作品タイトル不明
奈良のお坊さんが来て二週間経った。たくさんの学びを得て奈良へ戻る。定期交流の提案。一方津の長野家では動揺が走っていたwww
二週間は、あっという間に過ぎた。
奈良の僧たちは、松阪の寺、伊勢の寺社、内宮の門前、鳥羽の港、九鬼水軍の船、買い付け隊の
荷置き場、湯浴みどころ、包み紙の作業場、横丁、縁会、そして伊勢松坂屋の飯場を見て回った。
最初は、百五十万文の件で気まずさを抱えていた彼らも、帰る頃にはずいぶん表情が変わっていた。
出発の朝、博之は本店の広間で、年配の僧たちと向き合った。
「今回は本当にありがとうございました」
年配の僧が、深く頭を下げる。
「こちらこそ、たいへん多くのものを見せていただきました。伊賀を越えた価値は、
十分にございました」
「それはよかったです」
博之は、少しだけ真面目な顔をした。
「今回をきっかけに、できれば今後も定期的に交流の場を持ちたいと思っています」
「定期的に、でございますか」
「はい。堅苦しく言えば寺社交流ですけど、もう少し柔らかく言えば、課外学習みたいなものと
して捉えてもらえたらと思っています」
「課外学習……」
「奈良のお坊様方に、こちらへ来てもらう。こちらで飯を食べてもらう。伊勢神宮へ行ってもらう。
松阪や伊勢の寺が、どうやって町と関わりながら銭を落としてもらう場を作っているのかを
見てもらう」
博之は、指を折りながら続けた。
「それに、伊勢神宮へ行けば、普通の飯や小物が、場所と物語で値段を変えるというのが見えます。
魚のすり身を揚げたものが八十文、百文で売れる。茶一杯が三十文で売れる。参拝の記憶、
伊勢で食べる意味、そういうものに銭が乗るんです」
年配の僧は、静かに頷いた。
「確かに、目で見て初めて分かりました。値とは、品そのものだけでは決まらぬのですね」
「はい。うちとしても、それを奈良の方々と共有したい。逆に、奈良には奈良の歴史、書物、薬、
暦、寺社運営、仏法の知恵がある。こちらはそれを学びたい」
お花が横から言った。
「九鬼水軍の方々も、松阪や伊勢の上司の方々も、奈良からの新しい知見を求めておられます。
皆様が来られることそのものに価値があるのです」
博之は頷いた。
「それに、道も一つではありません。
大和八木からは大和と伊勢をつなぐ道です。伊賀や名張を通るので、道中はきついけれど、
その分、あちらこちらに飯場や荷置き場を作る意味があります」
年配の僧が、うなずく。
「確かに、あの道は厳しい。しかし、拠点があることで、ずいぶん助けられました」
「もう一つは、近江の草津から関を通って伊勢へ入る道です。こちらは、東海道筋というか、人と荷の流れが見えやすい。草津、関、北伊勢、松坂へつながれば、伊賀越えとは別の形で物が動かせます」
「つまり、大和から伊賀を越える道と、近江から関を通る道。その両方を見ているのですな」
「そうです。どちらが正しいというより、どちらにも役目があります。伊賀の道は、大和や信楽との縁を強める道。草津から関の道は、近江や京の匂いを伊勢へ運ぶ道。そこに奈良の知恵が加われば、
かなり面白いことになると思っています」
ヨイチが補足した。
「旦那様は、道を一本で考えておられません。危ない道には危ない道の価値があり、通りやすい道には通りやすい道の価値があります。そこに飯場と人と銭を置くことで、道そのものを商いに
変えているのです」
年配の僧は、感心したように息を吐いた。
「飯屋が道を作る、というのは、そういうことでしたか」
「大げさに言えば、そうです」
博之は苦笑した。
「ただ、私は別に大それたことをしたいわけではありません。飯を食わせたい。人が行き来できるよう
にしたい。奈良の方々に伊勢を見てもらいたいし、伊勢の者にも奈良の知恵を知ってもらいたい。
それだけです」
お花が小さく笑った。
「旦那様の“それだけ”は、いつも大きくなりますけどね」
「そこは言わんでええ」
場に笑いが起きた。
博之は、改めて年配の僧へ向き直った。
「なので、今後もこういう交流を続けられるなら、うちは奈良で町や横丁を出す時に、
それなりに高く寄進を積ませてもらいます」
奈良の若い僧たちが、少しだけ身構えた。
「高く、でございますか」
「はい。たくさん積むつもりです」
「たくさん……」
年配の僧が苦笑する。
「伊勢松坂屋様の“たくさん”は、我らにとって少々恐ろしい響きでございます」
博之は笑った。
「百五十万文の件がありましたからね」
「はい。あれで、こちらの金銭感覚も少し揺さぶられました」
「でも、それだけの価値があると見ています。奈良と伊勢がちゃんとつながれば、飯も動く。
人も動く。書物も動く。薬や紙や香も動く。お坊様方の知恵も、こちらの寺や店に落ちる。
それは十分、銭を積む価値があります」
ヨイチが淡々と付け加えた。
「ただし、帳簿には残します」
「そこは言わんでええ」
「大事です」
また笑いが広がった。
出発の支度が整うと、伊勢松坂屋の者たちは、袴、草鞋、道中の飯、包み紙に入れた土産、
そして奈良で配るための簡単な書付を用意した。
年配の僧は、最後に博之へ頭を下げた。
「今回の旅は、我らにとって大きな学びになりました。軽い気持ちで出した文が、
このような形になるとは思いませんでしたが……来てよかった」
「そう言ってもらえるなら、百五十万文の元は少し取れました」
「まだ取るおつもりですか」
「いえいえ、冗談です」
「冗談に聞こえぬのが怖いところです」
そう言って、年配の僧も笑った。
奈良の僧たちは、帰路についた。
伊賀を越える者もいれば、大和八木まで戻り、そこで一度休む者もいる。今後は、
草津や関を通る道の話も出てくるだろう。道は一つではない。伊勢松坂屋が作っているのは、
まさにその複数の道を、人と飯と銭で結ぶ仕組みだった。
彼らは奈良へ戻り、この旅で見たものを語ることになる。
寄進とは何か。
寺が町に何を返すのか。
飯屋が道を作るとはどういうことか。
伊勢で物語に値がつくとはどういうことか。
そして、伊勢松坂屋という、根なし草から始まった奇妙な飯屋のことを。
一方その頃、津の長野の方では、少しざわつきが広がっていた。
奈良の僧たちが、津へは来ずに帰るらしい。
伊勢松坂屋は、津からの誘いをやんわり断ったらしい。
しかも、奈良の僧たちは松阪、伊勢、鳥羽を回り、九鬼水軍とも話し、伊勢神宮まで見て、
満足して帰ったらしい。
若い侍の一人が、苦い顔で言った。
「つまり、うちは外されたということですか」
調整役は、頭を抱えた。
「外されたというより、こちらが軽く見られたのです。いや、正確には、軽く見られるだけの
ことをしてきた」
「寺を一つ用意するとまで言ったのに」
「それが逆にまずかったのでしょう。伊勢松坂屋からすれば、“今だけ話題の奈良の僧を、
津へ引っ張り込もうとしている”ように見えたはずです」
「では、どうすれば」
「筋を通すしかありません」
調整役は、ため息をついた。
「伊勢松坂屋は、銭だけでは動かない。飯と道と顔と物語で動く。こちらがそれを
分かっていない限り、また置いていかれます」
津の者たちは黙った。
奈良の僧を呼び損ねたことよりも、松阪、伊勢、鳥羽、奈良、そして大和八木や草津へ
伸びる道の中に、自分たちが入れていないことの方が、ずっと大きな問題だった。
伊勢松坂屋は、また一つ、津を通らない道を作っていた。