軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

長野家の若侍たちの下働きの2週間。つらいが殿様に振り回されることと給金三倍で頑張れるwww一方の津の長野家はどうしようか思案中

高い湯浴みに入った若侍たちは、その夜だけは少し救われたような顔をしていた。

湯で汗と土を落とし、温かい飯を食い、清潔な寝床に入る。長野の屋敷を飛び出してきた緊張も、

少しだけ緩んだ。

だが、翌朝から現実が始まった。

「ほな、まず薪運んで」

「はい」

「それ終わったら水。水が終わったら米。米が終わったら、裏の荷をこっちへ」

「はい」

若侍たちは、伊勢松坂屋の袴を着たまま、下働きに回された。

武家の屋敷で刀を差し、使い走りをするのとはまるで違う。薪は重い。水桶は肩に食い込む。

米俵は持ち上げるだけで腰に来る。厨房の熱気は強く、女衆の動きは速い。

午前の半ばには、若侍の一人が肩で息をしていた。

「もうバテてんのかい」

飯炊きの女衆が、あきれたように笑った。

「す、すみません」

「まあ、バテるのはしゃあないけどな。急にお侍さんから飯炊きの下働きになるって、

そんな簡単なことじゃないよ」

「はい……」

「でも、ちゃんと一日頑張りな。給料三倍もらってんやろ」

その言葉に、若侍は背筋を伸ばした。

「はい」

女衆は薪を整えながら、少し声を落とした。

「ちょっと話は聞いたけど、長野の殿さん、馬鹿だね」

若侍は、答えに詰まった。

「いや、まあ、私が言うことでは……」

「ええよ。うちはうちで、旦那さんの女運がない以外は、職場としては最高やから」

「女運……」

「そこは気にせんでええ。とにかく頑張んなよ。まかないの飯も美味しいから」

若侍は、思わず頭を下げた。

「ありがとうございます」

そう言ってから、自分でも少し驚いた。

誰かに、仕事中にこんなふうに声をかけられて、素直に礼を言ったのはいつ以来だろう。元服した頃、

まだ何も分からず、年長の者に刀の扱いを教わっていた時以来かもしれない。

薪を運ぶ。

水を運ぶ。

米を洗う。

荷を動かす。

皿を並べる。

楽ではない。

だが、不思議と嫌ではなかった。

殿様の機嫌に振り回され、理不尽な言葉を飲み込み、失敗すれば斬られるかもしれないと

身構えていた日々に比べれば、やることがはっきりしているだけ楽だった。

伊賀越えを思い出せば、なおさらだった。

あの山道を越え、信楽で雑に扱われ、伊勢松坂屋の袴の重みを知った。あれに比べれば、

薪運びも水汲みも、体はしんどいが心は折れない。

数日経つ頃には、若侍たちは少しずつ慣れ始めた。

袴だけはきれいなのに、やっていることは完全に下働きである。最初は妙な姿だったが、

店の者たちは馬鹿にしなかった。

「それは腰で持つんや」

「米は乱暴に扱うな。飯が荒れる」

「客の前に出る時は、顔を上げる。でも偉そうにするな」

「女衆に怒られたら、まず謝れ。だいたい女衆が正しい」

そんなふうに、少しずつ教えられていった。

一方、津の長野の屋敷では、殿様の機嫌が悪いままだった。

若侍たちが出て行ったという話は、城内にも広まっていた。

伊賀越えをした者たちが、伊勢松坂屋へ駆け込んだ。

殿様に「飯屋に就職してこい」と言われ、本当に行った。

その噂は、誰も大声では話さない。だが、廊下の端、台所の裏、若者たちの間で、

じわじわ広がっていた。

殿様の前に膳を運ぶ若い者も、以前より恐る恐る動くようになった。

箸の置き方一つ、汁の温度一つ、顔色一つに気を使う。

それが、殿様には余計に気に入らない。

「なんや、その顔は」

「申し訳ございません」

「飯がまずなるわ」

膳を下げる者が震える。

殿様は、さらに苛立った。

「出て行った奴らのせいで、屋敷の空気まで悪うなっとる」

調整役は、胃の痛む思いで頭を下げた。

「殿。やはり、一度、何らかの形で話をされた方がよろしいのでは」

「なんでこっちから頭下げなあかんねん」

「頭を下げるということではなく、誤解を解くというか……」

「向こうは向こうの勝手で出て行ったんやろ」

「しかし、殿のお言葉も……」

「飯屋に行けと言うたら、本当に行く方が悪い」

調整役は、もう何度目か分からないため息を飲み込んだ。

「とはいえ、彼らは伊賀越えを経験した者です。今後、北伊勢や信楽、松阪屋との

関係を考える上でも、完全に切るのは得策ではございません」

「侍が飯屋になって、すぐやっていけると思えへんわ」

殿様は吐き捨てた。

「しばらく様子を見させろ。どうせ音を上げる」

「様子を、でございますか」

「ただし、情報は取れ。連絡の口くらいは作っとけ」

「それは……」

「何や」

「いえ、承知いたしました」

調整役は、頭を下げながら内心で頭を抱えた。

情報は取れ。

口は作れ。

だが、こちらから頭を下げるな。

無理難題である。

結局、調整役は、伊勢松坂屋へ逃げ込まなかった若い侍たちの中から、比較的落ち着いている

者を数人呼んだ。

「お前たちに、松阪へ行ってもらいたい」

若者たちは、顔を見合わせた。

「松阪屋へ、でございますか」

「ああ。出て行った者たちの様子を見てくる。できれば、直接話す。ただし、揉めるな。

挑発するな。偉そうにするな。向こうの袴を着た者には、必ず礼をする」

「そこまででございますか」

「そこまでだ」

調整役は、少し声を低くした。

「我らは、もう軽く見られる立場にない。むしろ、こちらが軽く動けば、また恥をかく」

若者の一人が、恐る恐る聞いた。

「殿は、何と」

「様子を見させろ、とのことだ」

「連れ戻せ、ではなく?」

「今はまだ、そこまではおっしゃっていない」

調整役は、銭の入った包みを出した。

「これは道中の費用だ。松阪屋に入るなら、手ぶらで行くな。飯を食うなら払え。湯を借りるなら払え。向こうが受け取らないなら、それはそれでよいが、こちらに払う意思があることは見せろ」

「はい」

「それから、もし話せる機会があれば、こう伝えろ。こちらも、何かしら話し合いの口を模索している。すぐにどうこうではないが、完全に敵対するつもりはない、と」

若者たちは、さらに困った顔をした。

「それを我らが言うのですか」

「そうだ」

「かなりしんどい役目です」

「分かっている」

調整役は苦笑した。

「私が行けば、殿の使いとして大ごとになる。お前たちが様子見として行く方が、まだ柔らかい」

「しかし、向こうの若者たちに会った時、何と言えば」

「まず謝れ」

「謝るのですか」

「謝れ。殿の名で謝るな。お前たち個人として、“心配していた”と伝えろ。それから、

向こうがどう働いているかを見てこい」

若者たちは黙った。

伊賀越えをした三人が、伊勢松坂屋でどんな扱いを受けているのか。

本当に三倍の給金で雇われているのか。

飯屋の下働きなど、耐えられているのか。

気にはなっていた。

「分かりました」

「行ってまいります」

そうして数人の若者たちは、道中費を持ち、松阪へ向かう支度をした。

だが、出立の前、調整役は彼らをもう一度呼び止めた。

「くれぐれも、長野家の威を持ち出すな」

「はい」

「伊勢松坂屋は飯屋だが、ただの飯屋ではない。あそこは飯を出し、人を抱え、道を作り、

銭を動かす。こちらが上から物を言えば、またこじれる」

「承知しました」

「それと、向こうで飯を食ったら、味を覚えてこい」

「味、ですか」

「そうだ」

調整役は、少し疲れたように笑った。

「何が人を引き寄せているのか、少しでも見てこい」

若者たちは頭を下げ、津を出た。

松阪へ向かう道すがら、彼らは互いに言葉少なだった。

「本当に、あいつらは飯屋でやっていけているんやろうか」

「侍が薪運びとか、皿洗いとか、きついやろ」

「でも、伊賀越えした連中や。案外、耐えてるかもしれん」

「三倍の給金やしな」

「それも本当なんやろか」

「行けば分かる」

彼らは、銭の包みを抱え、複雑な気持ちで松阪へ向かった。

一方、伊勢松坂屋では、長野から来た若侍たちが、ちょうど昼のまかないを食べていた。

汗まみれで、腕は痛み、足もだるい。

それでも、椀に入った飯と味噌汁はうまかった。

「……飯、うまいな」

「うまい」

「下働きはしんどいけど、飯は本当にうまい」

そこへ女衆が通りかかる。

「午後も薪あるからね」

若侍たちは、少しげんなりした顔をした。

「はい」

「でも、ちゃんと食べたら動ける。ほら、漬物も食べな」

「ありがとうございます」

彼らは、また自然に頭を下げていた。

侍としての誇りは、まだ残っている。

だが、ここでは頭を下げる相手が多い。

飯を作る女衆。

荷を動かす男衆。

帳簿を見るヨイチ。

場を回すお花。

そして、妙にだらしないのに、なぜか人を守る旦那。

若侍の一人が、小さく言った。

「……戻れるんかな」

別の者が答えた。

「分からん。でも、今は二週間耐えるだけや」

その頃、津からの若者たちは、松阪へ近づいていた。

話し合いの口を探すために。

出て行った者たちの様子を見るために。

そして、長野家がまた一つ、伊勢松坂屋との距離を測り直すために。