軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

奈良と伊勢松坂屋の一連のやり取り噂流そうぜwww銭を受け取るということがどういうことか。一方で色々な場所の顔つなぎになる一面も

「……これ、噂を広めようぜ」

博之が畳の上でごろごろしながら言った。

ヨイチは、奈良へ送る文案を確認していた手を止めた。

「また悪い顔をされていますね」

「悪い顔ちゃう。戦略的な顔や」

「だいたい同じです」

お花も文を覗き込みながら、少し呆れたように笑った。

「五十万文を求めてきた相手に、百五十万文を積むだけでも十分おかしいのに、

さらに噂を広めるのですか」

「広める。伊勢の国のうちの店の者たちにも、ちゃんと話を流す。松阪、伊勢、鳥羽、津、

北伊勢、伊賀、名張、信楽、大和八木。全部や」

「何と広めるのです」

「奈良の寺社から、五十万文寄進すれば拠点を認めてもよいという文が来た。そこで伊勢松坂屋は、

百五十万文を用意した。ただし、その代わりに奈良の僧や観主を松阪・伊勢へ送ってもらい、

寺社同士の交流と情報交換をしてもらう、とな」

ヨイチは筆を置いた。

「旦那様、それはだいぶ意地が悪いです」

「やろ」

「褒めていません」

「でも、筋は通ってるやろ」

博之は起き上がった。

「向こうが銭で試してきたんや。じゃあこっちは、銭を出す。その代わり、銭だけでは済まさへん。

人を送ってもらう。話をしてもらう。こっちの寺社、和尚さん、上司周り、うちの横丁、

買い付け隊、全部見てもらう」

お花が少し考え込んだ。

「確かに、ただの嫌味ではありませんね」

「そう。まずは郊外のお和尚さんのところに行ってもらう。あの和尚さんに、寄進とは何か、

銭を受け取るとは何か、飯場を受け入れるとは何か、じっくり話してもらう」

「和尚さん、巻き込まれますね」

「絶対楽しんでくれるやろ。たぶん、にこにこしながら痛いところを突いてくれる」

ヨイチが苦笑した。

「その後はどうされますか」

「お伊勢さんにも行ってもらう」

「内宮ですか」

「そう。うちがお好み焼きの縁会を半月に一回やる流れになってるところも見てもらう。女衆が青苔を

さらさら振って、“よきご縁に、伊勢の潮風を”ってやるところも見せる」

「旦那様は言わないでくださいね」

「分かってるって」

「目が言いたそうです」

「我慢する」

博之は、にやにやしながら続けた。

「それで、伊勢の小物も見てもらう。今は定期便で大和八木まで流してるやろ。奈良に拠点が

できたら、そっちにも流せる。伊勢の小物、松阪木綿、鳥羽の干物、青苔、信楽焼、肉あんの道具、

ふくふく焼きの話。全部見せる」

「奈良側にとっても実利がありますね」

「ある。奈良は奈良で、奈良の特産品を伊賀や大和八木を通して伊勢へ流せる。薬種、紙、筆、

墨、仏具、香、経本、木工、鹿皮、寺社の札。何があるか知らんけど、絶対何かある」

ヨイチが頷いた。

「こちらとしても、都や堺の情報が欲しい。今は伊賀で情報がぶつ切りになるところがあります」

「そう。伊賀は大事や。けど、伊賀で止まる。大和八木から奈良へ入れたら、都や堺の匂いが近づく。

砂糖、薬種、香、紙、茶、鉄型。うちが欲しいものばっかりや」

「つまり百五十万文は、奈良に店を出すためだけではなく、情報の道を買う金でもあるわけですね」

「それや」

お花は少し笑った。

「でも、旦那様の本音は、向こうを怖がらせたいのでしょう」

「それもある」

「正直ですね」

「だって面白いやん。奈良の寺社が五十万文吹っかけたら、伊勢松坂屋が百五十万文積んできた。

しかも、“では僧をこちらへ送って、勉強と交流をお願いします”って言うてくる。向こう、

青ざめるやろ」

ヨイチがため息をついた。

「銭を食わせたら、今度はその銭の重さで動けなくするわけですか」

「そうそう。銭を受け取るということは、縁を受け取るということや。こっちは別に喧嘩する気はない。

でも舐めた態度をしたら、これだけのことが起こる。そう分かってもらう」

お花は、少し真面目な顔になった。

「奈良の寺社も、困っているから金を求めたのでしょうね」

「そう思う。寺社仏閣が多いと言っても、みんな余裕があるわけちゃうやろ。

僧兵や寺領の揉め事もあるやろうし、食わせる人間も多いはずや」

「そこへ、伊勢松坂屋が飯場を作り、仕事を作り、買い付けを作る」

「そう。こっちに来て、たらふく飯を食って、うちの横丁を見て、買い付け隊を見て、帳簿を見て、

女衆が働いてるのを見て、子どもが飯を食ってるのを見たら、多分分かると思うねん」

「何をですか」

「うちは、金だけの飯屋じゃないってこと」

座敷が少し静かになった。

博之は、照れ隠しのように鼻をかいた。

「いや、金もあるけどな」

「ありますね」

「めちゃくちゃありますね」

「そこは否定できません」

三人とも少し笑った。

博之はまた悪い顔に戻った。

「あとは、城主周りにも回らせる」

「松阪の殿様や伊勢の城主ですか」

「そう。奈良の坊さんが来たら、松阪の殿様にも挨拶に行かせる。伊勢の城主にも行かせる。

九鬼様にも、軽く見せてもええかもしれん」

「かなりの見せ物ですね」

「見せ物や。ただし、向こうにも得がある。各地の城主と顔がつながる。伊勢の国で奈良の寺社の

名が通る。だから完全な嫌がらせではない」

「完全ではない、というだけですね」

「うん」

お花が笑いをこらえきれず、口元を押さえた。

「旦那様、本当に遊びが過ぎます」

「でも楽しいやろ、この話」

「……悔しいですが、楽しいです」

ヨイチも筆を持ったまま肩を震わせた。

「笑わずにいられるかと言われれば、無理ですね。五十万文を求めたら、百五十万文が返ってきて、

しかも“ありがたいお話をぜひ伊勢で”と言われるのですから」

「やろ」

「ただ、遊び方が高額すぎます」

「それはそう」

「百五十万文の遊びです」

「高いなあ」

「旦那様が言い出したのです」

「そうやった」

お花は、少し柔らかく言った。

「でも、私たちからしても痛快です」

「お花さんも?」

「はい。私たちは、もともと根なし草同然のところから始まりました。飯があるだけでありがたかった。寝るところがあるだけでありがたかった。そこから、奈良の寺社に百五十万文を出して、

しかもこちらへ来てもらう話をしている」

「確かに」

「足元を見てきた相手に、こちらが頭を下げるのではなく、銭も飯も情報も持って、

“では交流しましょう”と返す。痛快です」

ヨイチも頷いた。

「しかも、ただ威張るのではなく、実際に奈良へ道を作る。大和の情報を取る。都や堺へ近づく。

こちらの商いにもつながる。嫌味と実利が両方あります」

「最高やん」

「性格は悪いですが」

「そこは言わんでええ」

博之は、また畳に寝転がった。

「ほな、文にはこう書いてくれ。百五十万文は用意します。ただし、これは場所代ではありません。

大和と伊勢の寺社が交流し、旅人や働く者に飯と寝床を用意し、互いの情報と知恵を通わせるための

寄進です、と」

「はい」

「そして、定期的に僧や観主を松阪・伊勢へ派遣してください。伊勢の寺社、松阪の寺社、

伊勢松坂屋の横丁、買い付け隊、湯浴みどころ、内宮の縁会を見ていただきます、と」

「かなり圧がありますね」

「圧は必要や」

「さらに、噂を流すのですね」

「流す。うちの各店にも話をする。奈良の寺社から五十万文の要求に百五十万文で返したらしい、

坊さんが伊勢に勉強に来るらしい、とな」

「店の者たち、絶対に笑いますよ」

「笑わせるんや」

お花が微笑んだ。

「そうやって笑い話にすることで、伊勢松坂屋の格も上がりますね」

「そう。金持ってるぞ、だけやと嫌味や。でも“あの旦那、また変なことしてる”なら、

少し柔らかくなる」

「柔らかいでしょうか」

「たぶん」

ヨイチが筆を走らせながら言った。

「では、“大和寺社交流寄進”として帳簿に立てます」

「名前が固いな」

「百五十万文なので固くします」

「まあええわ」

博之は、にやにやしながら天井を見た。

「奈良の坊さん、どんな顔して来るかな」

「青ざめているかもしれません」

「そこで、たらふく飯を食わせる」

「そして和尚さんの説法」

「さらにお伊勢さんの縁会」

「城主周り」

「最後に帳簿」

「帳簿まで見せるのですか」

「ちらっとな。全部は見せへんけど、“これだけ動いてます”って分からせる」

ヨイチは笑いながら首を振った。

「旦那様、もはや飯屋の外交です」

「飯屋やからこそできるんや」

座敷には、呆れと笑いが混じった空気が広がった。

五十万文を求められた。

百五十万文で返す。

ただし、銭だけでは終わらせない。

奈良の寺社を、伊勢へ呼ぶ。

飯を食わせる。

寺と寺をつなぐ。

商いを見せる。

そして噂にする。

博之は、満足そうに目を細めた。

「根なし草がここまで来たら、ちょっとくらい遊んでもええやろ」

ヨイチが即座に返した。

「遊びすぎです」

お花が笑いながら言った。

「でも、今回は少しだけ、私も楽しみです」

博之は嬉しそうに笑った。

「やろ」

こうして、大和への百五十万文は、ただの寄進ではなくなった。

それは、奈良を驚かせ、伊勢を笑わせ、大和と伊勢の道を開くための、高すぎる遊びになった。