軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

この際だから言いますが旦那様を好いている方はいますよ多分と言われそわそわする博之。ただ鉄壁の守りの女衆がいる。

ご縁の話で広間がひとしきり笑ったあと、お花が少しだけ真面目な顔をした。

「まあ、旦那様。ご縁の話になりましたので、ぶっちゃけて言いますけど」

「ぶっちゃけるんか」

「はい。旦那様のことを好いている方も、ちょこちょこはいるんですよ」

博之は、箸を止めた。

「……え?」

「います」

「おるん?」

「おられると思います」

「なんでそれを私に言ってくれへんねや」

「行くでしょう」

「行くな」

「ほら」

女衆たちは、一斉に頷いた。

博之は、少し不満そうに眉を寄せた。

「いやいや、そこは教えてくれてもええやんか。こっちはずっとご縁がないご縁がない言うてるんやぞ」

お花は、淡々と言った。

「だから怖いんです」

「何がや」

「旦那様は、今やこれだけ大きな店の旦那様です。ご自身で作り上げた店があり、飯の才があり、

人が集まり、銭が山ほどあります」

「山ほどって言うな」

「山ほどあります」

ヨイチが即座に補足した。

「帳簿上も山ほどございます」

「お前まで」

お花は続けた。

「ですから、旦那様のことを好く理由は、いくらでもあるんです。旦那様ご本人が好きという

方もいるでしょうし、店を切り盛りしたい、旦那様の横に立ちたい、という志のある女衆も

いるかもしれません」

博之は、少しそわそわした。

「ほう」

「ただ、そういう方は面接の段階でだいぶ弾いております」

「弾くな」

「弾きます」

「なんでやねん」

「店が傾くからです」

女衆の一人が、はっきり言った。

「旦那様の横に立ちたいという気持ちは、悪いことではありません。けれど、その気持ちが

店より前に出る人は危ないんです」

別の女衆も続けた。

「旦那様は、優しくされたらすぐ勘違いします」

「するな」

「します」

「するかもしれん」

「ほら」

奈良の僧たちは、笑っていいのか迷いながらも、口元を押さえていた。

お花は少し表情を和らげた。

「一応、女衆としては守っているんです。旦那様を、というより店を。私たち自身も、

かなりいびつなことをしている自覚はあります」

「いびつやろ。俺だけ全然守られてない気がする」

「守っています」

「どこがやねん」

「女衆同士で話し合った結果、ぎりぎり許せる範囲は決めています」

博之は、身を乗り出した。

「何それ」

「昼間に、皆の目がある場所で、お布団に入って添い寝をする。それで一万文を払う。そこまでです」

広間が一瞬静まり、それから妙なざわめきになった。

博之は、顔をしかめた。

「それ、俺にとって何にも面白くないやんけ」

「匂いを嗅ぐことができます」

「いやいやいやいや、なんだそれは」

「それ以上はだめです」

「一万文払って、昼間に、みんなの目の前で、動いたら怒られるんやろ」

「当然です」

「何が楽しいねん」

「旦那様が暴走しないことが楽しいんです」

「俺の楽しさは?」

「そこは知りません」

「ひどい」

女衆たちは、少し笑った。

だが、お花はまた真面目な顔に戻った。

「でも、旦那様。そこまでなんです」

「そこまで?」

「はい。そこを越えて、やることをやってしまうと、多分、私たちは旦那様のことを

あまり好きではなくなります」

博之は、言葉を失った。

お花は静かに続けた。

「旦那様は寂しい方です。女の人に触れたい気持ちも、誰かにそばにいてほしい気持ちも

あると思います。そこは分かります」

「分かってくれるんか」

「分かります。でも、それを権力や銭で押し通す旦那様になったら、私たちは嫌です」

広間が静かになった。

「旦那様は、銭を持っています。人も抱えています。女衆に命令できる立場でもあります。

だからこそ、そこをやらない旦那様を、私たちは好きなんです」

ヨイチも頷いた。

「旦那様は、だらしないところもありますし、帳簿から逃げますし、すぐ飯を思いつきますし、

変なことを言います。ですが、弱い立場の者を無理にどうこうする方ではありません」

「そこだけは守っていただきたいのです」

お花が言った。

「それを守っているから、私たちは旦那様の周りで笑っていられます。安心して怒れます。

帳簿を突きつけられます」

「帳簿は突きつけんでええ」

「突きつけます」

少しだけ笑いが戻った。

博之は、むくれたように言った。

「つまり、俺は守られてるんやなくて、管理されてるんやな」

「はい」

「即答やめて」

「でも、家を守るためです」

お花は、少しだけ優しく言った。

「私たちも、いびつです。普通の女衆ではないと思います。けれど、根なし草からここまで来た

店を守るためには、こういう守り方も必要なんです」

博之は、しばらく黙っていた。

それから、ふっと笑った。

「俺、全然守られてないやんけ」

「守られてます」

「添い寝一万文で匂いだけとか、どんな守りや」

「最高級の守りです」

「最低や」

奈良の僧たちが、ついにこらえきれずに笑った。

年配の僧も、苦笑しながら言った。

「これは……たしかに、普通の家ではありませんな」

「普通じゃないんです」

お花は胸を張った。

「だからこそ、ここまで来ました」

博之は布団に転がりながら言った。

「もうええ。今日は寝る。ご縁の話をしたら、余計に寂しくなったわ」

「明日は九鬼水軍のところへ行きますので、早くお休みください」

「はいはい」

「あと、旦那様」

「なんや」

「夢の中でも、変な縁談を勝手に進めないでくださいね」

「夢ぐらい自由にさせろ」

「店が傾く夢は困ります」

「夢で傾くか」

また笑いが起きた。

その夜、奈良の僧たちはそれぞれの寝所へ下がった。

伊勢松坂屋という店の不思議さを、また一つ知った気がしていた。

大きな銭を動かし、道を作り、人を雇い、飯を食わせる。

その中心にいる旦那は、女衆に守られ、管理され、からかわれながらも、最後の一線だけは

越えないようにされている。

それが、この店の強さの一つなのだろう。

翌朝。

奈良の僧たちは、また温かい朝飯を食べた。

味噌汁、飯、焼き魚、漬物。

昨日より少し足の痛みは残っているが、顔色はだいぶ戻っていた。

食後、博之が手を叩いた。

「では、九鬼さんのところに行きましょうか」

若い僧の一人が、緊張した声で言った。

「船に乗るのですね」

「はい。大丈夫です。取って食われません」

「それを言われると逆に不安です」

「飯は食わせます」

「それはもう、よく分かりました」

お花が笑いながら袴を整えさせ、ヨイチが案内役に確認する。

奈良の僧たちは、松阪からさらに伊勢、鳥羽へ向かうことになった。

伊勢松坂屋の飯と銭と縁をめぐる見聞は、まだ始まったばかりだった。