軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

北伊勢から戻ってきた元長野家の若者たち。津の長野家の調整役達が津の窮状を話解決策を求め伊勢松坂屋を訪ねる

北伊勢から戻ってきた長野の若侍たちは、以前とは少し違っていた。

白子、四日市、関、亀山。

港の勢い、商人たちの声、伊勢松坂屋の袴を見た時の相手の反応、草津へ向かう荷の流れ。

そういうものを目で見てきたからである。

松阪本店へ戻ると、門のところに見慣れた顔があった。

長野家の調整役と、何人かの若者たちだった。

「……どうされたんですか」

伊勢松坂屋側に移った若侍の一人が、思わず明るい声を出した。

調整役は、少し呆れた顔をした。

「どんだけ朗らかな声を出してんねん」

「え?」

「生き生きしとるやないか。お前ら、ほんまに飯屋で下働きしとったんか」

若侍たちは少し照れた。

「いや、下働きはきついです。薪も水も荷も、ほんまに重いです」

「それで、その顔か」

「飯がうまいので」

「そこか」

「あと、やることがはっきりしてるので」

調整役は、そこで少し黙った。

その言葉は、長野家の中にいる者には妙に重かった。

「……旦那様には話を通してある」

「旦那様?」

「伊勢松坂屋の旦那様や。お前らと話す時間をもらった。一応、筋は通した」

「それは、ありがとうございます」

「だから、今日は頼む。相談に乗ってほしいんや」

長野家側の若者たちも、どこか疲れた顔をしていた。

伊勢松坂屋側の若侍は、少し考えてから言った。

「とりあえず、飯を食いながらでいいですか。まだまかない食ってないんで」

調整役は、思わず苦笑した。

「お前、ほんまにここの者みたいなこと言うな」

「二週間以上いますから」

「まあ、ええ。飯を食いながら話そう」

そうして一同は、広間の端へ通された。

伊勢松坂屋のまかないが出る。白飯、味噌汁、漬物、魚のほぐし身、少しの肉あん。長野家の

若者たちは、最初は遠慮していたが、一口食べると黙った。

「……うまいな」

「でしょう」

「腹立つくらいうまい」

「それ、みんな言います」

少しだけ空気が緩んだところで、調整役が本題に入った。

「殿様は、駄目や」

その一言に、伊勢松坂屋側の若侍たちは箸を止めた。

「そこまで言いますか」

「言うしかない。もう、わしらも限界が近い」

調整役は、深く息を吐いた。

「北伊勢との小競り合いが始まってるのは知っとるか」

「白子や関の方で、始まりそうだという話は聞きました」

「もう始まっとる」

長野家側の若者が続けた。

「領地の狭間の村で、押し込みや刈り取り、荷の邪魔が出てます。城を取るとか、

そういう大きな話ではないです。けど、こっちが兵を出すと逃げる。引くと別のところに出る」

「……嫌なやり方ですね」

「嫌なやり方や。負けはせん。けど、勝ち切れん」

調整役は、まかないの椀を見つめた。

「特に、駆り出した雑兵の士気が低い。村から呼び出されて、農作業を止められて、戦いに出ても、相手は逃げる。疲れるだけや。しかも、噂が回ってる」

「我々のことですか」

「ああ」

場が静まった。

「長野家の若い者が殿様と揉めて、伊勢松坂屋へ走った。奈良の坊様を呼ぼうとして断られた。

伊勢松坂屋とも揉めてる。そういう話が、関や白子、四日市の商人筋で回っとる」

「実際、聞きました」

北伊勢へ行ってきた若侍が、静かに言った。

「白子でも四日市でも、長野家は足元が崩れかかっているように見られていました」

長野家側の若者が、顔をしかめる。

「やっぱりか」

「はい。しかも、伊勢松坂屋が手を回したというより、商人たちが勝手に話してます。

店が揉めた。若い衆が出た。殿様が商売を分かっていない。そういう話が、自然に広がっている

感じでした」

調整役は、苦い顔で頷いた。

「分かっとる。伊勢松坂屋がわざわざうちを潰しに来とるわけやない。むしろ今は、

奈良や草津、四日市の方に目が向いとる。津は、相手にされてない」

その言葉には、悔しさがにじんでいた。

「北伊勢はどうやった」

調整役が聞くと、若侍たちは顔を見合わせた。

「勢いがありました」

「津よりもか」

「正直に言えば、はい」

長野家側の若者たちは、黙り込んだ。

「白子や四日市は、伊勢松坂屋の定期便が入ってきて、荷が動いています。

伊勢や松坂の品、信楽焼、紙、包み、魚、木綿。それに加えて、関から草津へ抜ける道の

重要性が増していて、東海道筋で近江と取引する動きが強まっているようです」

「草津か」

「はい。草津から関、関から白子や四日市。そこへ伊勢松坂屋が荷を流そうとしている。

だから、あのあたりが中継地点として伸びているんです」

若侍は、少し悔しそうに続けた。

「黒人衆そのものの領地が強いというより、商人たちの勢いがすごい。話が早いところに荷が集まる。

伊勢松坂屋の袴を着ていると、“最近勢いありますな”とすぐ声をかけられる」

「津は?」

「津は、立地は悪くないと言われていました。むしろ良い。でも、商人に対する扱いが悪い。

殿様の機嫌で話が変わりそうで怖い。伊勢松坂屋と揉めているのも印象が悪い。そう言われました」

調整役は、顔を覆った。

「やっぱりそこなんよ」

「そこです」

「殿様は、まだ分かっておられない。領地がある、港がある、兵がいる。それで商人が

従うと思っておられる。けど、今は荷が別の道を選び始めてる」

長野家側の若者が、絞り出すように言った。

「境目では小競り合い。内側では士気が低い。外では商人が津を避け始めてる。年貢を下げたい。

施しもしたい。けど、そんな体力がない」

「それで、ここへ?」

「そうや」

調整役は、まっすぐ若侍たちを見た。

「お前らに仲介してほしい」

伊勢松坂屋側の若侍たちは、すぐには答えられなかった。

「我々が、ですか」

「お前らは長野家を知っとる。伊勢松坂屋の内側も見始めている。北伊勢も見た。

今、お前らしかおらん」

「殿様は、何と」

調整役は、苦笑した。

「勝手にしろ、と」

「またですか」

「またや。だが、今回はわしらも勝手にするつもりで来た」

その言葉に、若侍たちは少し驚いた。

調整役は、声を低くした。

「殿様が動かんのなら、こちらで口を作る。伊勢松坂屋に頭を下げる、とは言わん。

まず飯を食い、話をする。それしかない」

伊勢松坂屋側の若侍は、少し考え込んだ。

「ただ、こちらにも旨味がないと、話を持っていけません」

長野家側の若者が、少し顔を上げた。

「旨味?」

「はい。伊勢松坂屋は優しいですけど、慈善だけで動いてるわけではありません。

津に関わることで、何が得られるか。そこがないと、旦那様にもヨイチさんにも、

お花さんにも話が通りません」

「……そうやな」

「ただ」

若侍は、少しだけ目を細めた。

「関から草津への便が重要になっているのは事実です。そして、その通り道として、

津にも価値はあります」

調整役が顔を上げた。

「そう思うか」

「思います。津は立地だけ見れば悪くありません。港もある。人もいる。大和や伊勢、

北伊勢へのつなぎにもなれる。今は信用を落としているだけです」

「だけ、か」

「簡単ではありません。でも、完全に価値がないわけではない」

別の若侍も口を開いた。

「たとえば、津そのものに大きな店を出すのはまだ危険です。でも、津の郊外の寺社、

港町の一角、あるいは境目の村での炊き出しなら、入り口になるかもしれません」

「炊き出し?」

「はい。今、領民の士気が落ちているなら、飯は効きます。伊勢松坂屋が直接大きく出るのではなく、

長野家が場を用意して、寺社を通し、伊勢松坂屋が飯の知恵と少しの食材を出す。

そういう形なら、殿様が頭を下げたようには見えません」

調整役は、はっとした顔をした。

「それなら、殿様の面子も多少は保てる」

「そして、領民には飯が出る。寺社には人が来る。伊勢松坂屋には津方面への足場ができる」

「……それが旨味か」

「たぶん」

若侍は、少し自信なさげに言った。

「もちろん、旦那様に聞かないと分かりません。でも、津を完全に避けるよりは、

郊外や寺社から入る方が自然です」

調整役は、深く息を吐いた。

「お前ら、本当に変わったな」

「変わりましたか」

「ああ。前は殿様の顔色ばかり見てた。今は飯と道と面子の話をしとる」

「伊勢松坂屋にいると、そうなります」

「怖い飯屋やな」

「はい」

少し笑いが起きた。

だが、すぐに若侍の一人が真剣な顔に戻った。

「ただし、殿様がまた“勝手にしろ”で全部投げるなら、話は進みません。

最低限、調整役様に任せる、くらいの形は必要です」

「分かっとる」

「それと、我々を無理に連れ戻す話にすると、またこじれます」

「それも分かっとる」

「我々は、今は伊勢松坂屋の者として動いています。ただ、津を捨てたわけではありません」

調整役は、静かに頷いた。

「その言葉だけでも、今日来た意味があった」

その時、遠くで女衆の声がした。

「おかわり要りますか」

長野家側の若者が、少し照れたように椀を出した。

「……いただきます」

伊勢松坂屋側の若侍が笑った。

「飯食いながらの方が、話は進むやろ」

調整役も、疲れた顔で笑った。

「ほんまやな。刀でどうにもならん話が、飯の前やと少し動く」

話は、まだまとまってはいない。

津の殿様はすねている。

北伊勢の小競り合いは続いている。

領民の士気は低い。

商人の信用も落ちている。

だが、関から草津へ抜ける道の価値。

津の立地。

寺社を使った炊き出し。

若侍たちを介した調整口。

わずかながら、落としどころの輪郭が見え始めていた。

若侍の一人は、椀を置いて言った。

「まず、旦那様に話してみます」

調整役は、深く頭を下げた。

「頼む」

「ただし、期待しすぎないでください。伊勢松坂屋は、今、奈良と草津と四日市で忙しいです」

「分かっとる」

「それでも、津に価値があるなら、旦那様は見捨てないと思います」

調整役は、少しだけ救われたような顔をした。

「そうか」

「はい。あの人、なんやかんや飯を食わせますから」

その言葉に、長野家側の若者たちは苦笑した。

津の立て直しは、まだ遠い。

けれど、その最初の話し合いは、伊勢松坂屋のまかない飯を囲むところから始まった。