軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

奈良の寺社仏閣にて。冗談半分の文言の50万文の3倍の150万文の寄進。年配の僧が若い僧にキレる。冗談かもと話す数日後、30万文が第一陣で送られてきたのを見て松坂行きを決心する

奈良の寺社では、伊勢松坂屋から返ってきた文を前に、僧侶たちが顔を見合わせていた。

最初に文を出した時は、半ばからかいだった。

近ごろ勢いがあるという伊勢松坂屋。大和八木の方にも細々と飯場を作り、伊勢から道を

伸ばしているらしい。とはいえ、奈良は寺社仏閣の多い土地である。そう簡単に店を出せると

思うなよ、という気持ちもあった。

そこで、少し意地悪く書いた。

五十万文ほど寄進していただければ、寺社仏閣の一角に拠点を置くことも、店を出すことも、

やぶさかではない。

言ってしまえば、断り文句に近い。

五十万文など、普通の飯屋なら尻込みする。

仮に出すとしても、値切るか、泣きつくか、何か土産を添えて様子を見るものだ。

ところが、返ってきた文は違った。

伊勢松坂屋は、五十万文ではなく、百五十万文を用意するという。

しかも、ただの寄進ではない。

大和と伊勢の寺社交流のため、僧侶や観主、学僧を定期的に松阪や伊勢へ送ってほしい。

伊勢の寺社、松阪の寺社、伊勢松坂屋の横丁、買い付け隊、湯浴みどころ、内宮の縁会を

見てもらいたい。

また、奈良の書物や知恵、寺社の運営、薬草、暦、写本などについても、

交流の中で教えていただきたい。

さらに、支払いの段取りまで書かれていた。

大和八木の利益から六十万文。

残り九十万文は、伊賀・名張・大和八木を経由して分散して送る。

道中には寺社への寄進、地侍への護衛料、炊き出し、荷置き場整備の銭も落とす。

そこまで読んだ時、若い僧の一人が小さく言った。

「……これ、冗談では済みませんな」

別の僧が顔を青くした。

「まさか、真に受けるどころか、上乗せしてくるとは」

「それも、百五十万文でございます」

「いや、五十万文でも大きいのに……」

部屋の上座にいた年配の僧が、文を置き、鋭い目で若い者たちを見た。

「そもそも、誰が五十万文などと書いた」

若い僧たちは、揃って視線を落とした。

「その……最近勢いがあると聞いておりましたので」

「少し多めに寄進してもらえれば、と」

「向こうにとって良い餌があるなら、話に乗るかと思いまして」

年配の僧は、ばしりと畳を叩いた。

「飯屋相手に、嫌がらせまがいの文を出すのを、ばち当たりと思わんのか」

部屋の空気が凍った。

「しかも相手は、伊勢の国で名が通り始めている飯屋であろう。松阪に本店を持ち、

伊勢に店を出し、大和八木まで道を伸ばしている。そういう相手に、からかい半分で五十万文を

求めた。すると相手は、百五十万文を持って、文化交流を求めてきた。これは、完全にこちらが

受けて立たねばならぬ形になっておる」

「しかし、まさか本当に出すとは……」

「まさかでは済まぬ」

年配の僧は、低い声で言った。

「向こうが本当に銭を出したなら、こちらは“冗談でした”とは言えぬ。五十万文を求めたのは

こちらだ。向こうはその三倍を出すと言っている。しかも、銭だけではなく、人と知恵を求めている」

「では、どういたしますか」

「伊勢へ行く」

若い僧たちは、一斉に顔を上げた。

「伊勢へ、でございますか」

「そうだ。こちらが仕掛けた種である。ならば、代表の一人として、私も行く」

「ですが、伊賀を越えることになります」

「分かっておる」

「道中は危険です」

「それも分かっておる。だが、行かねばならん」

年配の僧は周囲を見渡した。

「足に自信のある者、道中に耐えられる者はおらぬか。伊賀を越え、伊勢へ行く者は手を挙げよ」

沈黙。

誰も手を挙げない。

若い僧たちは、皆、畳の目を見つめていた。

年配の僧は、深く息を吐いた。

「情けない」

「しかし……」

「しかしではない。これは人義の問題だ。この話は、すでに伊勢松坂屋の中で広まっていると

考えた方がよい。大和八木から東、伊賀、名張、松阪、伊勢、鳥羽、九鬼水軍、北伊勢。

どこまで広がるか分からぬ」

「そこまでの規模なのですか」

「我らが分かっていないだけだ」

その言葉に、部屋がまた静かになった。

「本店が松阪にある。伊勢の国で名が知られている。その程度は知っていた。だが、

百五十万文をぽんと出すとは思っていなかった。いや、出すと言えるだけの財力と、

銭を通すだけの道を持っているとは思っていなかった」

若い僧の一人が、小さく言った。

「向こうも、ひょっとすると冗談では」

「そうであれば、まだよい」

年配の僧は文を見た。

「だが、文面は冗談ではない。支払いの段取りまである。大和八木の利益、伊賀道中の寄進、

分散送金。ここまで書いてきて、冗談でしたという飯屋ではあるまい」

「では、まずは様子を見るしか」

「そうだ。銭の段取りが本当にできているなら、何らかの動きがあるはずだ。大和八木の方を見よ。

そこから銭が動くかどうかで分かる」

その日は、そこで話が一度収まった。

僧たちは皆、落ち着かない顔をしていた。

五十万文と書いた時は、こちらが相手を試しているつもりだった。

しかし今は逆だ。

百五十万文を出すという返事によって、自分たちの器が試されている。

数日後。

大和八木の方から急ぎの使いが来た。

使いは息を切らし、寺の者へ告げた。

「伊勢松坂屋より、大和八木の今月分の利益三十万文ほどが、寄進の第一便として送られて

まいりました」

その場にいた僧侶たちは、全員、言葉を失った。

「……本当に来たのか」

「はい。帳面も添えられております。残りについても、段取り通り順次送るとのことです」

若い僧の一人が、顔を青くした。

「冗談では、なかった」

年配の僧は、目を閉じた。

「当然だ。向こうは、最初から本気だったのだ」

「どういたしますか」

しばらく沈黙したあと、年配の僧は静かに言った。

「支度をせよ」

「伊勢へ、ですか」

「そうだ。銭を受け取る以上、こちらも動かねばならぬ」

若い僧たちは、もう誰も笑わなかった。

五十万文のからかいは、百五十万文の重みとなって返ってきた。

奈良の寺社は、初めて思い知った。

伊勢松坂屋は、ただ勢いのある飯屋ではない。

銭を出し、道を作り、人を動かし、噂まで味方にする相手である。

年配の僧は、届けられた銭の帳面を見ながら呟いた。

「これは、我らの方こそ、学びに行かねばならぬかもしれんな」

その声には、怒りではなく、重い覚悟がにじんでいた。