作品タイトル不明
色々話が進んでいる中津と伊勢から手紙が来る。津は話にならないwwww伊勢はお伊勢さんで半月に一回イベントで店出すか?といわれる。喜んで伊勢に行く博之
博之は、いつものように座敷でごろごろしていた。
信楽焼の荷が入り、肉あんの試作が動き、柚子はちみつ湯が湯浴みどころで売れ始め、
名張や信楽の者たちとも話が進んでいる。やることは山ほどある。けれど、本人は相変わらず
畳の上で転がっていた。
そこへ、ヨイチが二通の文を持って入ってきた。
「旦那様。津の方と、伊勢の方から、それぞれ文が来ております」
「またか」
博之は顔だけ上げた。
「まず津から読んで」
ヨイチは文を開いた。
「津の殿様より。港の立ち上げ、鮪鍋、すり身の振る舞い、その他もろもろについて礼を
述べられております」
「おお、珍しく礼から入ってるやん」
「はい。ですが、その後に、信楽焼をもっと流通させてほしい、津の品ももっと買い上げてほしい、
新しく肉あんというものを出していると聞いたので、それも見せてほしい、とのことです」
博之は、すっと顔を伏せた。
「はい、後回し」
「早いですね」
「あれもしてほしい、これもしてほしい、もっと買ってほしい、もっと流せ。もうそればっかやん」
お花が苦笑する。
「津も、港が動き出して欲が出てきたのでしょう」
「欲が出るのはええねん。でも、こっちは今、北伊勢、草津、信楽、名張、大和八木、伊勢、
お好み焼き、肉あん、ふくふく焼き、御礼札、回覧板、全部抱えてるんやぞ」
「抱えすぎです」
「それは俺も思ってる」
博之は、もう一通の文を指した。
「伊勢は?」
ヨイチが伊勢の文を開くと、少し声色を変えた。
「伊勢の上の方からです。旦那様が忙しいことは分かっている。こちらも土産話もなく呼ぶのは
悪いので、ひとつ提案がある、と」
「おお。入り方がええな」
「先日のお好み焼きについて、伊勢の方でも婚活や縁会、寺社の催しでやってみないか、とのことです。場はこちらで整える。さらに、ゆくゆく内宮で何か出したいのであれば、内宮に関わる催しとして、
半月に一度、お好み焼きの実演を行い、その売上をすべて内宮へ寄進する形で、
一度試してみてはどうか、とあります」
博之は、ぴたりと止まった。
そして、じわじわと目が輝き始めた。
「……半月に一回?」
「はい。半月に一回です」
「半年ちゃうんやな?」
「半月です」
「それ、めちゃくちゃでかいやん」
博之は思わず起き上がった。
「これや。これが伊勢の城主の分かってるところや」
お花も文を覗き込み、静かに頷いた。
「津とは出し方が違いますね」
「そうそう。津は“もっとくれ、もっと買え、もっと見せろ”やろ。伊勢は違う。“場を用意する。
内宮で試せる。売上は寄進にできる。半月に一度なら継続実績にもなる。お前にとっても
悪くないやろ”って言ってくる」
「こちらに甘い汁も吸わせながら、向こうにも筋が通る形ですね」
「それや。くれくれじゃないねん。こっちが動きたくなる条件を出してくる。内宮で半月に一回、
お好み焼きやぞ」
ヨイチがすぐに釘を刺した。
「まだ決まったわけではありません」
「でも、話としてはでかい」
「でかいです」
「半月に一回って、ただの一回きりの催しちゃうやん。定期的な場や。内宮に関わる場で、
縁を焼く飯を出せる。しかも売上は全部寄進。これ、伊勢松坂屋にとってはものすごい信用になるぞ」
「信用にはなります。ただし、その分、失敗できません」
「分かってる」
博之は、すでに頭の中で段取りを組み始めていた。
「お好み焼きは、具を選ぶ。円を焼く。縁ができる。親子でも、男女でも、友人同士でもいける。
内宮でやるなら、ものすごく物語がつく。半月に一回なら、毎回少しずつ具を変えられる。
伊勢の魚、鳥羽の蛸、松阪の鶏、名張の山菜、信楽の器。全部話につながる」
女衆の一人が言った。
「旦那様が前に出なければ、かなり良いと思います」
「またそれか」
「はい。それだけは絶対です」
「分かってる。焼くのは女衆。俺は後ろで見るだけ」
「にやにやもしないでください」
「無理かもしれん」
「無理でもしてください」
博之は少ししょげたが、すぐにまた勢いを取り戻した。
「鉄板、丸型、菜種油、蜂蜜饅頭、麦茶、柚子はちみつ湯、味噌だれ、具材一式。伊勢なら
少し上品に、大葉、生姜、魚のすり身、鶏、ごぼう。あと、待ち時間に蜂蜜饅頭と麦茶を出して、
話しやすくする」
ヨイチはもう書き始めている。
「伊勢行き。鉄板、丸型、菜種油、麦茶、蜂蜜饅頭、柚子はちみつ湯、味噌だれ、具材一式。
お好み焼き実演相談。売上全額寄進案。内宮半月一回案」
「内宮半月一回案……ええ響きやなあ」
「浮かれないでください」
「無理やろ。内宮で半月に一回、お好み焼きできるかもしれんねんぞ」
「浮かれるほど危ないです。半月に一回となると、食材、鉄板、人員、火の場所、客の流れ、
寄進の帳面、全部が継続になります」
「そうやな。一回だけなら勢いでできるけど、半月に一回なら仕組みにせなあかん」
「その通りです」
お花が静かに言った。
「だからこそ、最初から伊勢側ときちんと詰めましょう。人数、時間、火の場所、煙、油、
並ばせ方、寄進の受け方、雨の日の扱い、女衆の安全。全部必要です」
「分かってる。これは丁寧にやる」
「珍しく段取りを考えていますね」
「俺も成長してるんや」
「少しだけ」
「少しなんか」
そこで、お花が津の文を指した。
「津の方はどうしますか」
博之の顔が、急に冷めた。
「柔らかく断って」
「柔らかく、ですか」
「うん。文面は任せるけど、内容としてはこうや。津の方には感謝しています。港も郊外も
大切に思っています。ただ、今は各地から声がかかっており、こちらも人と荷と道が限られています。
信楽焼も肉あんも、すぐ大量には回せません。津の品を買う話も、交換条件や現地の動きが
あって初めて進められます。ただ“もっと欲しい、もっと買ってほしい”だけでは、
優先順位を上げることはできません」
ヨイチの筆が止まった。
「旦那様、それは柔らかいですか?」
「柔らかく書いてくれ」
「内容はかなり硬いです」
「そこをどうにかするのが文を書く人の腕や」
「書く方からしたら、めちゃくちゃ緊張するんですけど」
「任せた」
「軽い」
博之は真面目な顔で続けた。
「津には、ちゃんと言うておかなあかん。よそのところでも声がめっちゃかかってる。
北伊勢は歓迎してくれてる。伊勢は内宮で半月に一回試せる場を作ってくれる。
信楽は六角に筋を通した。草津も見えてきた。そういう中で、くださいください言うだけのところは、
うちは後回しになる」
「そのまま書くと角が立ちます」
「だから柔らかく書けって」
お花が少し考えて言った。
「こういう形ならどうでしょう。“津にはすでに港と郊外で大きく力を入れております。
今後も大切に進めたいので、急ぎすぎず、現地でできることを一つずつ積み上げたい。
新商品や信楽焼については、まず津の方でも人手や売り場、買い付け品の準備を整えていただければ、
順に相談したい”」
「お花さん、うまいな」
「つまり、先にそっちも動いてください、という意味です」
「それや」
ヨイチが頷いた。
「では、文面はその方向で整えます。ただし、やんわりと“交換条件なき要望は後回し”
という意味を入れます」
「頼む」
「胃が痛いです」
「俺は伊勢に行く」
「逃げましたね」
「違う。内宮で半月に一回お好み焼きの話や。逃げてへん」
「帳簿からは逃げています」
「それは後で見る」
「今日見ます」
「厳しいなあ」
それでも、博之はもう伊勢へ向かう気でいっぱいだった。
「伊勢はええな。ちゃんとこっちが動きたくなる話を持ってくる。売上全部寄進なら、内宮にも
筋が通る。こっちは実績ができる。参加した人は飯を楽しめる。女衆も焼き手として立てる。
お好み焼きも広がる」
「ただし、半月に一回です。継続できなければ信用を落とします」
「分かってる。でも、これはやる価値あるやろ」
「あります」
ヨイチもそこは認めた。
「内宮での定期実演は、伊勢松坂屋にとって大きな信用になります」
博之は鉄板の方を見た。
縁を焼く飯。
人が具を選び、話し、同じものを分けて食べる飯。
それが、半月に一度、内宮のそばで試せるかもしれない。
博之はにやりと笑いかけて、お花に睨まれ、すぐ顔を引き締めた。
「……にやにやはせえへん」
「してくださいませんように」
「はい」
こうして、津への文はヨイチとお花に託され、博之は鉄板と具材を整え、伊勢へ向かうことになった。
津は後回し。
伊勢は前向き。
そして内宮では、半月に一度の“縁を焼く飯”が、現実味を帯び始めていた。