軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

長野家との若武者の体験談と情報共有。土地は持っていないが銭と人と道を持っているという博之。

長野の若武者たちは、湯を浴び、飯を食い、ようやくひと心地がついた。

それから座敷で、伊賀を越え、信楽に入り、どのように扱われたかを一通り話した。

宿には断られたこと。寺で五百文を払ったこと。信楽では奥の品を見せてもらえなかったこと。

伊勢松坂屋の買い付け隊だけが別扱いだったこと。買えた品は、正直、伊勢松坂屋の棚に

並ぶものより見劣りしたこと。

調整役は、深く頭を下げた。

「申し訳ございませんでした。少なくとも、この者たちには、ようやく分かったようでございます」

若武者たちも、黙って頭を下げている。

だが、調整役は少し迷ったあと、さらに口を開いた。

「ただ、一つお伺いしたいことがございます」

「何ですか」

博之は茶を飲みながら聞いた。

「九鬼水軍様が、北伊勢の方で信楽焼を売っておられると聞きました。あれは、

長野家としては面白くない話ではございます」

その瞬間、博之は顔をしかめた。

「まだ何も分かってないな」

調整役は、はっとした。

博之は、信楽焼の小皿を指で軽く叩いた。

「そもそも、九鬼水軍様と長野様では、うちにとっての優先度が違います」

「優先度、ですか」

「はい。九鬼水軍様は、松阪の港、伊勢への便、鳥羽の海、内宮へつながる流れに関わります。

うちが内宮で店を出し、伊勢で商いを続けるなら、絶対に長く付き合わないといけない相手です」

博之は続けた。

「加えて、九鬼様にとっても、うちは利があります。下魚だったすり身を高値で売る。

捨てられがちだった鮪を鍋や飯にして値をつける。これがものすごく受けてる。

向こうから見ても、“伊勢松坂屋と組めば、今まで値がつかなかったものが銭になる”わけです」

「なるほど……」

「だから九鬼様は、うちと取引したい。うちは九鬼様と取引したい。お互いに利がある。

ついでに婚活イベントでも一緒にしますか、くらいの笑い話もできる」

若武者の一人が小さく聞いた。

「北伊勢での信楽焼は、かなり高く売っているのでしょうか」

「たぶんやけどな」

博之は少し笑った。

「うちが二十文、三十文で仕入れたような小皿でも、こっちで百文くらいで売れるものがある。

九鬼様がそれを北伊勢で売れば、三百文くらいになるかもしれん。さらに北伊勢の商人が

上へ流せば、五百文で売るかもしれん」

「それは……ぼったくりではございませんか」

若武者の一人が思わず言った。

博之は、すぐに返した。

「ぼったくりやと思うなら、作って売ってみたらええ」

座敷が静まる。

「値段は、物そのものだけにつくんやない。どこで作られたか。誰が作ったか。誰が運んだか。

どの道を通ったか。誰の顔で売れるか。どんな話がついているか。そこに値がつく」

博之は、さらに言った。

「そんなことを言い出したら、信楽の土も、そこらの土も、同じ土やんか。土と土を交換すれば

ええだけになる。でも、そうじゃない。信楽焼には、焼く者の手があり、窯があり、道があり、

使い方があり、うちの店で飯を盛るという物語がある。だから値がつく」

若武者たちは、信楽で職人に言われた言葉を思い出しているようだった。

「長野様や、そちらの方々には、そこがまだ薄い。土地を持っていることと、商いの道を持っている

ことは違うんです」

調整役が静かに聞いた。

「伊勢松坂屋様は、土地をお持ちではありませんが……」

「うちは銭を持ってます」

博之は、ヨイチの方を見た。

「ヨイチ、今、半月の利益なんぼやったっけ。三百万から上は数えるの忘れてしまったわ」

「旦那様、それはひどすぎます」

ヨイチはため息をついた。

「直近で見れば、半月で三百五十万文ほど。月で七百万文ほどの利益が乗ってくる計算です」

長野の者たちの顔色が変わった。

「月、七百万文……」

「年で考えれば、ざっくり一億文近い利益になります」

「一億文……」

「貫文で言えば、十万貫文です」

博之が首をひねった。

「一万貫文ちゃうんか?」

「一億文なら十万貫文です。旦那様、そこは間違えないでください」

「もう桁が大きすぎて分からん」

「そして、実際に動いている銭は利益の三倍、四倍以上あります。買い付け、給金、寄進、道中費、

仕入れ、拠点維持。表に出る利益より、動いている銭の方がずっと多い」

調整役は、言葉を失っていた。

博之は、少し柔らかく言った。

「長野様は土地を持っておられる。そこは強い。うちは土地を持ってへん。でも、

銭と人と道があります」

若武者の一人が、かすれた声で言った。

「それほどの銭があるなら、なぜもっと強く出ないのですか」

「俺が根なし草やったからです」

博之は、あっさり答えた。

「最初は飯が食えたらええな、寝るところがあったらええな、くらいの気持ちでした。食えない人、

行き場のない人、侍崩れ、子ども、女衆。そういう人らに飯を出して、働き口を作って、

気づいたら大きくなった」

博之は少し苦笑した。

「全部計算づくでやってるわけやない。むしろ、だいたい飯の思いつきです。けど、飯を出して、

銭を撒いて、道を作って、顔をつないできた積み重ねが、今の伊勢松坂屋になってます」

調整役は、深く頭を下げた。

「そこを、我々はあまりにも軽く見ておりました」

「もう一回、ちゃんと認識してほしいんです」

博之は、静かに言った。

「うちはただの飯屋です。でも、ただの飯屋やから、どこにでも呼べば来ると思われたら困る。

信楽焼が欲しいなら、道を理解してください。買い付けを増やしてほしいなら、利を出してください。

九鬼様が優先されるのは、九鬼様が利を出してくれるからです」

若武者たちは、もう誰も反論しなかった。

「長野様にも、そう伝えてください。伊勢松坂屋は敵にしたい相手ではありません。

でも、ただ命令して動く相手でもありません」

調整役は、苦い顔で頷いた。

「承知しました」

博之は、最後に少しだけ笑った。

「まあ、飯くらいは出します。うちは飯屋なんで」

若武者たちは、深く頭を下げた。

信楽の道で知った重さ。

銭の桁で知った大きさ。

そして、飯屋という言葉の裏にある力。

長野の者たちは、ようやくその一端を理解し始めていた