作品タイトル不明
奈良のお寺にてお坊さんたちが意識改革と定期交流のための定期便を検討開始する。できることから少しずつ。
奈良の寺では、伊勢から戻った僧たちの話が、何日経っても尽きなかった。
松阪郊外の小さな寺で聞いた寄進の話。
伊勢松坂屋の本店で食べた飯。
九鬼水軍の船。
伊勢神宮の人波。
お好み焼きに青苔を振る女衆。
魚のすり身を揚げたものが八十文、百文で飛ぶように売れていた光景。
そして、伊勢松坂屋が飯屋でありながら、道を作り、町に銭を戻し、人を雇い、寺社と共に
場を作っていたこと。
帰ってきた者たちは、口々に言った。
「あれは、一度見た方がよい」
「伊賀越えはきつい。だが、見れば考えが変わる」
「我らは、寺の中だけで物を考えすぎていた」
その話を聞くうちに、奈良の寺内でも、自然と声が上がるようになった。
「次は私も行ってみたい」
「伊勢神宮の門前を見たい」
「松阪の和尚という方と話してみたい」
「伊勢松坂屋の炊き出しや縁会というものを、この目で見たい」
最初は、百五十万文の寄進に戸惑っていた者たちだった。
だが今は、その銭の重みを、ただ怖がるだけではなくなっていた。
これは、道を開く銭である。
奈良と伊勢をつなぐ銭である。
自分たちが変わるための銭でもある。
年配の僧は、集まった者たちを前に言った。
「伊勢松坂屋殿へ、こちらから文を書こうと思う」
若い僧たちは、一斉に顔を上げた。
「定期的な交流を、こちらから申し入れるのですか」
「そうだ。ただし、行って帰って、また行って帰って、ただ物見をするだけでは意味がない」
年配の僧は、ゆっくりと話した。
「まず、二十人ほどを一組として送る。滞在は、おおむね二週間。戻りたい者がいれば戻らせ、
もっと学びたい者がいれば、先方と相談して長めに滞在させる」
「毎週、二十人でございますか」
「毎週といっても、季節や道の様子による。伊賀越えは危険だ。冬場や雨の多い時期は、無理に動かぬ。
大和八木から伊賀を通る道もあるし、近江や関を回る道も、いずれ考えられる。道については、
伊勢松坂屋殿の判断も仰ぐ」
別の僧が尋ねた。
「こちらからは、何を持っていきましょう」
「手ぶらではならぬ」
年配の僧は、そう言って、傍らに置かれた書物を見た。
「まず、こちらにある貴重な本の写しを用意する。写経したもの、薬草や暦に関わる書付、
寺社の行事に関する記録、奈良の古い話。そういうものを、道すがら松阪へ届ける」
「書物を、ですか」
「伊勢松坂屋殿は、飯屋でありながら、知識を欲している。松阪の寺も、伊勢の寺も、
外の情報を欲している。ならば、我らは我らの持っているものを出すべきだ」
若い僧が頷く。
「特産品も持っていけますな。奈良の紙、筆、墨、香、薬種、寺社の札、木工の品など」
「そうだ。それに、政治的な動きも、書き記して渡す。大和で何が起きているか。寺社の間でどんな揉め事があるか。堺や京からどんな噂が流れているか。もちろん、軽々しく書けぬものもあるが、
伝えられる範囲で伝える」
「伊勢松坂屋殿から欲しいものがあれば?」
「帰りの便で、文を持ち帰る。欲しい書物、欲しい品、知りたい話をしたためてもらい、
それを次の便で用意する。そういう形で始める」
座敷の空気が、少しずつ熱を帯びてきた。
ある若い僧が、少し興奮気味に言った。
「これは、ただの物見ではありませんな」
「そうだ」
「課外学習、という言葉を伊勢松坂屋殿は使われていたと聞きました」
「うむ。まさにそれでよい」
年配の僧は頷いた。
「我らは、伊勢へ学びに行く。飯屋の商いを学ぶ。寺が町とどう関わるかを学ぶ。
炊き出しをどう続けるか、縁会をどう開くか、人を集めて銭を回す場をどう作るかを学ぶ」
別の僧が、静かに言った。
「我らも、伊勢松坂屋殿から寄進をいただくばかりではいけませんな」
「その通りだ」
年配の僧の声が、少し強くなった。
「我らも、住民との交流を持たねばならぬ。炊き出しも、伊勢松坂屋殿を経由する形で
始められるかもしれぬ。子どもに読み書きを教える。旅人に湯や飯を出す。縁を作る会を開く。
寺が場を出し、人が集まり、そこで少しずつ銭をいただく。そういう形を、奈良でも考える」
若い僧の一人が、少し苦笑した。
「いきなり全部は無理でございますね」
「無理だ」
年配の僧も笑った。
「だからこそ、向こうの知恵を借りる。松阪の和尚は、小さな寺がどう生きるかを知っていた。
伊勢松坂屋殿は、飯で人を集め、銭を町に戻すことを知っている。九鬼水軍は、綺麗ごとだけでは
人は食えぬことを知っている。我らは、それを学ばねばならぬ」
その言葉に、何人かが深く頷いた。
伊勢へ行きたい者の申し込みは、思った以上に多かった。
「私も行きたいです」
「私は書写ができます。写本を持って行けます」
「薬草のことなら少し分かります」
「私は足に自信があります。伊賀越えも耐えます」
「門前での商いを見たい」
「炊き出しのやり方を学びたい」
年配の僧は、少し驚いたように皆を見た。
「物見遊山ではないぞ」
「承知しております」
「それでも行きたいのです」
「世界が広がるという経験は、一度しておいた方がよいと思います」
その言葉に、最初に伊勢へ行った僧たちが頷いた。
「確かに、世界は広がった」
「寺の中だけにいては、見えぬものが多すぎる」
「伊勢で見たものは、奈良にも返せる」
年配の僧は、しばらく考えたのち、筆を取った。
文面は、丁寧に整えられた。
伊勢松坂屋殿へ。
このたびのご厚情とご寄進、ならびに松阪・伊勢・鳥羽での見聞の機会に深く感謝すること。
今後、定期的に奈良の僧を二十人ほどずつ派遣し、二週間程度の滞在を基本に交流したいこと。
道中の危険や季節については、無理をせず、相談しながら行うこと。
こちらからは、写経、書物の写し、薬草や暦の書付、奈良の特産品、政治や町の動きの記録を
持参すること。
伊勢側で欲しいものがあれば、帰りの便で文を持ち帰り、次の便で用意すること。
また、奈良でも炊き出しや住民交流、縁を作る会などを試みたいので、伊勢松坂屋殿や松阪の
和尚の知恵を借りたいこと。
書き終えた文を見て、年配の僧は静かに言った。
「我らは、少しあぐらをかいていたのかもしれぬ」
若い僧たちは、黙って聞いた。
「奈良の寺社には格がある。歴史がある。だが、それは昔の人々が小さく始め、
積み上げてきたものだ。我らが今、その上に座っているだけでは、いざ何かあった時、
町の人々に見捨てられるかもしれぬ」
その言葉は重かった。
「松阪の小さな寺を見た。大きな寄進はない。だが、掃除をし、子どもに字を教え、炊き出しをし、伊勢
松坂屋と共に縁会を開き、町とつながっていた。あれは小さく見えて、強い」
「我らも、そうならねばならぬのですね」
「そうだ。奈良の寺社としての格を捨てる必要はない。だが、町とつながる工夫を忘れてはならぬ」
文は、翌朝の便で大和八木へ向けて送られることになった。
そこから伊賀を越え、松阪へ。
あるいは、状況によっては別の道も使うことになるだろう。
奈良の寺では、早くも第一陣の人選が始まった。
足の強い者。
書を読める者。
写経のできる者。
薬草に詳しい者。
若く、外の世界を見たい者。
そして、帰ってから見たことを語れる者。
伊勢松坂屋との交流は、百五十万文の驚きから始まった。
だが今、それはただの寄進ではなくなっていた。
奈良の僧たちは、自らの足で外へ出ようとしていた。
飯と道と銭と縁が動く場所へ。
そして、自分たちの寺を、もう一度町の中に置き直すために。