軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

北伊勢から帰ってきた長野の若侍から博之に津について相談される。慈善事業ちゃうから相当利がないと無理よ

長野の若い衆は、北伊勢から戻ってから、すぐに博之へ話を持ち込んだ。

広間の端で、まだ旅の埃が少し残る袴のまま、若侍たちは頭を下げる。

「旦那様。少し、お話よろしいでしょうか」

博之は、茶を飲みながら顔を上げた。

「ええよ。北伊勢の話か」

「はい。それと、津の話でございます」

その言葉に、ヨイチとお花も自然と近くへ寄った。

「今、津はかなり厳しい状況になっております。北伊勢の国人衆が、領地の狭間で小競り合いを

仕掛けています。村の刈り取りや、荷の通行妨害、押し込みのようなことも起きているそうです」

「聞いた話と同じやな」

「はい。さらに、雑兵の士気が低い。領民の負担が増え、殿様の機嫌も悪い。商人筋には、

伊勢松坂屋と揉めた話、我々が出た話も広がっております」

若侍は、少し息を整えて続けた。

「私の案としては、まず津の郊外で炊き出しをするところから始めるのがよいのではないかと

考えました。寺社を使い、領民と少しずつ交流し、伊勢松坂屋が敵ではないという形を作る。

そこから関係を深めるのが一つではないかと」

博之は、しばらく黙っていた。

そして、少し首を振った。

「それは甘すぎるぞ」

若侍は、はっとした顔をした。

「甘すぎますか」

「うん。気持ちは分かる。炊き出しは悪くない。けど、伊勢松坂屋の者として動くなら、

それだけでは無理や」

ヨイチが静かに頷く。

「旦那様のおっしゃる通りです。こちらはすでに津と何度も揉めています。飯場、信楽焼、

奈良の僧侶の件。ここでただ炊き出しをすると、善意だけを吸われる可能性があります」

博之は、若侍を見た。

「俺が考えてるのは、もう少しはっきりしてる」

「はい」

「長野家の商売一切を、こっちが預かる」

広間が少し静まった。

若侍たちも、一瞬言葉を失う。

「商売一切、でございますか」

「そうや。言い方は強いけどな。長野家が今、年貢や港や市場から得ている商い絡みの収入があるやろ。

その基礎の部分は、こっちが一定額として負担する。つまり、今まで長野家が受け取っていた分

くらいは、保証する」

「保証……」

「その代わり、それより上に乗った利益は、全部こっちが取る」

ヨイチが補足する。

「長野家側からすれば、最低限の収入は読める。伊勢松坂屋側からすれば、商いを整え、

荷を通し、港と郊外を使う権利を得る。その上で利益を取る形です」

博之は続けた。

「もう一つ大事なのは、うちの大量の荷物を関の方まで安全に通す約束や。関から草津へ

抜ける道が重要になってる。そこへ荷を通す途中で、津の領内や周辺で邪魔されると困る」

「はい」

「だから、長野家には言わせる。伊勢松坂屋の荷には手を出すな。通す。港と郊外の荷置き場を認める。

寺社や地元の顔役にも、その筋を通す」

「それが条件ですか」

「そうや。それを飲むなら、炊き出しもする。港に横丁も作る。郊外にも横丁を作る。

城下町はまだ触らん」

若侍は、そこで少し顔を上げた。

「城下町には手を出されないのですか」

「今はな。殿様のお膝元やろ。そこにいきなり店を出したら、いくら“勝手にしろ”と言っていても、

腹の中では面白くないはずや」

お花が頷く。

「面子の問題ですね」

「そう。だから城下町には手を出さない。素通りでええ。むしろ郊外を二つ作る。

荷物の中継地点を厚くする。港はガチっと押さえる。港に関しては、伊勢松坂屋がかなり強く

関わる形にする」

ヨイチが帳面にさらさらと書き込む。

「津城下には手を出さず、郊外二拠点、港一拠点。炊き出しは寺社経由。商い収入の基礎分を

長野家へ保証。上乗せ利益は伊勢松坂屋。荷の通行安全を長野家が保証。関方面への通行確保」

博之は頷いた。

「それぐらいの理がないと、こっちは動けへん」

若侍は、しばらく考え込んだ。

そして、ゆっくりと言った。

「おっしゃっていることは分かります。むしろ、その方が通る可能性があります」

「ほんまか」

「はい。殿様は、伊勢松坂屋が城下に入ってくるとなれば、必ず怒ります。ですが、郊外と港であれば、“領内の荒れを抑えるため”という名目が立ちます」

「うん」

「さらに、今は財政が相当に厳しいと聞いています。境目の小競り合いで兵を出し、

領民の負担も増え、商人からの信用も落ちている。そこで、基礎収入を保証するという話は、

かなり大きい」

ヨイチが尋ねた。

「長野家側は、そこまで商売を渡すことに抵抗しませんか」

「抵抗はします。特に殿様は、最初は怒るでしょう」

「でしょうね」

「ですが、調整役様は分かると思います。商いを自分たちで回す力が今ないことも、

伊勢松坂屋の荷を止めることが危険なことも」

若侍は、少し言葉を選んだ。

「殿様は“勝手にしろ”と言われました。もちろん本心ではないかもしれません。ですが、調整役様は

その言葉を使えます。勝手にしろと言われた以上、勝手にする。ただし、城下には踏み込ませない。

殿様の首元までは伊勢松坂屋を入れない。郊外と港だけで済ませる」

博之は、目を細めた。

「ほう」

「そう言えば、まだ飲み込めるかもしれません。むしろ、城下に入らないだけありがたい、と」

お花が感心したように言った。

「かなり面子を残す形ですね」

「はい。殿様には、“伊勢松坂屋に商いを奪われた”ではなく、“領内の混乱を抑えるために、

港と郊外の整理を任せた”という言い方ができます」

若侍は続けた。

「そして、我々が間に入ります。長野家に残る者も、伊勢松坂屋にいる我々も、両方の言葉を

知っています。こちらからすれば、我々は津を知る者として使える。長野家からすれば、

完全に敵に回ったわけではない者として使える」

博之は、少し笑った。

「よう考えておるやないか」

若侍は、少し照れたように頭を下げた。

「北伊勢で見ました。港や道は、ただの場所ではありませんでした。誰が商人に信用されているか。

どこで荷が止まるか。誰が約束を守ると思われているか。それで町の勢いが変わるのだと」

「うん」

「津は、立地には価値があります。ですが、信用を落としています。なら、

伊勢松坂屋の信用を借りて、港と郊外から立て直すしかないと思います」

ヨイチが言う。

「ただし、こちらも相当な権利を取りますよ」

「それでよろしいかと」

若侍は即答した。

「中途半端に関わると、また揉めます。やるなら、港と郊外については伊勢松坂屋のやり方でやる。

そこを曖昧にすると、殿様の気まぐれでひっくり返されます」

博之は、深く頷いた。

「そこが一番大事やな」

お花が言った。

「炊き出しも、ただの施しではなく、津の郊外寺社と住民をつなぐ場にする。

そこに長野家も顔を出せる形にすれば、面子も保てます」

「はい。兵に駆り出されて疲れている村々には、飯が効くと思います。炊き出しで少しでも

不満を和らげ、伊勢松坂屋の荷が通れば商人も戻る。そこで港が動けば、長野家にも基礎収入が入る」

博之は、若侍をじっと見た。

「お前、もう飯屋の考え方に染まってきたな」

「自分でも少し怖いです」

「ええことや」

ヨイチは帳面を閉じた。

「では、条件案としてまとめます。第一に、長野家の商い収入の基礎分を伊勢松坂屋が負担。

第二に、上乗せ利益は伊勢松坂屋が取得。第三に、関方面への荷の通行安全を長野家が保証。

第四に、津城下には当面出店しない。第五に、郊外二拠点と港一拠点を整備。

第六に、寺社経由の炊き出しと交流会を開始。第七に、長野若侍を連絡役として活用」

「めちゃくちゃ大ごとやな」

博之は苦笑した。

「ですが、これくらいでないと理がありません」

「分かってる」

若侍は、もう一度頭を下げた。

「この案なら、調整役様に持ち帰れます。殿様は怒るでしょう。ですが、怒りながらも、

勝手にしろと言われる可能性があります」

「また勝手にしろか」

「はい。そして、その言葉が出たら、こちらは動けます」

博之は、畳に肘をついて笑った。

「ほんま、殿様の“勝手にしろ”を利用する形やな」

「申し訳ございません」

「いや、ええ。向こうがそう言うなら、こっちは勝手に飯を作るだけや」

お花がすぐに言った。

「旦那様。勝手に作りすぎないでください」

「今回はちゃんと相談してるやろ」

「今回は、です」

若侍たちは、少し笑った。

重い話だった。

津の小競り合い、領民の士気、商人の信用、殿様の面子、伊勢松坂屋の利益。

それでも、話は少しずつ形になっていた。

ただ炊き出しをするだけではない。

ただ仲直りをするだけでもない。

津の港と郊外を、伊勢松坂屋の荷と飯で立て直す。

長野家には最低限の収入を保証し、面子を残す。

その代わり、上乗せの利益と荷の通行権は伊勢松坂屋が取る。

若侍は、最後に静かに言った。

「これが通れば、津はまだ使えます」

博之は頷いた。

「使えるなら、捨てん」

「ありがとうございます」

「ただし、甘くはせん。うちも飯屋やけど、慈善だけではやってない」

「承知しております」

博之は、にやりと笑った。

「ほな、まず飯食ってから調整役に話しに行け。腹減ってたら交渉は負ける」

ヨイチが淡々と付け加えた。

「その飯代も帳簿につけます」

「そこはええやろ」

「つけます」

広間に笑いが起きた。

津との落としどころは、まだ遠い。

だが、ようやくただの喧嘩ではなく、商いとして話せる形が見え始めていた。