軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

楽しい楽しい帳簿の時間。9月1週目。8月末までで1234万文→1573万文www個別赤字の拠点対策

「旦那様。楽しい楽しい帳簿の時間でございます」

ヨイチが帳面を抱えて入ってきた瞬間、博之は畳の上で両手を上げた。

「もう怖すぎる」

「怖がっても帳簿は減りません」

「最近、飯の試作ばっかりしてたやん。肉あん、エビあん、柚子はちみつ湯。もうええやろ」

「やらない方が、もっと怖いです」

ヨイチは、いつものように淡々としていたが、目の奥には少し疲れがあった。

「まず、肉あんとエビあんですが、松阪で立ち上げました」

「あれ、じいさんが文句言いながら二皿食ったやつやな」

「はい。六個入り四十文で試験販売しましたが、完売です」

「完売か」

「完売です」

「……嬉しいけど怖いな」

「怖いです。四十文では安い可能性が高いです」

「量増やしたらええだけちゃうんか」

「量を増やすにも限度があります。包み手、焼き手、鉄板、油、調味料、そして他の飯屋との

兼ね合いがあります」

「また他の店への顔立てか」

「大事です。うちが安く大量に出しすぎると、町の値段を壊します」

「それ言われたら、ちゃんと値段つけなあかんな」

「はい」

ヨイチは次の頁をめくった。

「それと、お花さんが言ってくださった、柚子とはちみつをお湯で割る飲み物。

湯浴みどころで始めました」

「あれ受けたん?」

「受けました」

「受けたということは、売れたということか」

「はい。二十文で売って、こちらも順調に出ています」

お花が少し嬉しそうに笑った。

「夏場は冷やして出しても良さそうです。湯上がりに飲むと、かなり喜ばれます」

「柚子はちみつ湯か。なんか名前だけでうまそうやな」

「もう売れています」

「怖いなあ」

「怖いのはここからです」

ヨイチは帳面を少し持ち上げた。

「結論から申します。全部まるっと合わせて、三百三十九万九千文のプラスです」

博之は固まった。

「……何?」

「三百三十九万九千文のプラスです」

「もう一回言わんでええ」

「なお、すべての大きい都市には、寄進や調整費としてマイナス十万文を計上しております。

小さい拠点にはマイナス五万文を計上しています」

「それ引いてそれなんか」

「はい。松阪、伊勢、津、鳥羽、北伊勢、伊賀、名張、信楽、大和八木。各地で、

寄進、顔つなぎ、御礼札、回覧板、買い付け、火の番、試作、道具代、諸々を入れております」

「諸々って言い方、もう怖いわ」

「伊勢に関しては、さらに謎の二十万文を引いております」

「なんでや」

「利益が高すぎて怖いので」

「帳簿役が怖がって数字を調整するな」

「調整して、なおこれです」

博之は畳に倒れ込んだ。

「もう働くのやめてええ?」

「困ります」

「なんでや。もう一生食えるやろ」

「旦那様が止まると、皆の食い手がなくなります」

「俺一人の問題ちゃうんか」

「違います。今はもう、旦那様が寝ていても店は回りますが、旦那様が完全に止まると、

新しい飯と道が止まります」

「俺、飯の呪いにかかってるだけやぞ」

「その呪いで八百人近く食っています」

「言い方が重い」

ヨイチはさらに追い打ちをかけるように言った。

「前回の残が千二百三十四万文でした」

「そんなあったんか」

「ありました」

「記憶から消してた」

「そこに三百三十九万九千文を足します」

「やめろ」

「合計、千五百七十三万九千文です」

「……」

「九千文は端数として切ってもよろしいかと」

「九千文を端数で切るってどういうことやねん」

博之は起き上がって叫んだ。

「九千文あったら普通に色々できるやろ」

「はい。ですが、今の帳簿の規模では端数です」

「怖すぎるわ」

お花が苦笑した。

「旦那様、千五百七十三万文でございます」

「言い直しても怖い」

「ただ、全部が順調というわけではありません」

ヨイチは少し真面目な声になった。

「伊賀、名張、信楽は、拠点単体ではまだマイナスです」

「信楽は信楽焼きで利益出てるやろ」

「全体では意味があります。ですが、現地拠点だけを見ると、まだ支えられている感があります」

「ああ、それは働いてるやつらも気にするかもしれんな」

「はい。そこで提案です」

ヨイチは、一口肉あんの頁を指した。

「肉あん、あるいは包み焼き系を、伊賀、名張、信楽に教えるのはどうでしょうか」

「現地で作らせるんか」

「はい。具材を現地に合わせます。伊賀なら山菜あん、名張なら野菜と鶏、信楽なら味噌と漬物、場合によっては信楽焼の小皿に乗せて出す」

「なるほどな」

「包み方、餡の調合、焼き方、味噌だれ。これを教えれば、拠点ごとの赤字を少し減らせます。

何より、現地の者が“自分たちの飯で稼いでいる”感覚を持てます」

博之は少し黙った。

「確かにな。他でカバーしてもらってる感があると、ちょっとしんどいもんな」

「はい」

「信楽は皿の道やけど、飯でも少し立たせたい。名張も餡子の道だけやと時間かかる。

伊賀も信楽への中継だけやと、働いてる子らが自分らの店って思いにくい」

「その通りです」

お花が頷いた。

「肉あんは、土地ごとの具材で変えられます。伊賀や名張にも合いますね」

「じゃあ、教えよう」

「ただし、いきなり全店ではなく、一拠点ずつです」

「分かってる。最近ちょっと学んだ」

「ようやくですね」

「刺すな」

ヨイチは次に北伊勢の頁を開いた。

「北伊勢はプラスになりました。港と郊外がきちんと立ち上がっています」

「白子、関、亀山あたりか」

「はい。紙、墨、宿場、港飯。ここはかなり良いです。あとは城下です」

「城下に入るとまた筋通しやな」

「はい。ただ、津よりはやりやすい可能性があります」

「それ長野様には言うなよ」

「言いません」

ヨイチは次に大和八木の頁を出した。

「大和八木は、郊外だけ立ち上がっています。ただし、まだまだです。寺社、筒井、松永、

大和国人の顔役が複雑で、進みは遅いです」

「砂糖の道は遠いな」

「はい。堺へ抜ける道と、京都側から取る道を並行して見た方が良いです」

「わかった」

博之は、頭をかきながら言った。

「しかし、肉あんも柚子はちみつ湯も当たるんか」

「当たりました」

「嬉しいけど、また帳簿増えるな」

「増えます」

「もう怖い」

「怖がりながら続けてください」

お花が茶を置いた。

「旦那様。新しい飯ができるたびに、誰かの働き口になります。誰かの拠点が黒字に近づきます。

怖いですが、悪いことではありません」

「そう言われると、やめにくいやん」

「やめなくてよろしいです」

「じゃあ、とりあえず伊賀と名張と信楽に肉あんを教えるか」

「はい。まずは山菜あん、野菜あん、味噌漬けあん。エビあんは高いので松阪だけで」

「紅い福はまだ松阪限定やな」

「そうしましょう」

ヨイチは帳面に書き込んだ。

「一口肉あん、地方展開検討。伊賀・名張・信楽の赤字圧縮策。北伊勢は次に城下。

大和八木は飯会継続。総残高、千五百七十三万文」

「最後に数字を言うな」

「大事です」

博之は畳に転がった。

「千五百七十三万文か……」

「はい」

「もう怖すぎて、逆に飯考えるしかないな」

「それが一番怖いです」

座敷に笑いが起きた。

帳簿は怖い。

けれど、肉あんも柚子はちみつ湯も、人を動かし始めていた。

伊勢松坂屋は、また一つ、飯で赤字を埋める道を考え始めた。