作品タイトル不明
楽しい楽しい帳簿の時間wwwの前に毎度計上している謎費用を今回は伊賀の道中に撒いて150万文通す道を作ろう。奈良のお坊さん、銭が欲しいならたらふく食えとwww
「旦那様。楽しい楽しい帳簿の時間でございます」
ヨイチが帳面を抱えて入ってきた。
いつもなら、ここで博之は畳に転がり、耳をふさぎ、なんとか話をそらそうとする。
だが、この日は違った。
「うん。今回はやるよ」
ヨイチは、思わず筆を止めた。
「旦那様、えらく素直ですね」
お花も少し驚いた顔をする。
「何か悪いものでも食べましたか」
「食べてへんわ」
博之は起き上がり、少し悪い顔をした。
「ただ、その前にこの話だけさせてくれ」
「やはり何かありますね」
「ある」
博之は、帳面の端を指で叩いた。
「毎期毎期、謎に十万文とか二十万文とか引いてるやんか。伊勢と松阪が稼ぎすぎてて、怖いからって」
「はい。謎費、寄進費、調整費、道中費、旦那様思いつき対策費などに回しております」
「最後の項目、まだあるんか」
「あります」
「まあええ。あの金、全部伊賀の道に撒いてこい」
ヨイチの目が細くなった。
「伊賀の道に、ですか」
「そう。今回、奈良に百五十万文を用意するやろ」
「はい。大和八木の利益から六十万文。残り九十万文を、分散して大和八木まで通す予定です」
「その残り九十万文を通すために、伊賀の道でしこたま撒け」
お花が眉を上げた。
「撒く、というのは」
「炊き出し、寺社への寄進、地侍への護衛料、荷置き場の礼、揉め事の処理費、道中の飯。
そういう形で撒いてこい」
ヨイチは帳面をめくりながら確認した。
「つまり、現金九十万文を安全に大和八木まで送るために、道中で別口の銭を使って、伊賀・名張・大和八木の道をさらに固める、ということですね」
「そうや」
「旦那様、また規模がおかしいです」
「奈良に百五十万文積むんやから、今さらやろ」
「その開き直りが怖いです」
博之は、にやにやしながら言った。
「現物で返すことも考えたんや。伊勢小物、松阪木綿、信楽焼、青苔、干物、紙、墨、なんでもある。
でもな、向こうは銭が欲しいって言うかもしれへんやんか」
「まあ、五十万文という文言でしたから、銭を想定しているでしょうね」
「なら、銭を出す。しかも、五十万文やなくて百五十万文や。向こうが“銭を食わせろ”と言ったなら、
たらふく食わせてやる」
「旦那様、性格が悪いです」
お花が即座に言った。
「ほんまに悪いです」
ヨイチも続けた。
博之は笑った。
「いやいやいや。こっちはな、根なし草で、飯も食えへんようなところから始まったわけやんか。
寺社仏閣の人らは、少なくとも飯が食えないわけではないやろ」
「それは場所によりますが」
「もちろん困ってるところもあるやろ。でも、身も知らん飯屋に五十万文たかるような、
ばち当たりなことをしてきたんや。なら、それなりの高い説法をしてもらわなあかん」
「高い説法」
「百五十万文分のな」
お花は口元を押さえた。
「旦那様、悪い顔になっています」
「そらなるやろ。向こうがその熱に耐えられずに、“いや、そこまでされると困ります”
って頭を下げてくるかもしれへん。それもそれで面白い」
「本当にお遊びが過ぎます」
「でもな、こっちは一つの物語を買うわけや。そのためには、金を使わんとな」
ヨイチは深くため息をついた。
「物語を買うために百五十万文ですか」
「そうや。奈良の寺社が銭を求めた。伊勢松坂屋は百五十万文を出した。ただし、その代わりに
僧や観主を伊勢へ送らせ、和尚さんに説法させ、お伊勢さんの縁会を見せ、帳簿をちらっと見せ、
飯をたらふく食わせる。これ、めちゃくちゃ話になるやろ」
「なります」
「なら、やる価値ある」
「性格は悪いですが」
「そこはもうええねん」
博之は、さらに勢いづいた。
「で、この話を人通りに流す。松阪、伊勢、鳥羽、九鬼水軍、津、北伊勢、伊賀、名張、信楽、
大和八木。うちの者がぐるぐる回って、自然に話す」
「自然に、ですか」
「不自然なくらい自然にや」
「それは自然ではありません」
「ええねん。とにかく噂にする。奈良の寺社が五十万文求めたら、伊勢松坂屋は百五十万文で
返したらしい。ただし、坊さんを伊勢へ送ってもらうらしい。百五十万文分、ありがたい話を
してもらうらしい。こういう話や」
お花は、ついに笑った。
「それは、噂になりますね」
「やろ」
「かなり意地悪な噂ですが」
「でも、奈良は奈良で歴史がある。書物もある。学問もある。こっちより文化の深さは上かもしれん」
ヨイチが少し真面目な顔になった。
「それは確かに重要です。奈良の寺社には、古い書物、経典、記録、薬草や暦の知識もあるでしょう」
「そう。こっちは銭の力で道を開ける。向こうは知識と文化を持ってる。なら、それを交換すればええ」
「写経、書写、写本ですか」
「そうや。百五十万文の寄進の返礼として、有名な本や、役に立つ書物の写しを送ってもらう。
仏教の本だけやなくて、薬、暦、土地の記録、寺社の運営、料理のしきたり、そういうものが
あれば欲しい」
「それはかなり実利があります」
「やろ」
博之は指を折りながら続けた。
「奈良に拠点ができる。飯場ができる。横丁ができる。たぶん奈良くらいの規模なら、
四つか五つくらい横丁を作れる。寺社の門前、郊外、街道筋、旅人向け、働く人向け。
いろいろできるはずや」
「確かに、奈良は人が多いですし、寺社に出入りする者も多いでしょう」
「そこで銭を落とす。奈良の者を雇う。奈良の品を買う。奈良の書物や知識が伊勢に落ちる。
伊勢の小物や松阪木綿が奈良に流れる。これ、十分伊勢のためになるやろ」
お花が頷いた。
「嫌味から始まっていますが、最後はかなり大きな交流になりますね」
「そうなんよ」
「でも、最初の一、二か月は噂になってもらうのですね」
「当然や」
博之は、また悪い顔になった。
「最初は噂になって、慌ててもらう。奈良の寺社が青ざめる。伊勢の店の者たちが笑う。
和尚さんが“銭を受け取るとは何か”を説く。城主たちも面白がる。九鬼様も笑う。
これくらい騒ぎになった方が、向こうも軽く扱えなくなる」
「旦那様、性格が悪いです」
「今日何回目や」
「何回でも言います」
ヨイチが筆を取り直した。
「では、帳簿上はこうします。奈良大和寺社交流寄進、総額百五十万文。大和八木現地利益より
六十万文。伊賀・名張・大和八木経由の分散送金九十万文。道中追加費用は、既存の謎費、
調整費、寄進費を充当」
「ええな」
「伊賀道中には、炊き出し、寺社寄進、地侍護衛料、荷置き場整備、揉め事処理費を別途上積み」
「うん」
「ただし、帳簿には残します」
「そこは頼む」
「さらに、奈良側への条件として、僧・観主・学僧の定期派遣、伊勢・松阪寺社との交流、
書物の写し、奈良特産品の買い付け協力、拠点設置許可を明記します」
「完璧や」
お花が言った。
「この話、うちの者たちにも、ただの笑い話ではなく、きちんと意味を伝えた方がよろしいですね」
「そうやな。笑ってええけど、意味は伝える。これは銭で威張る話ではない。奈良への道を開ける話や。
伊勢と大和をつなぐ話や」
「そして、向こうに舐められない話でもあります」
「そこが一番大事かもしれん」
博之は茶を飲み、少し真面目な顔になった。
「俺ら、根なし草から始まったやんか。飯食うために始めた。それが今、奈良の寺社に百五十万文を
出して、逆に人と知識を送らせるところまで来た。これは痛快やろ」
「痛快です」
お花は素直に頷いた。
「かなり痛快です」
ヨイチも、少し笑った。
「私も、正直笑ってしまいます。高額すぎる遊びですが、根なし草同然からここまで来たと考えると、
確かに痛快です」
「やろ」
「ただし」
ヨイチは筆を突きつけた。
「帳簿はやります」
「そこに戻るんか」
「戻ります。百五十万文動かす話をしたあとに帳簿を逃げるなど、許されません」
博之は畳に倒れ込んだ。
「楽しい楽しい帳簿の時間、やっぱり楽しくない」
「旦那様が楽しくしてしまったのです」
「性格悪い遊びの代償か」
「はい」
お花が笑いながら、帳面を博之の前に置いた。
「では旦那様。奈良の坊さんを青ざめさせる前に、まず旦那様が帳簿で青ざめてください」
「ひどい」
「ご自身で始めた話です」
座敷に笑いが広がった。
百五十万文は、ただの寄進ではない。
伊賀の道を固め、大和八木を通し、奈良の寺社を動かし、伊勢へ知識と書物を呼び込むための
大きな一手だった。
そしてそれは同時に、根なし草だった博之たちが、奈良の古い寺社を相手に笑いながら仕掛ける、
あまりにも高額で、あまりにも痛快な遊びでもあった。