作品タイトル不明
伊勢の城主にもよきご縁に伊勢の潮風をの演出を提供。大うけするがお前が言うな、女衆が言えといわれるwww伊勢の買い付け額10万文に増える
伊勢の上の方へ伺う日、博之は最初からにこにこしていた。
鉄板、丸型、菜種油、味噌醤油、蜂蜜饅頭、麦茶、柚子はちみつ湯。
さらに干し青苔を細かくした磯粉と、干した小魚をすりつぶした魚粉まで持たせている。
その顔を見た伊勢の城主は、開口一番、笑った。
「ほんまに餌があると素直に来よるな、お前は」
「餌と言いますか、良いお話をいただきましたので」
「顔に出すぎや」
「すみません」
「津からも文が来てたんやろ」
「はい。津の方からもご連絡はいただいておりました」
「そっちはどうした」
「袖にしました」
伊勢の上司は、一瞬黙り、それから大笑いした。
「袖にしたんか」
「だって、あれしてくれ、これしてくれ、信楽焼をもっと流してくれ、津のものをもっと買ってくれ、
新商品も見せてくれ、という話ばかりでして」
「あいつらは何も分かってへんなあ」
「やってくださったことには感謝しております。港の立ち上げもありますし、鮪やすり身の話も
あります。ただ、こちらも人も荷も道も限られておりますので、見返りもなく“もっともっと”
と言われると、さすがに後回しでございます」
「それでええ。今のお前のところは、呼べばすぐ来る飯屋ではない」
城主は、少し面白がるように博之を見た。
「お前、今、信楽の先まで見とるんやろ」
「はい。草津、瀬田、大津あたりです。京都の砂糖や菓子、紙、茶、調味料の情報を拾いたいと
思っております」
「大和の方も手を伸ばしてると聞くぞ」
「大和八木の方は、寺社、筒井、松永、国人衆でかなりややこしく、まだ飯会と情報収集の段階です。
正直、堺への道より、信楽から京都へ匂いを拾う方が早いかもしれません」
「だから、わしもその辺の話を聞きたかったんや。忙しいのは知ってるから、ただ呼ぶのも悪い。
そこで、お好み焼きや」
博之の顔が、さらに緩んだ。
「はい。あのお話をいただいて、もう笑いが止まりませんでした」
「神社の前でそんな顔するなよ。ほんまに」
「すみません」
「お好み焼き、寺や神社の縁会で使えるやろ。婚活でも、親子でも、友人同士でもええ。
具を選んで、円を焼いて、同じものを分ける。そこまでは面白いと思った」
「ありがとうございます」
「で、もう一声あれば、お前は絶対食いつくと思った。内宮の催しや。半月に一度、売上は寄進。
これなら、そっちにも実績が残る。こっちにも筋が通る」
「まさにそこです。これは、やらない理由がないと思いました」
「ただし、今日言って明日できる話ではないぞ」
「はい。火の場所、煙、油、人の流れ、寄進の帳面、女衆の安全、全部詰めます」
「珍しく段取りを考えておるな」
「内宮で失敗したら終わりますので」
「その怖さがあるならよし」
博之は、そこで少し身を乗り出した。
「それで、演出も考えたんです」
「お前、めちゃめちゃ乗り気やないか」
「はい」
「言うてみい」
「焼き上がったお好み焼きに、味噌醤油を塗ります。そこへ、干し青苔を細かくしたものを、
竹筒に入れておきまして、女衆がさらさらっと振ります」
「ほう」
「その時に、“よきご縁に、伊勢の潮風を”と」
上司は一瞬目を丸くし、次の瞬間、腹を抱えて笑った。
「お前が言うなよ」
「皆にも同じことを言われました」
「当たり前や。お前が言うたら、縁が逃げる」
「ひどいです」
「ひどくない。正しい」
「ですが、若い女衆が言えば、かなり品が出るかと」
「それは分かる。円の上に伊勢の潮風をかける。青苔で磯の香り。見た目も茶色に青が散って綺麗や。
ええ演出や」
博之は嬉しそうに頷いた。
「もう一つ、味変として、干した小魚をすりつぶした魚粉も持ってきています。
これは全部にかけるというより、塩気と魚のコクを足したい方へ。港町や男衆向けかもしれません」
「魚粉は香りが強いから、内宮では控えめやな」
「はい。青苔が本命です」
「竹筒はどうする」
「白子の型紙を巻いて、少し見栄えを良くしようかと」
「そこまで考えてるんか」
「はい。海の女のように、女衆が頭に鉢巻きでも巻いて、さらっと振るのも良いかなと」
上司は、すぐに手を振った。
「その辺は周りに考えさせろ。お前が考えると、ろくなことにならん」
「お殿様、ひどいです。私、結構乗り気だったんですが」
「だから怖いんや。お前は飯の筋は当てるが、色気と演出は下品になる寸前で危ない」
「皆にも、言葉を言うのはやめてくださいと言われました」
「皆が正しい」
上司は笑いながら、お好み焼きの試作を一口食べた。
味噌醤油の香りに、青苔の磯の香りがふわりと乗る。
「……うまいな」
「ありがとうございます」
「これは、半月に一度の催しとして育てる価値はある。ただし、最初は物置きというか、
控えの場をきちんと作って、流れを見ろ。いきなり大勢を相手にするな。
寺社と筋を通し、寄進の帳面もきれいに残せ」
「承知しました」
「それと、買い付け隊の方や」
「はい」
「伊勢の買い付けを、もう少し増やしてやれ」
「今、伊勢は六万文ほどです」
「十万文にしろ」
「十万文ですか」
「余裕あるやろ」
「全然あります」
「なら増やせ。伊勢の品を買い付けて、松阪や津、信楽方面へ流す。お前のところは、
買ったものをただ売るだけやない。見せ方を変えて、包み方を変えて、価値をつける。
なら伊勢にも銭を落とせ」
「分かりました。松坂も十万文に増やします」
「松坂もか」
「松坂を立てないと、また怒られますので」
「それでええ。よそは知らん」
「津は?」
「ほっとけ」
博之は、少し笑いそうになって頭を下げた。
「では、伊勢十万文、松阪十万文。買い付けの立て付け場も増やします」
「そうしろ。お前は銭を持ちすぎると、また変なものを作る」
「変なものではなく、飯です」
「同じや」
上司は、もう一口お好み焼きを食べ、青苔の乗った表面を見た。
「よきご縁に、伊勢の潮風を、か」
「はい」
「言葉はええ。だが、お前は言うな」
「……はい」
「女衆に言わせろ。お前は後ろで帳簿でも見とけ」
「それが一番つらいです」
「だからちょうどええ」
屋敷に笑いが広がった。
津は後回し。
伊勢は前へ。
内宮で半月に一度、縁を焼く飯を育てる。
そのために、青苔の潮風と、伊勢への買い付け十万文が、新しい道として加わることになった。