軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

大和八木から伊賀まで進み伊勢松坂屋の拠点のお寺で一泊する。旦那である博之との小噺を聞きながら大変な人と対峙することになるなと思うお坊様

大和八木を出て、伊賀へ向かう道に入ると、奈良の僧たちは少しずつ口数が減っていった。

道は平らではない。

草は深く、石は転がり、足元は湿っている。

寺の境内や奈良の町中とはまるで違う。

若い僧の一人が、袴の裾を気にしながら呟いた。

「これは……なかなかの道ですな」

年配の僧は、杖をつきながら前を見た。

「伊賀越えと聞いてはいたが、やはり楽ではない」

その時、道の先に数人の男たちが立っているのが見えた。

一行は、一瞬身構えた。

だが、その男たちは皆、伊勢松坂屋の袴を着ていた。

先頭の地侍が、深く頭を下げる。

「お待ちしておりました」

奈良の僧たちは、顔を見合わせた。

「こちらまで、迎えに?」

「はい。大和八木の拠点より早馬が届きまして。奈良の御坊様方が伊賀越えに入られると聞き、

出迎えに参りました」

地侍は、僧たちの足元を見て、少し苦笑した。

「ただ、申し訳ありません。ここから先、足元まではまだ十分に整備できておりません。

かなりきつくなります」

「やはり、そうですか」

「はい。その草鞋では危のうございますので、こちらを」

そう言って、地侍たちは荷の中から、しっかり編まれた草鞋を取り出した。

「少しきつめに履いてください。緩いと坂で足を取られます。予備も持ってきておりますので、

途中で切れても安心してください」

若い僧たちは、思わず顔を見合わせた。

ここまで用意されているとは思っていなかった。

「かたじけない」

「いえ。旦那様から、奈良の御坊様方は大事な客やから、道中で転ばせるな、と」

「転ばせるな、ですか」

「はい。転ばれたら、うちの旦那様がまた変な顔をしますので」

地侍たちは笑った。

その笑いに、僧たちの緊張も少しだけほどけた。

一行は、名張を通り、伊賀へ入った。

途中の拠点では、湯が沸かされ、握り飯と味噌汁が用意されていた。少し歩けば、

また伊勢松坂屋の袴を着た者が声をかけてくる。荷を持ち替え、足元を確かめ、

道の悪いところでは手を貸してくれる。

それでも、道はきつかった。

奈良の僧たちは、何度も息を切らし、何度も足を止めた。

日が傾く頃、ようやく伊賀の寺に着いた。

寺では住職が門前に出て待っていた。

「難儀でしたな」

年配の僧は、ほっとしたように頭を下げた。

「まことに。伊賀の道は、想像以上でございました」

「でしょうな。まずは湯を。飯も用意しております」

寺の一角に通されると、温かい飯と汁が出された。素朴ではあるが、

体に染みる味だった。奈良の僧たちは、最初は遠慮していたが、やがて黙々と箸を進めた。

食後、伊賀の地侍たちも同じ部屋に入り、少し酒も出された。

住職が、奈良の僧たちに向かって言った。

「今回は、こちらも難儀な話やったでしょうな」

年配の僧は、少し苦笑した。

「こちらが仕掛けた文でもありますので」

「それは聞いております。五十万文と書いたら、百五十万文で返ってきたとか」

若い僧たちは、気まずそうに目を伏せた。

住職は、責めるようには笑わなかった。

「まあ、うちの旦那様は、そういうところがあります」

「旦那様、ですか」

「伊勢松坂屋の旦那様です。私らが知っている旦那様は、もともと偉そうな商人ではありませんでした」

伊賀の地侍の一人が、しみじみと言った。

「私らが本当に飯が食えず、助けを求めた時に、あの方は飯を出してくださったんです」

別の者が頷く。

「ただの施しでは残らへんから、と言って、ここに飯場を作り、横丁を作り、働き口を

作ってくれました」

住職が続けた。

「最初は赤字でした。今でも大儲けというわけではありません。ですが、少しずつ回るように

なってきた。働き口ができたおかげで、追い剥ぎや強盗をせずに済むようになった者もおります」

奈良の僧たちは、黙って聞いていた。

「今では、信楽焼の買い付けの中継地にもなっております。荷が通る。人が通る。飯が売れる。

寺にも寄進がある。道が少しずつ安全になる。私らにとっても、やりがいがあるのです」

地侍の一人が、隣に座る男を肘でつついた。

「そこにいるお侍さんなんて、昔はここの住職を襲ったんですからね」

言われた男は、顔を真っ赤にした。

「おい、それを言うな」

「しかも、松阪まで身代金を取りに行ったんですよ」

「もうええやろ」

部屋に笑いが起きた。

奈良の僧たちも、思わず口元を緩めた。

その侍は、頭をかきながら言った。

「いや、恥ずかしい話です。全然忘れてもらえません」

「忘れませんよ。あれは、人生の中で三本の指に入るくらい印象的な出来事でしたから」

「本当に、脅しに行っただけやったんです。そしたら旦那様は、銭を全部渡してくださったうえに、

飯まで食わせてくれて、最後には“伊勢に遊びに来い”と言われました」

奈良の若い僧が、思わず聞いた。

「それで、行かれたのですか」

「行きました」

「伊勢まで?」

「はい。九鬼水軍の船にも乗せてもらいました。伊勢の店も見ました。あれで、

だいぶ人生が変わりましたな」

地侍は笑いながら、奈良の僧たちを見た。

「たぶん、お坊様方も伊勢に連れて行かれると思いますよ」

「我らも、ですか」

「はい。お伊勢さんの方へ。たぶん九鬼水軍の船にも乗るんじゃないですかね」

若い僧たちは、顔を見合わせた。

伊賀越えだけでも十分きつい。

その上、伊勢へ行き、さらに船に乗る。

まるで、どこかへ連れて行かれてしまうような気がした。

正直に言えば、取って食われるような不安もあった。

だが、百五十万文の寄進を受ける立場である。

ここまで袴を用意され、道中を守られ、飯まで出されている。

今さら、怖いから嫌です、とは言えない。

年配の僧は、少し苦笑して言った。

「それほどまでに、伊勢松坂屋というのは、人を引っ張り回すのですな」

住職は笑った。

「引っ張り回します。ただ、飯は食わせてくれます」

「それは今日、よく分かりました」

「それに、見た後は、来てよかったと思うはずです」

年配の僧は、湯呑みを手に取り、静かに頷いた。

「そうであれば、よいのですが」

外では、夜の伊賀の風が吹いていた。

奈良の僧たちは、その夜、伊賀の寺で眠ることになった。

足は痛み、肩は重く、明日以降の道も不安だった。

けれど、彼らは少しずつ理解し始めていた。

伊勢松坂屋が作っているのは、ただの店ではない。

飯場であり、道であり、働き口であり、噂であり、人のつながりだった。

そして、そのつながりの中に、今度は自分たち奈良の寺社も、半ば強引に

招き入れられようとしている。

若い僧の一人が、寝床の中で小さく呟いた。

「……我ら、本当に大変な相手に文を出してしまったのですね」

隣の僧が答えた。

「今さらでございます」

年配の僧は、その会話を聞きながら、目を閉じた。

伊勢まで、まだ遠い。

だが、もう引き返す道はなかった。