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作品タイトル不明

伊勢松坂屋の返答に津の城主は激怒。調整役や伊勢を見せられた武士たちは真剣に困惑www

津の城では、調整役が青い顔で文を読んでいた。

いや、文というより、返ってきた返事を前にして固まっていた。

伊勢松坂屋からの返答は、言葉こそ丁寧だった。

津の港や郊外での協力には深く感謝している。

鮪やすり身の件も、今後も大切に進めたい。

ただ、現在は各地から声がかかっており、人手、荷、道、買い付けの都合に限りがある。

信楽焼、新商品、買い付け拡大については、現地側でも売り場、人手、交換できる品、

受け入れの段取りを整えたうえで、順に相談したい。

柔らかい。

柔らかいが、要するに。

「……袖にされておりますな」

調整役がぽつりと言った。

その言葉を聞いた殿様は、顔をしかめた。

「なんやと」

「いえ、文面は丁寧です。非常に丁寧です。ですが、端的に申しますと、“今のままでは後回し”

という意味かと」

「わしが礼も兼ねて文を出してやったんやぞ」

「殿様、そもそも文を出されていたのですか」

「出した。鮪もすり身もありがたかったからな。それに、信楽焼をもっと流してほしい、うちの品ももっと買ってほしい、新しく出した肉あんも見せてほしいと書かせた」

調整役は、思わず額を押さえた。

「それは……一言、私どもにもご相談いただきたかったです」

「なんでお前らに声をかけなあかんねん」

「今の伊勢松坂屋は、以前のように一万文の定期便で喜んでいた相手ではございません」

「飯屋やろ」

「飯屋ではあります。しかし、ただの飯屋ではございません」

調整役は、文を丁寧に畳みながら言った。

「今は、松阪、伊勢、津、鳥羽、伊賀、名張、信楽、さらに北伊勢方面へも手を伸ばしております。

買い付けの量も、聞くところでは数十万文単位で動いております」

「ふん」

「うちにとっても、すでに大事な得意先です。港の飯会、すり身、鮪、定期便。あちらが動くことで、

津にも銭が落ちております」

「なら、もっと買えばええやろ」

「だからこそ、こちらが一方的に“もっと買え、もっと流せ、もっと見せろ”では動かないのです」

殿様は不満そうに腕を組んだ。

「その気になれば、うちの港筋から向こうへの流通を止めることもできるぞ」

調整役は、すぐに首を振った。

「それは絶対にいけません」

「なぜや」

「評判が悪くなります。津は、伊勢松坂屋の飯を受け入れ、共に港を立ち上げた土地です。

それが、少し返事が気に入らないからと流通を止めたとなれば、北伊勢や伊勢、松阪、

九鬼様の方にも悪く伝わります」

「九鬼まで出すな」

「出ます。伊勢松坂屋は九鬼水軍ともつながりがあります。信楽焼も六角に筋を通したと

聞いております。こちらが雑に扱えば、話は広がります」

殿様は黙った。

近くに控えていた、以前伊勢へ連れて行かれた若い武士たちも、気まずそうに顔を見合わせた。

彼らは知っていた。

伊勢の内宮近くで、すり身や練り物が人を集める様子。

松阪や伊勢の横丁で、女衆や子どもまでが当たり前に働く様子。

信楽焼の器が、ただの飯を上等に見せる様子。

そして、伊勢松坂屋の名が、思っていた以上に広く通っていることを。

若い武士の一人が、遠慮がちに口を開いた。

「殿様。調整役殿のおっしゃる通りかと」

「お前まで言うか」

「はい。以前の私なら、飯屋を呼べば済むと思っておりました。ですが、今は違います。

あちらは、こちらが何か欲しいと言えばすぐ持ってくる相手ではありません。こちらも、

あちらにとって利のあるものを出さねば、後回しにされます」

「利ならあるやろ。わしと会える」

調整役が小さく息を吐いた。

「殿様、それでは乗りません」

「なんやと」

「松阪や伊勢の城主からも、北伊勢からも、六角筋からも、いろいろ声がかかっているはずです。

伊勢松坂屋は、全部に応じきれません。ですから、相手にとって動きやすい条件を出したところから

進むのです」

「では、うちは何を出せばよい」

「まず、こちらの不注意を認める文を出します」

「頭を下げるのか」

「頭を下げるというより、説明不足を詫びます。“先の文は、こちらの段取りが整わぬまま

お願いばかりを重ねてしまった。津としても、売り場、人手、買い付け品、受け入れの場を

整えるので、改めて相談したい”という形です」

「そんなことまでせなあかんのか」

「しなければ、後回しのままです」

殿様は不機嫌そうにそっぽを向いた。

「成り上がりな飯屋や」

「成り上がりではございません。大口の得意先です」

調整役は、あえてはっきり言った。

「しかも、うちの財政にも関わる得意先です。あちらが津で買い付け、津で売り、

津で人を雇えば、それは津の銭になります。こちらが感情で関係を悪くする相手ではありません」

若い武士たちも静かに頷いた。

一人が言った。

「困りましたね」

もう一人も、苦い顔をした。

「本当に、どうしたらいいんでしょうね」

調整役は、深くため息をついた。

「まずは、こちらで出せるものを探すしかありません。津の港でしか出せない魚。干物。

味噌漬け。船の便。人手。売り場。伊勢松坂屋が動きたくなるものを、こちらで用意する」

「殿様に肉あんを食わせたいだけでは、動かぬか」

「動きません」

「信楽焼をもっと欲しいだけでもか」

「動きません」

「では、何なら動く」

「津が、伊勢松坂屋にとって“面倒だが旨味がある土地”になることです」

殿様は、黙って文を見た。

そこに怒りはまだ残っていた。

だが、調整役の言うことも、若い者たちの困った顔も、無視できなくなっていた。

「……もうよい。文はお前らで書け」

「承知しました」

「ただし、へりくだりすぎるな」

「もちろんでございます」

調整役は頭を下げた。

若い武士たちは、顔を見合わせた。

また、あの伊勢松坂屋と向き合わねばならない。

怒鳴るのではなく、頼むのでもなく、利を示して話をしなければならない。

それは、彼らにとって新しい戦だった。

刀ではなく、飯と荷と文で進める戦。

調整役は、筆を取りながら呟いた。

「まずは、謝りすぎず、怒らせず、しかしこちらも本気だと伝える文ですな」

若い武士が小さく言った。

「難しすぎますね」

「ええ」

調整役は苦笑した。

「伊勢松坂屋と付き合うというのは、どうやら飯を食うより難しいようです」