしている形です」

「お前まで」

「領民は飯を得ております。兵の不満も少し和らいでおります。商人も戻ります。

今は、この形を利用するべきかと」

殿様は、拳を震わせた。

「勝手にせえと言うたら、本当に勝手にしよって」

調整役は、低く言った。

「はい。勝手にいたしました」

その言葉には、以前のような怯えはなかった。

殿様は何か言い返そうとしたが、言葉が出なかった。

周りの家臣たちは、もう殿様の怒りをまともに取り合わなかった。

ただ頭を下げ、必要な報告をし、必要な手続きを進める。

殿様が怒っても、飯は出ない。

殿様が怒っても、荷は動かない。

殿様が怒っても、領民の腹は満たされない。

そのことを、皆が薄々分かってしまった。

一方、津の港では、伊勢松坂屋の新しい横丁が立ち上がり始めていた。

人足が飯を食い、商人が荷を置き、若侍たちが通行の確認をする。

長野家の者であり、伊勢松坂屋の者でもある彼らは、どちらからも少し奇妙な目で見られた。

「お前ら、結局どっちの者なんや」

港の商人に聞かれると、若侍の一人は少し笑って答えた。

「今は、津を通す者です」

「うまいこと言うな」

「伊勢松坂屋にいると、こうなります」

郊外の寺では、炊き出しの湯気が上がっていた。

和尚が、飯を受け取る領民へ声をかける。

「今日は温かいうちに食べなさい」

そこへ、伊勢松坂屋の女衆が漬物を添える。

「おかわりは子どもからね」

疲れた兵が椀を受け取り、ほっと息をつく。

「……うまいな」

その一言が、少しずつ津の空気を変えていった。

松阪の本店で報告を受けた博之は、畳に転がりながら頭を抱えた。

「結局、津の懐握ってもうたやん」

ヨイチが淡々と言う。

「握りましたね」

「飯屋やのに」

「飯屋だからです」

「最近それで何でも片付けるな」

お花が笑った。

「でも、炊き出しで領民が落ち着き、港が動き、小競り合いが収まり始めているなら、

悪いことではありません」

「悪くはない。悪くはないけど、また帳簿増えるやん」

「増えます」

博之は天井を見た。

「長野の殿様、怒ってるやろな」

「怒っているでしょうね」

「でも、勝手にしろって言うたんやろ」

「はい」

「ほな、勝手に飯出すしかないな」

お花が小さく笑った。

「旦那様らしいです」

ヨイチは帳面に新しい項目を書き込んだ。

津郊外二拠点。

津港横丁一拠点。

長野家収入保証。

上乗せ利益、伊勢松坂屋取得。

若侍、津方面担当。

その文字を見ながら、博之はぽつりと言った。

「ほんまに、飯屋の帳簿やないな」

ヨイチは即答した。

「いいえ。飯屋が道を作った結果の帳簿です」

津の騒動は、ひとまず終息へ向かい始めた。

だがそれは、長野家が立て直したのではない。

長野家が、自分たちだけでは立て直せないことを、周囲に知られてしまったということでもあった。

誰も口にはしない。

けれど、皆が理解していた。

津は今、伊勢松坂屋の飯と荷によって、かろうじて回り始めているのだと。