軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

伊勢神宮でお好み焼きの実演を見て飯を売っているのではなく会話を売っていることに気づく。買付隊が伊勢で半月10万文購入していることに驚く

伊勢参りを終えたあと、奈良の僧たちは、案内役に連れられて伊勢松坂屋の実演場へ向かった。

「次は、お好み焼きの実演を見ていただきます」

若い僧の一人が首を傾げた。

「お好み焼き、とは」

「松阪で少し聞きましたな。丸く焼いて、具を選ぶ料理だとか」

「聞きはしましたが、正直、絵が浮かびませんでした」

そう言いながら歩いていくと、すぐに香ばしい匂いが漂ってきた。

開けた場所に鉄板が並んでいる。

女衆が数人、手際よく丸い型に生地を流し込んでいた。小麦と卵を水で溶いたものを薄く広げ、

そこへ大葉、刻んだたくあん、ごぼう、鶏、蛸、魚のほぐし身などを、客の好みに合わせて

入れていく。

「こちらは大葉を少し」

「蛸も入れますか」

「ごぼうを入れると歯ごたえが出ますよ」

客は、二人連れや家族連れが多い。

互いに相談しながら具を選んでいる。

「そちらが好きなら、蛸を入れましょうか」

「いや、私は大葉の方が」

「では半分ずつにしましょう」

そんな会話が、鉄板の前で自然に生まれていた。

奈良の僧たちは、ようやく意味を理解し始めた。

「なるほど。これは、料理でありながら、会話の場なのですな」

年配の僧が言うと、案内役が頷いた。

「はい。具を選ぶところから、もう話が始まります」

焼き上がると、女衆が味噌醤油を薄く塗る。

香りが立ったところで、竹筒を手に取った。

そして、少し声を整える。

「よきご縁に、伊勢の潮風を」

さらさらさら。

細かくした青苔が、湯気を立てる丸い焼き物の上へ降る。

茶色い焼き目に、緑が散り、見た目が一気に華やいだ。

「おお」

奈良の若い僧が、思わず声を漏らした。

「これは、見ていて楽しいですな」

「所作がありますね」

「ただ焼いて売るのではなく、最後に一つ、祝う形になっている」

周囲の客も楽しそうだった。

青苔を振るたびに、子どもが笑い、若い男女が照れ、年寄りが「ありがたいな」と言う。

料理の味だけではなく、仕草そのものが客を集めている。

「大盛況ですな」

年配の僧が言うと、博之は少し苦笑した。

「いやいやいや。まだ二週間に一回しか出させてもらってないんです」

「これほど人が集まるのに、ですか」

「はい。伊勢神宮の中で店を出すというのは、ものすごく難しいんです。何でもかんでも出せる

わけじゃありません。筋も要る。顔も要る。場所も要る。周りの店との兼ね合いもあります」

「なるほど」

「でも、ここで根がついたら強いんです。伊勢で出している、伊勢で認められている、

というだけで、よそで出す時の値段が跳ね上がります」

「だから、皆が伊勢を目指すのですか」

「そうです。飯屋にとって、ここは特別です」

その話をしていると、周囲の店主らしき者たちが次々と声をかけてきた。

「伊勢松坂屋さん、今日はえらい賑わいですな」

「この前の買い付け、ありがとうございました」

「また小物の方、用意しておきますよ」

「松阪の方でも売れていると聞きました」

奈良の僧たちは、その親しげな様子に目を丸くした。

「ずいぶん、周りの店の方々と親しいのですね」

博之は頷いた。

「うちの買い付け隊が、半月に一回、伊勢で十万文ほど買っています」

「十万文?」

若い僧が声を裏返した。

「半月に一回、でございますか」

「はい」

「それは、子どもの使いではありませんな」

「もちろんです。伊勢の小物、紙、飾り物、食べ物、女衆の装いに使うもの、土産物。

いろいろ買います」

「それを、どうされるのですか」

「従業員向けに回します」

僧たちは、また驚いた。

「従業員向けに?」

「はい。うちはいろんな拠点に人がいます。松阪、伊賀、名張、大和八木、信楽、北伊勢。

そういう人たちは、簡単に休みを取って伊勢へ旅行に来られるわけではありません」

「それは、そうでしょうな」

「でも、伊勢の小物は欲しいんです。伊勢のものを持っている、伊勢で売られているものを

自分の近くで買える。それだけで喜ばれる」

「なるほど」

「だから、買い付け隊が買って、各拠点で売ります。だいたい一・五倍です」

若い僧が、思わず言った。

「それも、なかなかの値段を取っておられますな」

博之は笑った。

「取ってます。でも、家の近くに届くんです。自分で伊勢まで来る旅費、時間、危険を考えたら、

一・五倍なら払うという人は多いです」

年配の僧が、静かに頷いた。

「品そのものだけではなく、届くことに値があるのですね」

「そうです」

博之は少し声を低くした。

「それが伊賀を越えると、三倍から五倍になることもあります」

「三倍、五倍……」

「皆さん、伊賀を越えて来られたでしょう。あの道です。危ないんです。しんどいんです。

道中に飯場も要る。地侍との話も要る。寺への寄進も要る。荷を守る人も要る」

奈良の僧たちは、全員、黙ってしまった。

自分たちの足の痛みが、そのまま値段の説明になっていた。

昨日までなら、三倍五倍と聞けば「ぼったくりでは」と思ったかもしれない。

だが今は違う。

伊賀の道は、ただ歩くだけでもきつかった。

そこを荷を持ち、割れ物を運び、銭を守り、何度も往復する。

そこに値がつくのは当然だった。

「信楽焼もそうです」

博之は続けた。

「うちは信楽で仕入れて、こちらでは二・五倍くらいで売っています。けど、その間には、

道、護衛、寄進、破損の危険、買い付けの信用、全部があります」

「なるほど……」

「今、私は草津の方も目指しています。関から草津へ入る道が見えてきたので、伊賀を通らずに

大量のものを動かせる可能性があります」

「伊賀を通らずに」

「はい。それはそれで価値があります。大量に安全に通せる道は、値段を変えます。

逆に伊賀の道は、信楽や大和への意味がある。道ごとに役割が違うんです」

若い僧の一人が、呟いた。

「もう、貿易ですね。やっておられることは」

博之は少し照れたように笑った。

「貿易みたいなものかもしれません。でも、元々はうちの従業員が楽しむためです」

「従業員のために、半月十万文の買い付けを?」

「はい」

「従業員は、どれほどおられるのですか」

「千人以上です」

僧たちは、再び言葉を失った。

博之は、何でもないことのように言った。

「千人以上おると、伊勢の小物も売れるんですよ。飯も売れる。器も売れる。女衆の飾りも、

紙も、墨も、包みも、全部動きます」

年配の僧は、遠くの参道を見た。

人が流れる。

茶が売れる。

魚のすり身が揚がる。

お好み焼きに青苔が振られる。

周りの店主が挨拶をする。

買い付け隊が半月に十万文を落とす。

これは、ただの飯屋ではない。

人の欲しいものを運び、場所の価値を読み、道の危険を値段に変え、町に銭を戻す仕組みだった。

若い僧は、少し笑った。

「まだ伊勢に着いて一日も経っておりませんのに、驚くことばかりです」

博之も笑った。

「伊勢は、金が溶けますからね」

年配の僧は、深く頷いた。

「ええ。ようやく、その意味が分かってきました」

青苔が、またさらさらと焼き物の上に降る。

「よきご縁に、伊勢の潮風を」

奈良の僧たちは、その仕草を見ながら、伊勢松坂屋が作る商いの奥行きを、また一つ

思い知ることになった。