軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

津から長野家の家臣が謝りにきた。信楽焼が欲しい?伊賀越えの意味が全然分かっていない。自身で買いに行きなはれ

伊勢の城主との話を終え、博之は松阪へ戻ってきた。

内宮で半月に一度、お好み焼きの縁会。

青苔を振って、「よきご縁に、伊勢の潮風を」。

買い付けも、伊勢十万文、松阪十万文へ増やす。

話としては大きい。大きすぎる。

博之は、戻るなり座敷でごろりと横になった。

「疲れた。伊勢、話うますぎるねん」

お花が笑う。

「旦那様、ずっとにやにやしておられましたよ」

「してへん」

「してました」

「してへん」

「お花さんの方が正しいです」

ヨイチが横から刺した。

そんなところへ、津の方から使者が来た。

以前、伊勢へ連れて行かれ、内宮の横丁を見て、少し考えを改めた若武者たちも混じっている。

彼らは、以前よりずいぶん落ち着いた顔をしていた。

代表の調整役が頭を下げた。

「先日の文の件、失礼があったと殿よりも話がありまして……本日は、そのお詫びと、

改めてご相談に参りました」

博之は、ゆっくり起き上がった。

「謝りに来た、という意味は分かってますか」

座敷の空気が少し締まった。

「はい。こちらの願いばかりを並べ、伊勢松坂屋様にとっての利や段取りを示さぬまま

文を出したこと、軽率でございました」

「そこまで分かってるなら、話はできます」

博之は、信楽焼の小皿を一枚、前に置いた。

「信楽焼が欲しい。それは分かりました。うちでも人気です。従業員が、ばかばか買っていきます」

「はい」

「うちはこれを、だいたい三倍の値段で売っています」

使者たちは少し顔を動かした。

「三倍でも売れるのですか」

「売れます。けど、正直言うと、三倍で済んでる方が安いものもあります。

伊賀を越える意味が、あなた方にはまだ分かってない」

若武者の一人が、少し身を乗り出した。

「伊賀を越える意味、ですか」

「そうです。信楽焼そのものの値段だけを見たら、安く見えるかもしれない。

でも、あれを伊賀を越えて、割らずに、盗られずに、揉めずに、松阪や伊勢まで持ってくる。

これがどれだけ大変か」

博之は、調整役たちを見た。

「たぶん、長野様のお殿様も、あなた方も、伊賀を自分たちで越えたことがない。だから、

軽く見えるんです」

調整役は、少し黙った。

ヨイチが帳面を開いた。

「補足します。伊賀、名張、信楽の各拠点には、半月ごとに五万文ほどを投げています」

使者たちが、ぎょっとした顔をした。

「五万文?」

「はい。月で言えば十万文です」

「それは、何に……」

「寄進、街道の整備、人足への礼、寺社との顔つなぎ、用心棒代、揉め事があった時の処理費、

荷置き場の維持、湯や飯の準備。いろいろです」

博之が続けた。

「うちは、ただ皿を買ってるんじゃない。道に金を撒いて、安全に物を運んでるんです」

若武者たちは、黙って聞いていた。

「今ここに来ているあなた方も、うちの名や、うちの者がついているから安全なんです。

伊賀や信楽で、伊勢松坂屋の袴や印があるかないかで、扱いは変わります」

「そんなに違いますか」

「違います。だから、一度見に行ってください」

調整役が顔を上げた。

「見に、ですか」

「はい。伊賀を越えて、信楽まで行って、自分で信楽焼を買ってみてください」

座敷がざわついた。

「ただし、うちの袴は使わずに」

その一言で、若武者たちの顔が引き締まった。

「もちろん、道中で殺されても困るので、うちの買い付け隊の後ろについて行けばいいです。

最低限の安全は見ます。ただ、伊賀や信楽で、伊勢松坂屋の者としてではなく、長野の者として

どう扱われるかを見てください」

博之は、布袋を一つ置いた。

「一万文、出します」

「一万文も?」

「それで、実際にどれくらい信楽焼が買えるか見てください。うちは大量に買って、

何度も通って、顔をつないでいるから、良いものをそれなりに買えます。

でも、初めて来た長野の者が、一万文持って行って同じように買えるとは限らない」

ヨイチが頷く。

「買える量、値段、品の質、相手の応対、荷の扱い、道中の休み場。全部見ていただくのが早いかと」

「拠点がないということは、休む場所もないということです」

博之は続けた。

「うちは伊賀にも名張にも信楽にも、飯を出し、湯を出し、寺社に顔をつなぎ、

荷置き場を作っています。だから休める。あなた方がうちの袴なしで行けば、

寺でも茶屋でも、扱いが全然違うかもしれません」

調整役は、苦い顔で頷いた。

「おそらく、言われただけでは分からない、ということですね」

「はい。だから、体験してもらうしかない」

「全員で行くべきでしょうか」

「全員はやめてください。命がいくらあっても足りません。有志でいいです。数人でいい」

その時、以前伊勢へ連れて行かれた若武者の一人が、すっと手を上げた。

「私が行きます」

続いて、もう一人。

「私も」

さらに一人。

「伊勢で見た時、私どもは飯屋を軽く見ていたと分かりました。今度は、

信楽焼を軽く見ているのかもしれません。行かせてください」

博之は、少しだけ表情を和らげた。

「怖い道ですよ」

「承知しております」

「伊勢の時みたいに、途中で飯を食って驚くだけでは済みません」

「はい」

「買い付け隊の後ろについて行きなさい。うちの者に迷惑をかけないこと。

勝手に名乗らないこと。値切って揉めないこと。分からないことは聞くこと」

「承知しました」

調整役は、若武者たちを見て、深くため息をついた。

「……行かせるしかないようですな」

「見れば分かることがあります」

博之は、信楽焼の小皿を指で軽く叩いた。

「この皿は、ただの皿じゃない。道と、顔と、銭と、危険を越えて来た皿です。

それを分かってから、もう一度、信楽焼が欲しいと言ってください」

座敷は静かだった。

若武者たちは、以前よりもずっと真剣な顔で頭を下げた。

「連れて行ってください」

博之は頷いた。

「では、次の買い付け隊に同行してもらいます。一万文は預けます。ただし、うちの袴なしです」

ヨイチが小さく付け加えた。

「帰ってきたら、見たことを全部、文にしていただきます」

「文に?」

「はい。長野様のためにも、あなた方自身のためにも」

若武者たちは顔を見合わせ、そして頷いた。

こうして、長野の若武者たちは、伊勢の次に、伊賀と信楽を見ることになった。

飯屋の裏にある、道の重さを知るために。