作品タイトル不明
奈良のお寺で檀家さんを集めてお話しするも出席率が悪い。経緯の説明と寄進の返礼に信楽焼のいいものを贈呈。伊勢松坂屋との一連の騒動の説明
奈良の寺では、伊勢から戻った僧たちを中心に、さっそく小さな会が開かれることになった。
声をかけたのは、いつも寺に出入りしている檀家衆や、近くの商人、少し余裕のある町人たちである。
「このたび、伊勢松坂屋殿との交流の中で、信楽焼をいくつかお見せできることになりました。
よろしければ、お越しください」
そう声をかけたものの、最初の出席率はあまり良くなかった。
無理もない。
これまで寺から呼ばれる時は、だいたい説法である。
ありがたい話を聞く。
その後、寄進の話になる。
こちらは頭を下げて、少しばかり銭を包む。
もちろん寺を支える意味は分かっている。
しかし、毎度毎度となると、檀家衆にも思うところはある。
「また説法聞いて、最後は金くれって話やろ」
「最近、奈良の坊さんが伊勢の飯屋に大金積まれたって噂もあるやないか」
「なんや、こっちは少しずつ寄進してるのに、向こうでは百五十万文やら何やら動いとるらしいで」
「へこへこ伊勢まで行ったんやろ。感じ悪いわ」
そんな渋い声もあった。
それでも、五人、十人ほどが集まった。
寺の一室に通されると、そこにはいつもの説法の座とは少し違う空気があった。
畳の上に布が敷かれ、その上に、丁寧に包まれた器が並べられている。
僧が深く頭を下げた。
「本日は、ようお越しくださいました」
檀家の一人が、少し皮肉っぽく言った。
「今日はまた、どんなありがたい話を聞かせてもらえるんですかな」
僧は、苦笑して頭を下げた。
「先だっての伊勢松坂屋殿との件、皆様もいろいろ噂をお聞きかと思います」
「聞いとるで」
「百五十万文やろ」
「あれはさすがに、寺としてどうなんや」
「こちらも恥ずかしい限りでございます」
僧は、素直に認めた。
「もともと、こちらの若い者が、少し軽い気持ちで五十万文という大きな寄進を求める文を出しました。すると、伊勢松坂屋殿は、それを百五十万文で返してこられました」
檀家衆がざわつく。
「ほんまに出したんか」
「本当に出されました」
「銭の力に負けたんか」
僧は、少し考えてから言った。
「きっかけは、銭の力でございます」
部屋が少し静かになった。
「ですが、伊勢へ行って分かりました。あれは、ただ銭を積まれたから頭を下げた、という話では
ございません。松坂、伊勢、鳥羽を見て、寺が町とどう関わるか、飯屋がどう道を作るか、
寄進をどう町へ返すか、多くのことを学びました」
僧は続けた。
「松坂の郊外の小さな寺では、大きな寄進などほとんどありません。子どもに読み書きを教えて、
少し米や銭をいただく。法事でわずかにいただく。炊き出しをする。そうやって何とか寺を
保っておられました」
檀家衆の顔が少し変わる。
「奈良の寺とは、違うんやな」
「はい。ですが、その小さな寺は、町と強くつながっておりました。伊勢松坂屋殿が飯を出し、
人を集め、寺が場を貸し、そこで得た銭を寺社の維持や炊き出しに回す。もらうだけではなく、
町に返す形を作っておられました」
檀家の一人が腕を組んだ。
「それで今日は、説法だけやなく、信楽焼というわけか」
「はい」
僧は、布の上の包みを開いた。
十点ほどの信楽焼が姿を見せた。
小皿、湯呑み、片口、深めの器。
どれも派手ではないが、土の表情があり、素朴で力がある。
檀家衆の目が一斉に変わった。
「おい、これはええもんやないか」
「ほんまに信楽か」
「松坂から持ってきたんか」
「伊勢松坂屋殿の商いの範囲に、信楽焼が入っております」
僧が答えると、檀家衆はさらに驚いた。
「信楽まで拠点持ってんのか、あの飯屋は」
「伊賀を通る道に銭を撒き、飯場を置き、寺社や地侍に筋を通しながら、信楽まで品を取りに
行っておられます」
「飯屋が何してんねん」
「私どもも、最初はそう思いました」
僧は少し笑った。
「しかし、実際に伊賀を越えると分かります。あの道を通って器を運ぶのは、ただの買い物では
ありません。危険があり、手間があり、顔つなぎがあり、道中の飯場があります。だから、
伊勢松坂屋殿では信楽焼を仕入れ値の三倍ほどで出しても、すぐに売れてしまうそうです」
「三倍でも売れるのか」
「はい。従業員向けにも、一人一つまでとしてもすぐ売り切れるほどだとか」
「従業員が信楽焼を買うんか」
「飯と寝床が用意され、給金もよいので、銭が残るのです。その銭を、品に替え、町や道へ
戻しているのです」
檀家衆は、器をじっと見つめた。
ただの器ではない。
伊賀を越え、松坂を通り、伊勢松坂屋の手を経て奈良へ来た器である。
そこに、物語が乗っていた。
僧は、改めて頭を下げた。
「これまで、私どもは説法をし、その後に寄進をお願いする形が多くございました。ですが、
今後は少し変えていきたいのです」
「どう変えるんや」
「伊勢松坂屋殿との交流を通じて、譲っていただいた品を、皆様にお見せする。欲しい方には、
寄進へのお礼としてお渡しする。いただいた銭は、炊き出しや、町の方々と集まる会、若い方々が
自然に話せる場を作るために使う」
檀家の一人が、少し目を細めた。
「売るんか、寄進なんか、どっちや」
僧は、正直に言った。
「売ると言えば売るに近いかもしれません。ですが、私どもは商人ではございません。あくまで、
寺を町に開くための寄進としていただき、そのお礼に、伊勢松坂屋殿を通じて手に入った品を
お渡しする形にしたいのです」
別の檀家が、器を手に取って言った。
「まあ、今までみたいに、ただ金くれと言われるよりは分かりやすいな」
「炊き出しに使うなら、町にも返るしな」
「この器が来るなら、次も見に来る者はおるやろ」
「茶会でも開けばええんちゃうか」
「若い連中を呼ぶなら、堅苦しい説法より、器と飯の方が来るかもしれん」
僧たちは、顔を見合わせた。
思った以上に反応が良い。
最初は渋い顔で来た檀家衆が、信楽焼を前にして、だんだん前のめりになっている。
僧はさらに続けた。
「伊勢松坂屋殿は、奈良の郊外にも少しずつ拠点を作っておられます。炊き出しの材料や、
飯を出すための知恵も貸していただける話になっております。すべてを一度に変えることは
できません。ですが、少しずつ、寺が町とつながる場を作りたいのです」
「伊勢松坂屋は、奈良にも来るんか」
「はい。すでに郊外に何か所か」
「ほんま、あの飯屋、どこまで行くんや」
「私どもにも分かりません」
僧が真面目に答えたので、部屋に笑いが起きた。
その笑いで、場の空気がかなり柔らかくなった。
「で、この器は、どうするんや」
檀家の一人が聞いた。
「本日は、まずお見せすることが目的でした。ただ、もしご寄進いただける方があれば、
この中からいくつか、お礼としてお渡ししたいと思っております」
「いくらぐらい包めばええ」
僧は少し迷った。
すると、年配の檀家が笑った。
「そこをはっきり言わんと、また変なことになるぞ」
「おっしゃる通りでございます」
僧も苦笑した。
「では、まずは炊き出し一度分、あるいは地域の集まり一度分に充てられる額を目安に、こちらで
紙にしたためます。無理に高くは申しません。ただ、信楽から伊賀を越えて来た品であることは、
ご理解ください」
「ええやないか」
「そういう説明なら納得できる」
「一つもらおうかな」
「わしは次の茶会の時に使いたい」
「若い衆も呼んでみるか」
僧たちは、ほっとした。
大騒動だった。
五十万文の文を出し、百五十万文で返され、伊賀を越え、松阪と伊勢で学び、奈良へ戻ってきた。
最初は恥ずかしさと戸惑いばかりだった。
だが今、その騒動は少し形を変え始めていた。
信楽焼が、人を集める。
寄進が、炊き出しになる。
寺が、町と話す場になる。
伊勢松坂屋との縁が、奈良の寺社を少しずつ動かしていく。
年配の檀家が、器を見ながらぽつりと言った。
「なんや、綺麗にまとまったな」
別の者が笑う。
「大騒動やったけどな」
僧も、苦笑しながら頭を下げた。
「はい。大騒動でございました」
だが、その声には、ただの恥ではなく、少しの誇らしさも混じっていた。
奈良の寺は、ようやく一歩、外へ向かって動き出していた。