軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

奈良のお坊さん方が津を素通りしたことで長野のお殿様が激怒。いさめようとした若武者にそんなに飯屋がイイなら飯屋に就職しろと言われ数人がその方向で動くwww

津の殿様は、かなり機嫌を悪くしていた。

「なんで、うちに来おへんねん」

座敷に呼ばれた調整役と若い侍たちは、そろって頭を下げていた。

「奈良の坊主どもは、松阪、伊勢、鳥羽には行ったんやろ」

「はい」

「松阪屋の領分やから、うちが口を出す筋合いではないかもしれん。けど、津にも伊勢松坂屋は

店を出しとるやないか」

「それは、ございます」

「なら、うちにも顔出して当然やろ」

殿様は、苛立ちを隠さなかった。

調整役は慎重に言葉を選んだ。

「恐れながら、うちは以前、飯場の件でも揉めております。信楽焼の件でも、大変ご迷惑を

おかけしました。今の関係で、奈良のお坊様方をこちらへ呼べる筋合いではなかったかと」

「寺をやると言ったんやぞ」

「それも、先方から見れば難しい話でございます」

「何が難しい」

「今、奈良のお坊様方は、伊勢松坂屋様が百五十万文の寄進を積み、伊賀の道を整え、袴を用意し、

飯場を使わせ、松阪、伊勢、鳥羽を見せている途中でございます」

「それがどうした」

「その途中で、こちらが“寺を一つ用意するから来い”と申しますと、横から話題のある僧侶を

引き抜こうとしているように見えます」

殿様の顔がさらに険しくなった。

「引き抜きやと」

「少なくとも、伊勢松坂屋様にはそう見えたのでしょう」

若い侍の一人が、恐る恐る続けた。

「奈良のお坊様方も、寺を預かるとは土地に責任を持つことでもある、とおっしゃっていたそうです。

すぐには受けられない、と」

「要するに、松阪屋の意向を汲んだということやないか」

「それは……そういう面もあるかと」

調整役は、無理に否定しなかった。

「ただ、今後、奈良との交流は続くと思われます。伊勢松坂屋様は、奈良で商いを増やすつもりですし、寺社交流も続ける意向です。その時に、改めて筋を通して話を持っていけば、

機会はあるかもしれません」

「なんで、ここまで飯屋に振り回されなあかんねん」

殿様は吐き捨てた。

座敷が静まり返る。

その沈黙の中で、伊賀越えを経験した若い侍の一人が、静かに口を開いた。

「殿。時期を待つことも大事かと存じます」

「何?」

「伊勢松坂屋様と、真摯に向き合っていけば、また何かしらの機会はあると思います。」

こちらが焦って無理に動けば、かえって遠ざかります」

殿様の目が、その若者に向いた。

「お前は誰の味方や」

「長野家のためを思って申し上げております」

「寺をやると言ったんやぞ」

「その寺をやる、というのが、こちらの下心に見えたのではないでしょうか」

若者の声には、震えがあった。

しかし、言葉は止まらなかった。

「今は奈良の坊様方に話題があります。伊勢松坂屋様が百五十万文を積んで呼んだ、

という話題があります。だから、こちらも欲しくなった。けれど、話題が過ぎた後、

その寺をどう支えるのか。飯はどうするのか。人はどうするのか。銭はどう回すのか。

そこまで考えていたのかと問われたら、答えられないのではないでしょうか」

「殿に向かって、ようそんな口を利くな」

殿様の声は低かった。

若者は、そこで一度頭を下げた。

「無礼は承知しております。ですが、伊賀を越え、信楽まで行き、伊勢松坂屋様の袴があるかないかで、どれほど扱いが違うかを見ました。道を作るとは、口で言うほど簡単ではありません。銭を撒き、

飯を出し、寺社に礼をし、地侍に筋を通し、何度も通って、ようやく道になるのだと知りました」

「つまり、わしが何も知らんと言いたいのか」

「そうではございません。ただ、こちらも学ぶべきことがあると」

「学ぶ? 飯屋からか」

「はい」

若者は、はっきり言った。

「飯屋からでも、学ぶべきことはあります」

座敷の空気が凍った。

調整役が青ざめる。

殿様は、ゆっくり笑った。

「そうか。そういえばお前ら、伊賀まで行ったんやったな。松阪屋には三倍の値で雇って

もらえるんやろ」

若者の顔が強張った。

「その安心感があるから、そういう甘いことが言えるんやな」

「殿、それは違います」

「違わん。そんなに松阪屋がええなら、飯屋に就職してこい」

その一言で、若者たちの中の何かが切れた。

伊賀越えをした若者の一人が、静かに顔を上げた。

「……よろしいのですか」

「何がや」

「今のお言葉、本気と受け取ってよろしいのですか」

「勝手にせえ」

殿様は、苛立ちのまま手を振った。

「飯屋がそんなにええなら、飯屋へ行け」

調整役が慌てて口を挟む。

「殿、お待ちください。それはさすがに」

「黙れ」

座敷は、もう取り返しのつかない空気になっていた。

若者は、深く頭を下げた。

「これまでお世話になりました」

「何?」

「私どもは、長野家に仕えてまいりました。ですが、伊賀で見たこと、信楽で受けた扱い、

伊勢松坂屋様の道の作り方を見て、考えが変わりました」

別の若者も頭を下げる。

「殿を裏切るつもりはありませんでした。けれど、学んだことを申し上げただけで、

飯屋に行けと言われるのであれば、もうここにはおれません」

伊賀越えをした三人が、まず立ち上がった。

それに続いて、同じ思いを持っていた若い侍が数人、静かに頭を下げる。

「おい」

殿様の声が、少し揺れた。

だが、若者たちはもう止まらなかった。

「失礼いたします」

彼らは座敷を下がった。

調整役は、顔面蒼白でその後を追った。

「待て。早まるな。殿も本心では」

「本心でない言葉で、人は斬れます」

伊賀越えをした若者の一人が、振り返らずに言った。

「私たちは、あの時、本当に死ぬかもしれないと思いながら伊賀を越えました。その後で、

伊勢松坂屋様は“失敗は許す、裏切りは許さない”と言ってくれました。もし殿が怒り狂って

我らを斬るなら、うちへ来いとも言ってくれた」

「それは、殿を試すための言葉でもあったろう」

「分かっています。ですが、今の言葉で十分です」

別の若者が苦笑した。

「飯屋に就職してこい、と殿が言われた。なら、そうします」

「本当に行くのか」

「はい」

調整役は、何も言えなかった。

若者たちは、その日のうちに支度をした。

といっても、大した荷はない。

刀、衣、少しの銭、道中に必要なものだけ。

伊賀越えを経験した三人を中心に、複数の若侍が津を出た。

目指す先は、松阪。

伊勢松坂屋である。

途中、彼らは無言だった。

怒りもあった。

悔しさもあった。

不安もあった。

だが、不思議と足取りは軽かった。

彼らは一度、伊賀の道で思い知っていた。

名や家の威光だけでは、道は開かない。

飯と銭と信用がなければ、人は動かない。

そして、それを持っている飯屋があることを知っていた。

松阪の伊勢松坂屋本店に、若侍たちが現れたのは、翌日の昼過ぎだった。

門番が驚き、すぐに奥へ走る。

「旦那様。長野の若い衆が来ています」

博之は、ちょうど飯を食っていた。

「……またか」

ヨイチがすぐに警戒する。

「人数は?」

「伊賀へ行った三名を含め、複数名です」

お花の顔が険しくなった。

「揉め事でしょうか」

博之は、箸を置いた。

「たぶん、揉め事やな」

若侍たちは、広間に通されるなり、そろって頭を下げた。

「どうしました」

博之が聞くと、伊賀越えをした若者の一人が、静かに言った。

「殿より、飯屋に就職してこい、と言われました」

広間が静まり返った。

博之は、しばらく黙っていた。

それから、額を押さえた。

「……あの人、ほんまに言うたんか」

「はい」

「勢いで?」

「勢いでございます。しかし、我らは受け取りました」

ヨイチが低い声で言った。

「旦那様。これは、かなり大きな話になります」

「分かってる」

お花も厳しい顔をしている。

「受け入れれば、長野との関係はさらに悪くなります」

「分かってる」

博之は、若者たちを見た。

「あなた方は、逃げてきたんですか。それとも、働きに来たんですか」

若者たちは顔を上げた。

「働きに来ました」

「うちは楽ではないです。飯屋です。帳簿もあります。荷も運びます。道も歩きます。

給金が高いから来た、だけなら続きません」

「承知しております」

「それと、うちは失敗は許します。けど、裏切りは許しません。長野家の内情を面白おかしく

売るような真似は、絶対に許しません」

「いたしません」

博之は、深く息を吐いた。

「……ヨイチ」

「はい」

「仮採用で預かる。すぐにうちの正式な者にはしない。まずは飯を食わせて、寝床を用意して、

事情を全部聞く。その上で、長野へ文を書く」

「承知しました」

「お花さん」

「はい」

「女衆にも伝えて。揉め事を持ち込んだ者としてではなく、伊賀越えをして、考えて来た若者と

して扱う。ただし、軽くは見ない」

「承知しました」

若侍たちは、もう一度深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

博之は、苦い顔で言った。

「いや、ありがとうございますやない。これ、めちゃくちゃ面倒なことになったからな」

ヨイチが淡々と刺す。

「旦那様が以前、“来たら守る”とおっしゃった結果です」

「言ったけども」

「言いました」

お花も言う。

「言った以上、守るしかありません」

博之は天井を見上げた。

「ほんま、飯屋やってるだけやのに、なんで侍が駆け込んでくるんや」

広間の空気は重かった。

しかし、若侍たちの前には、すぐに飯が出された。

白飯、味噌汁、漬物、肉あん、温かい茶。

彼らは、黙って食べ始めた。

その姿を見ながら、博之はぼそりと言った。

「まず飯や。話はその後や」

こうして、長野の若者たちが伊勢松坂屋へ駆け込むという、また新たな火種が生まれた。

そして津の殿様は、後になって知ることになる。

勢いで放った「飯屋に就職してこい」という一言が、本当に若者たちを飯屋へ向かわせたことを。