作品タイトル不明
伊賀名張から信楽焼買付隊が帰ってきた。誇らしげな一方名張の者の顔が微妙。拠点が赤で足引っ張っているのが申し訳ない。じゃあ肉あん作りなよと博之
名張の方から、信楽焼の荷が届いた。
荷をほどくと、信楽の小皿、湯呑み、大鉢、少し厚手の飯茶碗が、藁に包まれてずらりと並んだ。
いくつかは道中で欠けていたが、今回は思ったより割れが少ない。
博之は一つを手に取って、しげしげと眺めた。
「おお。相変わらずええなあ」
素朴で、少し重く、しかし飯を盛ると妙にうまそうに見える。
「これ、どんどん店でも出せるわ」
名張から来た者たちは、少し誇らしげに頭を下げた。
「ありがとうございます。今回も道中は気を張りましたが、だいぶ慣れてまいりました」
「ほんま助かってるで。信楽焼のおかげで、うちの飯がだいぶ上等に見えるようになった。
値段は大きく上げてへんけど、器がいいと客が増える。結果的に飯がよう売れる。本当にありがとな」
博之が素直に礼を言うと、名張の者たちは、少し複雑そうな顔をした。
それを見て、博之は首をかしげた。
「なんや。えらい顔してるな」
代表の男が、少し言いにくそうに口を開いた。
「いえ、ありがたいお言葉ではあるんです。ただ……」
「ただ?」
「私らは、信楽焼の道として役割をいただいております。南伊勢から持ってきた品を、
伊賀や信楽を越えて流せば値が上がる。信楽焼をこちらへ持ってくれば、それもまた値が上がる。
道としての利益はあると聞いております」
「うん」
「けれど、名張の横丁そのもの、伊賀の飯場そのものだけを見ると、まだ赤字だとも聞いております」
博之は黙った。
ヨイチが少し眉を動かす。お花も静かに聞いている。
「だから、複雑です。自分たちが役に立っているのは分かります。けれど、飯の食い扶持だけで
考えると、まだ他のところに支えてもらっているような気持ちがありまして」
「ああ」
博之は、小皿を畳に置いた。
「分かる。こっちも見てて、そう言われるようになってきたなと思ってた」
代表の男は、少し驚いた顔をした。
「旦那様も、そうお考えでしたか」
「うん。うちは他のところが馬鹿みたいに儲かってる。特に伊勢や。お伊勢さんの力が強すぎる。
だから全体では全然いいねん。名張や伊賀が少し赤でも、信楽焼の道として意味がある」
「はい」
「でも、それだけやと働いてる人のやる気にならへんやろ」
博之は、奥へ向かって声をかけた。
「例の肉あん、持ってきてくれ」
女衆が、焼きたての一口肉あんを信楽焼の皿に載せて持ってきた。
肉あん五つ。
今回はエビあんは入っていない。代わりに、ひとつだけ大葉を多めにしたものが混じっていた。
「これ、食うてみてくれ」
名張の者たちは、遠慮がちに一つずつ取った。
熱さに少し驚きながら、味噌だれをつけて口に入れる。
「……うまい」
「中が詰まってますね」
「でも重くない」
「これは、酒にも飯にも合いそうです」
博之は、少し得意げに笑った。
「これな、松阪本店で試作してる新商品や。一口肉あん。肉とか野菜を細かく刻んで餡にして、
薄い皮で包んで焼く」
「肉あん、でございますか」
「そう。ただ、これは概念や」
「概念?」
「中身は何でもええねん。松阪なら鶏と野菜。伊賀なら山菜。名張ならごぼう、
大葉、味噌漬け、川魚でもええ。信楽なら漬物と味噌でも面白いかもしれん」
ヨイチが横で補足する。
「皮の作り方、餡のまとめ方、焼き方、油と水の使い方が肝です」
「要は、具を包んで焼く飯や」
博之は続けた。
「松阪では、試験価格四十文で売ったら売り切れた。次は五十文にするつもりや。六個入りでな。
百食売れたら五千文や。毎日とは言わんけど、定期的に売れれば、名張や伊賀の赤字はだいぶ減ると
思う」
名張の者たちの顔が変わった。
「それを、私どもの方でも作らせていただけるのですか」
「もちろん。むしろ作ってほしい」
「しかし、松阪の新商品では」
「うちは本店で全部抱えるつもりはない。土地ごとに中身を変えた方が面白い。
松阪の肉あんと、名張の肉あんが違ってええねん」
お花が頷いた。
「名張なら、山のもの、畑のもの、道中で手に入るものを使えますね。
大葉や生姜を効かせてもよいですし、少し甘味噌に寄せてもよいかもしれません」
代表の男は、皿の上の肉あんを見つめた。
「エビあんは……」
「それは無理や」
博之は即答した。
「エビは高いし、名張で無理にやる必要はない。松阪で紅い福として入れてるだけや。
そっちはそっちの珍しい一つを考えたらええ」
「珍しい一つ」
「そう。六個のうち一つだけ、山椒入りとか、大葉多めとか、味噌漬け肉とか。
食べる人が“これ誰が食べる?”って話せるやつや」
名張の者たちは、顔を見合わせた。
「それは、面白いかもしれません」
「新しい食い方があるっていうだけで、刺激になると思うねん。中身が松阪と違っても売れる気がする」
ヨイチが静かに言う。
「旦那様の“売れる気がする”は、最近だいたい売れます」
「そう言われると怖いけどな」
博之は苦笑した。
「最初はこっちから人も出す。包み方と焼き方を教える。給金もそっちに乗るように調整する。
現地の者で回せるようになったら、名張の飯として育ててくれ」
代表の男は、深く頭を下げた。
「そこまで考えていただいて、ありがとうございます」
「いや、こっちも助かるんよ。名張が元気になれば、砂糖の道も伸びる。伊賀や信楽も励みになる。
赤字を他で埋めてるだけやと、みんな気持ち悪いやろ」
「はい。正直、その気持ちはありました」
「なら、飯で取り返そう」
博之はそう言って、もう一つ肉あんを皿に載せた。
「今日は湯浴みに入って、蜂蜜饅頭でも食って、ゆっくり寝ていきな。明日からこっちの寺社や、
顔役のところに行って、世間話してこい。信楽焼の話、名張の話、肉あんの話、何でもええ。
情報交換してから帰れ」
「分かりました」
「次に積む分は、また他の者にも手配してもらう。信楽焼の数も増やすけど、割れ物やから
無理はするなよ」
「はい」
名張の者たちは、信楽焼の荷を下ろし、湯浴みどころへ向かった。顔にはまだ緊張が残っていたが、
来た時より少し明るかった。
その後ろ姿を見送りながら、お花がぽつりと言った。
「だんだん交流が密になってきましたね」
「そうやな」
「荷を運ぶだけではなくて、話をして、飯を食べて、こちらで覚えて、向こうへ持って帰る。
いい流れだと思います」
「こっちも暇が潰れるしな」
博之が何気なく言うと、ヨイチがすぐに刺した。
「暇つぶし感覚で、そんな大金を動かさないでください」
「いや、暇つぶしだけちゃうやん」
「半分は暇つぶしでしょう」
「半分もないわ」
「では三割」
「妙に具体的やな」
お花が笑った。
「でも、旦那様。今のは本当に良いお話でした。名張や伊賀の者たちが、自分たちの飯を持てる
ようになるのは大きいです」
「そうやな。皿の道、砂糖の道だけやなくて、ちゃんと飯の道にもせなあかん」
博之は、残った信楽焼の小皿を一枚手に取った。
「器が来て、飯が増えて、また器が売れる。名張で肉あんが売れて、そこの子らが信楽焼を買って、
また道が回る。なんか変な輪っかになってきたな」
「それが商いです」
ヨイチが言った。
「帳簿は増えますが」
「最後にそれ言うな」
座敷に笑いが起きた。
信楽焼の道は、ただ器を運ぶだけではなくなっていた。
そこに、肉あんという新しい飯が乗る。
名張の者たちが、自分たちの味を作る。
伊賀や信楽にも、それぞれの包み焼きが生まれるかもしれない。
博之は、少しだけ満足そうにごろりと横になった。
「まあ、暇つぶしにしては、ええ暇つぶしやな」
「旦那様」
「分かってる。帳簿やろ」
「はい」
「明日見る」
「今日見ます」
「厳しいなあ」
そう言いながらも、博之の顔は少し笑っていた。