作品タイトル不明
奈良から定期交流のお坊さんたちが到着。今回は奈良の特産品や写経や地域の情勢等の記録も持参。信楽焼を檀家集に配り寄進からの炊き出し等を提案
二週間ほどして、奈良から次の僧たちが松阪へやって来た。
前もって文は届いていた。
そのため、伊勢松坂屋の方でも、道中の手配、飯場、案内役、寝床、湯浴みどころ、郊外の和尚への
連絡まで、前回よりずっと手際よく整っていた。
ヨイチは帳面を見ながら言った。
「前回は完全に手探りでしたが、今回は多少慣れてきましたね」
博之は畳に寝転がったまま答えた。
「慣れたくないんやけどな。奈良の坊さんが定期的に来る飯屋って何やねん」
「旦那様が百五十万文積んだからです」
「それ言われると何も言えへん」
やがて、奈良の僧たちが到着した。
人数は二十人ほど。
前回ほど疲れ切った顔ではない。道中の拠点も使い方が分かり、袴も用意され、案内役もついて
いたため、伊賀越えのきつさはあるものの、全員が比較的落ち着いて松阪へ入ってきた。
「このたびも、お世話になります」
先頭の僧が深く頭を下げた。
博之も頭を下げる。
「ようお越しくださいました。まず飯と湯やと思ってましたけど、その前に荷が多いですね」
「はい。今回は、ただ伺うだけでは失礼かと思いまして」
そう言って、僧たちは荷を開いた。
中には、丁寧に包まれた写本があった。
古い経の写し、薬草に関する書付、暦にまつわる簡単な記録、奈良の寺社の年中行事を書いたもの。
さらに、奈良の紙、筆、墨、香、薬種、小さな木工品、寺社の札も入っている。
「大量ではございませんが、まずは見本として」
博之は、目を丸くした。
「いや、これはありがたいですわ。ほんまに」
ヨイチもすぐに帳面を出す。
「品目を控えます。紙、筆、墨、香、薬種、写本、寺社札、木工品……これは買い付け対象として
かなり面白いですね」
お花も写本を覗き込みながら言った。
「和尚様も喜ばれますね。これはすぐに郊外のお寺へお持ちしましょう」
奈良の僧は頷いた。
「我々としても、定期的にこちらへ伺い、松阪や伊勢、鳥羽のお寺や神社を回らせて
いただきたいのです。炊き出しの様子、寺社と地域の住民がどう共存しているのか、
伊勢松坂屋様がどのように場を作っているのかを学び直したい」
「もちろんです」
博之は即答した。
「伊勢神宮も行きましょう。あそこは見た方がええです。物語に値がつくっていうのは、
口で聞くより目で見る方が早い」
僧たちの顔が明るくなった。
「ありがたいことです」
「こちらこそありがたいです。正直、金はかかります。飯も出すし、湯も出すし、案内もつける。
けど、こっちはこっちで、ありがたいことしてる感じがしてええんです」
お花が笑う。
「旦那様、珍しく素直ですね」
「いや、ほんまにそうやん。松阪や伊勢や鳥羽の寺社の人ら、そう簡単に奈良へ行けるわけやない。
働いてる子らも、旅行なんかできへん。そこに奈良のお坊様方が来てくれて、歴史のある話や、
書物の話や、薬草の話をしてくれる。これはめちゃくちゃありがたい」
ヨイチも頷いた。
「情報の道が開くということです。品物だけでなく、知識も流れる」
「そうそう。情報から取り残されるって、やっぱり怖いんですわ。新しいものが入ってくるのは、
みんな嬉しい。ありがたい話も聞きたい。奈良の昔話とか、寺社の話とか、絶対に食いつく人
多いと思います」
奈良の僧たちも、少し嬉しそうに頷いた。
「では、継続的に交流を」
「やりましょう」
博之は即座に言った。
「それと、奈良の品も定期便で買わせてもらいます。今日見本を持ってきてもらったので、
どれが動くか見ます。紙、筆、墨、香、薬種、この辺は需要あります。写本は値段つけるのが
難しいけど、寺社向け、古参衆向けには絶対に欲しい人がおる」
「物流は大丈夫でしょうか」
「そこは何とかします。大和八木から奈良へつなぐ道、伊賀を越える道、場合によっては
草津や関の方も見ながら、無理のない形にします」
ヨイチがすぐに言った。
「ただし、割れ物や湿気に弱い紙類は運び方を分けます。薬種や香も管理が必要です。
そこは今後、奈良側と細かく詰めましょう」
「さすが帳簿方」
「当然です」
話が一段落したところで、博之はふと思いついたように言った。
「あ、そうや。信楽焼の話なんですけど」
奈良の僧たちが顔を上げる。
「うちは信楽焼を仕入れて、こっちでだいたい三倍くらいで売ってます。従業員向けでも、
一人一個まですぐ売り切れるくらい人気なんです」
「信楽焼は、奈良でも喜ばれると思います」
「でしょ。そこで思ったんですけど、奈良の檀家衆とか、武家筋とか、裕福な町衆向けに、
信楽焼の会を作るのはどうですか」
「会、ですか」
「はい。たとえば、お寺で小さなお茶の会や集まりを開く。そこで、伊勢松坂屋経由で持ってきた
信楽焼を、物のいいものだけいくつか用意する。参加者に見てもらう。欲しい方にお渡しする」
若い僧が少し戸惑う。
「売る、ということでしょうか」
「売ると言うといやらしく聞こえるなら、寄進の返礼にするんです」
博之は、少し楽しそうに続けた。
「檀家衆や武家筋の方に、“奈良の寺社交流のため、炊き出しや地域の会のために
ご寄進いただけませんか”とお願いする。そのお礼として、伊勢や信楽から運んできた珍しい器を
お渡しする」
年配の僧が、静かに目を細めた。
「なるほど。銭をそのまま求めるのではなく、器を縁として寄進をいただく」
「そうです。こちらで三倍で売っても売り切れるものです。奈良でも、
信楽焼が伊勢松坂屋の道を通って来た、という物語がつけば、かなり価値が出ると思います」
「その寄進を、炊き出しの代金にする」
「はい。あるいは、地域住民が集まる会の費用にする。若い人たちを出してもらって、
ご縁を作る会にしてもいい。もちろん、いきなり婚活と言うと生々しいので、最初は茶会、写経会、
薬草の話、食の話でもええです」
お花が少し笑った。
「旦那様、またご縁の話を混ぜましたね」
「混ぜるやろ。お寺で人が集まるなら、ご縁は大事や」
「旦那様が言うと逃げます」
「奈良でもそれ言われるんか」
僧たちの間に笑いが起きた。
だが、年配の僧は真剣だった。
「それは、非常によい話です」
「ほんまですか」
「はい。奈良の寺社は、寄進を受けることに慣れております。しかし、それゆえに、
どうしてもただ求める形になりがちです。そこに、信楽焼という返礼があり、伊勢松坂屋との
交流の物語があり、その寄進が炊き出しや住民交流に使われるとなれば、檀家衆にも説明が立ちます」
別の僧も頷いた。
「武家筋にも話を持っていきやすい。珍しい器で茶を飲み、奈良と伊勢の交流を語る。
そこで寄進をお願いする。悪くありません」
「しかも、一人一つにすれば品薄感も出せます」
ヨイチが淡々と言う。
「旦那様の悪いところが出ていますが、商いとしては正しいです」
「悪いところって言うな」
お花が続ける。
「その会に、伊勢松坂屋から少し菓子や肉あんの作り方、あるいはお好み焼きの話を添えても
面白いですね。食と器と説法を合わせる」
「いいですね」
奈良の若い僧が身を乗り出した。
「早速、文にしたためましょう。奈良へ戻る便で伝えます」
博之は嬉しそうに頷いた。
「ぜひ。最初は少量でええです。物のいい信楽焼を選んで、試しに持っていきましょう。
そこで反応を見る。寄進が集まったら、その金で炊き出しをする。炊き出しに来た人に、
次の会の案内をする」
「循環を作るのですね」
「そうです。もらうだけじゃなくて、回す。寺に人が来る。飯が出る。器が渡る。
話が生まれる。寄進が集まる。その金でまた炊き出しができる」
年配の僧は、深く頷いた。
「これは、奈良でも試す価値があります」
広間の空気が、一気に前向きになった。
奈良から来た僧たちは、ただ学びに来たのではない。
写本や香や薬種を持ち込み、伊勢松坂屋の側もそれを買い付ける。
そして信楽焼を使って、奈良の寺社が新しい寄進と交流の場を作る。
博之は、少し照れたように頭をかいた。
「なんか、また話が大きくなってきたな」
ヨイチが即座に言った。
「帳簿が増えます」
「それは言わんでええ」
お花は笑いながら言った。
「でも、今回は良い増え方ではありませんか」
「そうやな。奈良のお坊様方が、自分らでも回すって話やもんな」
年配の僧は、静かに言った。
「伊勢で学んだことを、奈良で形にしたいのです。伊勢松坂屋殿には、ぜひ知恵を貸していただきたい」
博之は、少し真面目に頷いた。
「こちらこそ。奈良の知恵、貸してください。飯と道と器は、うちが考えます」
こうして、奈良と伊勢の交流は、二度目の訪問で早くも次の形を見せ始めた。
学びに来るだけではない。
品を運ぶ。
知識を運ぶ。
器を縁に寄進を集める。
その寄進で炊き出しをし、人を集める。
百五十万文から始まった騒動は、いつの間にか、奈良の寺社が町ともう一度つながるための
種になりつつあった。