軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

信楽焼で料理を出すと値段は上げられるがあげたくない。個数を増やす方向で。仕入れて売って銭を回そう

北伊勢の方から、また文が届いた。

「白子、関、亀山あたりからです」

ヨイチが帳面を見ながら言った。

「なんて?」

「よろしければ、うちの方でも店を出してみませんか、という趣旨ですね」

博之は畳に寝転がったまま、少し顔だけを上げた。

「えらい歓迎やな」

「はい。少なくとも長野様の時よりは、かなり穏やかです」

「長野様と比べたら、だいたい穏やかやろ」

お花が苦笑した。

「北伊勢の方は、九鬼様の話もありますし、信楽焼きの話もありますし、

港と街道をつなげるなら早いかもしれませんね」

「白子が港、関と亀山が街道筋。そこは分かりやすいな」

「一方で、大和八木方面は少し面倒です」

ヨイチが別の紙を出した。

「寺社勢力、筒井、松永、大和国人。顔役が多いです」

「やっぱりか」

「いきなり横丁というより、まずは飯会でしょうね。寺社に入って、葛、素麺、小豆、砂糖の話を拾う。

そこからです」

「大和は餡子の道やけど、面倒くさい道やな」

「はい。郊外で小さく出す分には可能性がありますが、城下や大きな道筋に入るには慎重さが必要です」

博之はごろりと寝返りを打った。

「北伊勢はウェルカム。大和はややこしい。信楽は六角に筋通し。津は長野がうるさい。

伊勢は内宮が怖い。松阪は城主が笑う」

「だいたい合っています」

「飯屋って何やったっけ」

「旦那様の飯屋は、もう普通ではありません」

博之はしばらく黙ったあと、信楽焼の小鉢を手に取った。

「でな、もう一個嫌なこと思いついたんやけど」

「嫌な予感しかしません」

「今、信楽焼きがちょこちょこ入ってきてるやろ」

「はい」

「うちの店でも使えるようになってきた。小皿、湯呑み、麺の器、つゆの器。見栄えが全然違う」

「それは確かです」

「で、値段どうしようかなと思って」

ヨイチが少し身構えた。

「飯そのものの値段ですか」

「そう。信楽焼きで出すなら、値段を上げても通るんちゃうかと思ったんや」

お花が少し考える。

「通るとは思います。器が良いと、同じ飯でも上等に見えますから」

「やっぱり?」

「はい」

「でもな、別に値段を上げたいがために信楽焼きを取り寄せてるわけでもないんよ」

博之は小鉢を眺めながら言った。

「もともとは、従業員に金を使わせるためとか、店の器をよくするためとか、

伊賀の道を作るためや。値上げのためちゃう」

「そこは大事ですね」

「やろ。今までの横丁を急に肩肘張った店にするのは違うねん。俺ら、もともとは寝なし草

みたいなところから始まってるやんか。飯と寝床があって、腹いっぱい食えて、

ちょっと安心する場所。それを忘れたらあかんと思う」

ヨイチは静かに頷いた。

「では、値段を上げるのではなく、量を増やす方向ですか」

「そこやねん」

博之は起き上がった。

「信楽焼きの器で出したら、見た目が良くなる。値段を上げなくても、“ここで食いたい”って

人は増えると思う。だったら、値段を上げるより、回転数や出す量を増やす方がええんちゃうかと」

「どちらも正解だと思います」

ヨイチは言った。

「ただし、性格が違います。値段を上げれば、客単価は上がりますが、敷居も上がります。

量を増やせば、従業員の手は増えますが、今の伊勢松坂屋らしさは残ります」

「やっぱりそうやな」

お花も続けた。

「信楽焼きで出している時点で、もう少し上等な感じは出ます。そこにさらに値段を上げると、

庶民の横丁というより、上客向けになっていきます」

「それは嫌やな」

「ただ、全部を安いままにする必要もありません。通常の器で出すものと、信楽焼きで出す

少し上等なものを分ける手はあります」

「それをやると、また帳簿増えるやろ」

「増えます」

「それが嫌やねん」

ヨイチが淡々と言った。

「ですが、早く売り切れてしまうのも問題です」

「何が?」

「旦那様は、従業員に高い給金を払っています。飯と寝床も出しています。

店が昼過ぎに売り切れてしまえば、残りの時間、人を遊ばせることになります」

「ああ」

「それよりも、信楽焼きで見栄えを良くし、今より多くの飯を出して、客を増やす方が合理的です。

従業員も働けますし、仕入れも増え、地域に銭が落ちます」

お花が頷く。

「松阪なら米、味噌、野菜。伊勢なら魚、紙、油。鳥羽なら海のもの。伊賀なら山菜や信楽焼き。

量を増やせば、その分だけ周りも動きます」

「なるほどな。値上げより、銭を回す量を増やすわけか」

「はい」

博之は少し黙り、それから笑った。

「俺、金持ってるのに、値上げで儲けようとすると気持ち悪いんやな」

「旦那様らしいです」

「でも、儲からんのも嫌や」

「だから、値段を上げるより、数を売る。さらに上等版を少しだけ作る。それがよろしいかと」

ヨイチが帳面に書き始める。

「方針。信楽焼き導入による全面値上げはしない。まずは提供量増加。売り切れ時間を遅らせる。

従業員稼働を増やす。地域仕入れを増やす。上等版は限定で検討」

「また帳簿増えた」

「増えました」

「嫌やけど、必要な増え方か」

「はい。これは必要です」

博之は信楽焼の小鉢を置いた。

「じゃあ、信楽焼きは値上げの道具やなくて、飯をもう一杯食わせるための道具やな」

「良い言い方です」

「それ、回覧板に書いといて」

「旦那様の言葉としてですか」

「いや、ちょっと綺麗にして」

お花が笑った。

「“器が良くなっても、伊勢松坂屋は腹を満たす場所でありたい”くらいでしょうか」

「ええやん」

「ただし、限定の上等膳は作りますよね」

「作るんか」

「作れます」

「作れるなあ」

博之は頭を抱えた。

「結局、また商品増えるやん」

「飽き防止です」

ヨイチが言った。

「俺の言葉を使うな」

座敷に笑いが起きた。

北伊勢は呼んでいる。

大和は面倒くさい。

信楽焼きは入ってくる。

器が変われば、飯の見え方も変わる。

けれど、博之の中で一つだけ決まった。

伊勢松坂屋は、肩肘張る店にはしない。

良い器を使っても、まずは腹を満たす。

値を吊り上げるより、飯を増やし、人を動かし、地域に銭を落とす。

「よし」

博之はごろりとまた寝転がった。

「信楽焼きで、もっと飯を食わせよう」

ヨイチが即座に返す。

「そのために帳簿を整えます」

「最後にそれ言うな」

だが、博之の顔は少しだけ晴れていた。