軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

九鬼水軍から遊びにおいでとの知らせ。近況報告に来いということかということで手土産持参で話に行く。四日市から声かかってるで

九鬼水軍の方から、軽い文が届いた。

「近ごろどうですか。一度、遊びにおいでください」

遊びにおいで、とは書いてあるが、要するに近況を聞かせろということだろう。博之は、信楽焼の

小皿をいくつかと、形になり始めた一口肉あんを持って、九鬼のところへ顔を出すことにした。

九鬼の顔役は、博之を見るなり笑った。

「旦那、聞いたで。また長野さんともめたらしいやん」

「またって言わんといてください」

「いや、あっちこっちで話になっとるぞ。長野の若い衆が伊賀を越えて信楽まで行って、

ぼろぼろになって帰ってきたって」

「今回は、骨身に染みてくれたんちゃうかなと思ってますわ」

「若い衆は、旦那のところへ逃げてこんかったんやろ」

「はい。長野の殿様も、馬鹿は馬鹿なりに反省されたみたいです」

「言い方よ」

九鬼の者たちは、どっと笑った。

「まあ、ええことや。命張って見てきた若いもんを切らんかっただけ、まだ話は通じる」

「そこは大きいです。あれで怒り狂ってたら、本当にうちで拾うつもりでした」

「三倍の給金でな」

「そこまで話が行ってますか」

「行くわ。旦那の話は面白いからな」

博之は苦笑しながら、持ってきた品を広げた。

「これ、信楽焼です。あと、こっちは肉あんです」

「これが噂の肉あんか」

九鬼の顔役は、一口肉あんを箸でつまみ、味噌だれを少しつけて口に入れた。

「……うまいな」

「ありがとうございます」

「薄い皮で包んで焼いてあるんか。中は肉と野菜か」

「はい。土地ごとに中身を変えられます。松阪は鶏と野菜。名張なら大葉や味噌。

伊賀なら山菜。鳥羽なら魚でもいけると思います」

「旦那、やっぱり飯を考えるのがうまいな」

「帳簿から逃げてると降ってくるんです」

「逃げるな」

「みんなに言われます」

ひとしきり笑ったあと、九鬼の顔役が少し真面目な顔になった。

「それでや。今、うちが旦那のところから信楽焼を買うて、北伊勢の方へ流しとるやろ」

「はい。助かっております」

「四日市の方から声が来とる」

「四日市ですか」

「ああ。取引したいらしい。なんなら港の方の整備も、こっちである程度話を通すから、

伊勢松坂屋に出てきてほしい、という感じやな」

博之は、少しだけ考えた。

「行きます」

「早いな」

「うちは稼ぎすぎてるんです。銭を抱えたら怖い。いろんなところに撒かなあかん」

「撒くために四日市へ行くんか」

「撒いて、新しい飯の種ができて、そこで仕事が生まれたら、みんな喜ぶでしょう」

九鬼の顔役は、感心したように笑った。

「旦那、銭の使い方が変やな」

「自分でもそう思います」

「四日市まで行ったら、その先も見るんやろ」

「どこまで行けるかですね。正直、瀬戸物が欲しいです」

「瀬戸はまだ先やぞ」

「はい。だいぶ先です。ただ、尾張あたりと取引できる筋があれば、

買い付けは見えてくると思います。瀬戸物は上客向け、殿様向けに使えます」

「信楽焼だけではあかんのか」

「信楽焼は、飯をうまそうに見せるのにちょうどいいんです。素朴で、温かみがある。

けど、瀬戸物はもっと上品です。贈答や上席に使える」

「なるほどな」

九鬼の者が、信楽焼の皿を見ながら言った。

「常滑焼の話もあるぞ。あれはどうなんや」

「欲しいです」

「常滑か。知多の方やな。壺や甕が多いやつやろ」

「それです。常滑焼は、皿というより甕や壺の方がうちには刺さります」

「飯屋に甕か」

「めちゃくちゃ要ります。味噌、醤油、油、水、漬物、魚の塩漬け、酢、干物の保存。

常滑の甕が安定して入るなら、飯屋としては相当強いです」

「瀬戸物は上客、信楽は飯の器、常滑は保存か」

「そうです。使い分けです」

博之は、信楽焼の小皿を一枚手に取った。

「みんなが普段使いで、信楽焼ばかり使うわけにはいかんでしょう。割れたらもったいない。

瀬戸物はもっと高い。だから常滑の甕や壺、普段使いの器が入ると、裏方がめちゃくちゃ助かる」

「なるほど。表の華やかさじゃなくて、裏の強さやな」

「はい。表で飯を売るには、裏で味噌や油や漬物をちゃんと持たないといけません。

器だけ上等でも、仕込みが弱かったら店は回りません」

九鬼の顔役は目を細めた。

「旦那、どこまで考えてるんや」

「金の使い方に困ってるだけです」

「それでそこまで考えるんか」

「だって、飯を出す時に器が違うだけで、相手の顔が変わるんですよ。信楽焼はうまそうに見える。

瀬戸物は上等に見える。常滑の甕があれば、仕込みが安定する。全部、飯につながります」

「ほんま、飯屋の発想ちゃうな」

「飯屋です」

「いや、飯屋やけどな」

九鬼の者たちはまた笑った。

博之は、一口肉あんをもうひと皿出した。

「これも、四日市でやれると思います。港なら魚あん。生姜、大葉、味噌だれ。

あと、青苔を少し振ってもいい」

「また潮風か」

「はい。よきご縁に、伊勢の潮風を」

「それ、旦那が言うたらあかんやつやろ」

「九鬼様まで」

「噂になっとるぞ。旦那が言うと縁が逃げるって」

「ひどい」

「でも、女衆が言うたら当たるやろうな」

「そうなんです」

九鬼の顔役は、肉あんを食べながら言った。

「四日市は、うちも話を通してみる。港の筋は任せろ。ただし、旦那も無理に突っ込むなよ」

「分かってます。地元と仲良くやれるなら行きます。揉めるなら待ちます」

「それでええ。四日市が動くなら、北伊勢の流れは一気に変わるぞ」

「それが怖いんです」

「津がまた焦るかもしれんな」

「それは言わないでください」

「言わん。けど、みんな思うやろ」

博之はため息をついた。

「うちは別に戦う気はないんです。ただ、飯を出して、器を買って、道を作ってるだけで」

「それが一番広がるんやろ」

「そうかもしれません」

海から風が吹いた。

潮の匂いの中で、信楽焼の皿と肉あんが並ぶ。

九鬼水軍が海を押さえ、伊勢松坂屋が飯と器を流す。

その先には、四日市、瀬戸、常滑、さらに別の道が見えている。

九鬼の顔役は、楽しそうに言った。

「旦那。信楽焼、もっと回すぞ」

「はい」

「常滑焼の筋も見えたら知らせる」

「ぜひお願いします」

「瀬戸物まで行けたら、うちにも見せろ」

「もちろんです」

「で、次の飯は何や」

「それを聞かれるのが一番怖いんです」

「もう何かある顔やな」

「まだ言いません」

「あるんやな」

博之は笑ってごまかした。

また一つ、銭を撒く先が増えた。

そして、器と飯の道が、四日市の先へ、瀬戸と常滑の方へ伸び始めていた。