軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

朝一に伊賀方面に向かう買付隊と同行する長野家家臣に親切心で忠告する地侍達。中継地点や拠点がないことの不便さを知る長野家家臣

朝一番、まだ空が白み始めた頃だった。

伊勢松坂屋の買い付け隊は、すでに荷をまとめていた。信楽へ向かう者、名張へ寄る者、

伊賀上野で荷を入れ替える者。それぞれが慣れた手つきで草鞋を締め、荷紐を確かめ、

銭袋の位置を直している。

そこへ、長野の若武者たちが現れた。

身なりは整っている。袴もきれいで、刀も立派。けれど、買い付け隊の地侍たちは、

それを見て顔をしかめた。

「……あんたら、その格好で行くんか」

「何かおかしいか」

「おかしいというか、危ない」

地侍の一人が、若武者の足元を指さした。

「山に登りに行くようなもんやぞ。そんな足元やったら、すぐ滑る。

泥に足取られる。転んだら荷も銭も終わりや」

「そんなに道が悪いのか」

「悪い。これは親切で言うてるんや。格好つけて歩く道やない」

別の地侍が、若武者の上着を見て言った。

「あと、綺麗すぎる。もうちょっと汚れた格好の方がええ」

「なぜだ」

「銭持ってます、育ちがええです、旅慣れてません、って全身で言うてるようなもんやからや」

若武者たちは、少しむっとした顔をした。

だが、以前伊勢へ連れて行かれた若者の一人が、静かに頭を下げた。

「今回は、教わりに来ております。言う通りにします」

「そうしとき」

地侍は頷いた。

「それでも危ないけどな。銭を持って、伊賀を越えるっていう意味を、たぶんまだ分かってへん。

後ろについて来たら、そのうち分かる」

隊は動き出した。

構成はほとんどが男衆。女衆は一割ほど。子どもも何人かいたが、子どもたちは基本的に

荷の上に乗せられ、歩けるところだけ歩く。慣れた者たちは、誰がどこで休むか、どの荷が重いか、

どの道がぬかるむかを、言葉少なに確認している。

長野の若武者たちは、最初こそ気を張っていたが、しばらく歩いただけで顔つきが変わった。

道は平らではない。

草は足に絡む。

石は滑る。

坂は長い。

荷を担ぐ者の息は荒くなる。

それでも、伊勢松坂屋の者たちは黙々と進む。

道中、地侍の一人が若武者に言った。

「嫁にするなら、こういうところまで来られる女の人と付き合った方がええぞ」

「いきなり何の話だ」

「命がけやからや。綺麗な座敷で笑うだけの人もええけど、こういう道を見ても逃げへん人は強い」

「……なるほど」

「袴着てるから安全、ってわけやない。伊勢松坂屋の袴があるから、まだ話が通る。

それも、今まで飯を出して、銭を撒いて、顔をつないできたからや」

若武者は、返す言葉がなかった。

昼前、道の脇から数人の男たちがこちらを見る場面があった。明らかに、荷と人数を数えている

目だった。

長野の若武者たちの手が、刀の柄に伸びる。

だが、先頭の地侍が軽く手を上げた。

「伊勢松坂屋や」

その一言で、相手の空気が変わった。

「ああ、松坂屋か」

「この前の炊き出し、うまかったぞ」

「上野の店の焼き飯、ありゃええな」

男たちは、警戒を解き、逆に笑って声をかけてきた。

地侍は、適当に相手をしながら歩みを止めない。

そのうち一人が、後ろの長野衆を見て言った。

「後ろの綺麗な連中は何や。銭ぶら下げて」

「今回だけ通してくれ。旦那に頼まれてな。道を見せてる」

「危ないぞ、あれ。そんなもんぶら下げて歩くんやったら、殺してください言うてるようなもんや」

若武者たちの顔が引きつった。

地侍は振り返らずに言った。

「聞いたか。これが道や」

夕方近く、一行はようやく伊賀上野に入った。

若武者たちは、もうかなり疲れていた。足は痛み、肩は重く、喉は乾いている。

だが、問題はそこからだった。

「宿を探しましょう」

若武者の一人が言った。

しかし、最初に入った宿では断られた。

「どこの者か分からん連中を泊めるわけにはいかん」

次も断られた。

「荷も銭も持っておる。揉め事はごめんや」

さらに次も渋られた。

「伊勢松坂屋の者だけならまだしも、後ろの連中は知らん」

若武者たちは、愕然とした。

「我らは長野の者だぞ」

「だから何や」

宿の者は冷たかった。

見かねた地侍が言った。

「あそこの寺なら、事情を話せば泊めてくれるかもしれん」

一行は寺へ向かった。

住職は、伊勢松坂屋の袴を見て、まず地侍に頭を下げた。

「いつも世話になっております」

「今日はちょっとややこしい。後ろの連中、長野の者でな。旦那に言われて、伊賀越えを見せてる」

住職は、長野の若武者たちをじっと見た。

「話は聞いております」

若武者たちは、少し身を固くした。

「本来、よく知らぬ方々を泊めるのは控えております。ですが、今回は伊勢松坂屋さんの

顔もありますし、体験ということで、お受けしましょう」

「ありがたい」

若武者がほっとした瞬間、住職は続けた。

「ただし、寄進として三人で五百文をお願いします」

「五百文?」

「はい」

「泊まるだけでか」

若武者が思わず声を上げた。

住職は、穏やかな顔のまま言った。

「では、野宿されますか」

若武者は黙った。

「伊勢松坂屋さんは、このあたりに飯を出し、道に銭を落とし、寺社にも顔をつないで

くださっています。だから便宜を図れます。ですが、あなた方はまだ、そのつながりがありません」

結局、若武者たちは五百文を払った。

出された飯は、薄い味噌汁と冷飯だった。

「これだけか」

若武者の一人が小さく漏らす。

住職は静かに答えた。

「後ろに米俵があるのは知っております。ですが、あれは伊勢松坂屋さんが施しや道中のために

用意しているものです。袴を着た方々には出しますが、そうでない方に同じようには出せません」

「……」

「普段、施しがなければ、旅の飯などこんなものです。安全に泊まれて、冷飯と味噌が出る。

それだけでもありがたいことです」

若武者たちは、ようやく何かを理解し始めていた。

伊勢松坂屋の者たちは、湯をもらい、荷を整え、子どもたちにも飯を分けている。

寺の者とも顔見知りで、短い言葉だけで話が通る。

自分たちは、金を払っても、まだ客ですらない。

夜、若武者の一人がぽつりと言った。

「来るだけで、これほど命がけとは思わなかった」

別の者が頷いた。

「中継地点がないというだけで、ここまでしんどいとはな」

「しかも、帰りもここへ泊まるなら、また五百文いる」

「一万文を預かったが、帰りの五百文は残しておかねばならん。つまり買い付けに使えるのは九千文か」

「食い物や礼も考えれば、もっと減る」

「それで信楽焼を買って、割らずに持って帰るのか」

誰もすぐには答えられなかった。

翌朝、若武者たちは寺に礼を言い、再び買い付け隊の後ろについた。

足は痛い。

銭袋は重い。

そして、昨日よりも、道が怖く見えた。

地侍の一人が振り返った。

「ここから信楽や。まだ半分やと思え」

若武者たちは、黙って頷いた。

信楽焼が欲しい。

その一言の裏に、どれだけの道と銭と顔つなぎがあるのか。

彼らは、ようやくその入口に立っただけだった。