軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

信楽焼を見ながら気づく博之。往復便で伊勢のものを載せて帰れば結構な値段がつくわwww2倍想定の利益を2.5倍に変更

「俺さ」

博之が、座敷でごろごろしながら言った。

ヨイチは帳面を開いたまま、嫌な顔をした。

「何ですか」

「悪い予感がすんねん」

お花が、すぐにため息をつく。

「旦那様の悪い予感は、だいたい当たりますからね」

「そう言われると怖いねんけど」

「怖いのはこちらです」

ヨイチが筆を止めた。

「で、今度は何を思いつかれたんですか」

博之は、信楽焼の小皿を一枚手に取った。

「今、信楽焼きをこっち側に持ってきてるやろ」

「はい」

「で、だいたい三倍ぐらいで売ってるやんか」

「ものによりますが、運賃、割れ物の危険、伊賀越えの手間、珍しさを乗せれば、

それくらいになります」

「ということはやで」

博之は小皿を指で叩いた。

「伊勢のものを、向こうに持って行ったら、三倍になるんちゃうか」

座敷が、一瞬静かになった。

お花が目を細める。

「向こう、というのは、伊賀、信楽、南近江方面ですか」

「そう。信楽焼きがこっちで高くなるのは、伊賀を越えるからやろ。遠いし、危ないし、割れるし、

珍しい。なら逆に、伊勢のもの、松阪のもの、津のものを向こうへ持っていったら、

同じように値が跳ねる可能性あるやん」

ヨイチは、すぐに帳面を見直した。

「……旦那様、嫌なところに気づきましたね」

「やっぱり?」

「はい。かなり嫌なところです」

博之は体を起こした。

「今の定期便って、こっちが信楽焼きを買う側として見てたやん。でも本当は、帰り荷が

あるんやないかと思って」

「あります」

ヨイチは即答した。

「伊勢の小物、松阪の布や味噌、津の港物、鳥羽の干物や魚の加工品。持っていけるものはあります。

ただし、何が売れるかは地域で違います」

「そやろな。鳥羽の生魚とかは無理やろうし」

「はい。日持ちしません。ですが、干したもの、味噌漬け、紙包み、蜂蜜饅頭のような日持ちする

甘味、松阪木綿、伊勢の細工物、草履、紙、紐、油、そういうものなら可能性があります」

お花が続けた。

「それに、伊勢の内宮で売っているもの、という看板は強いです。信楽や伊賀で見れば、

“伊勢から来た品”というだけで珍しさがあります」

「そうやんな」

博之は、少し嫌そうに笑った。

「で、今の帳面では、買い付け便の利益をざっくり二倍で見てたやん」

「はい。安全側に見ていました」

「でも、実態は二・五倍ぐらい見ないとあかんのちゃうか」

ヨイチは、しばらく黙ってから頷いた。

「旦那様、いいところに目をつけています」

「珍しく褒めたな」

「悔しいですが、褒めます」

その場にいた古参衆も、何人か顔を見合わせた。

「実は、私どもも少し気になっておりました」

「何がや」

「信楽焼きを買い付けて戻る時、向こうの者が、こちらの紙包みや草履や小物に興味を

示すことがあるんです」

「ほら」

「特に、伊勢の朱印紙で包んだ品や、松阪の布、蜂蜜饅頭の話は食いつきが良いです。

まだ本格的に売ってはいませんが、“それは買えんのか”と聞かれることはあります」

別の古参も言った。

「伊賀の子どもらも、松阪に来ると蜂蜜饅頭や混ぜ飯を喜びます。あれを向こうで少し売れば、

たぶん売れます」

地侍の一人も頷いた。

「信楽の方でも、伊勢の品や言うたら、みんなちょっと見ますわ。内宮で店出してる飯屋の品や、

言うただけで話の種になります」

博之は、頭を抱えた。

「やっぱりか。これ、また帳簿増えるやつやん」

ヨイチが静かに言う。

「増えます」

「嫌やなあ」

「ですが、見ないふりをすると、もっと嫌なことになります」

「それは分かる」

ヨイチは帳面に新しい欄を作り始めた。

「今までは、信楽焼きを持ち帰る利益を中心に見ていました。しかし、帰り荷、つまり伊勢松阪側の

商品を伊賀・信楽・南近江へ持っていく利益を加えるなら、買い付け便全体の利益率は

二倍では低すぎます」

「二・五倍か」

「はい。全体平均で二・五倍。品によっては三倍もあります」

お花が指を折りながら整理する。

「三倍を狙えるものは、伊勢の名前がつくもの、内宮の端で売っているもの、珍しい甘味、

信楽では手に入りにくい紙包みの品あたりでしょうか」

「松阪木綿は?」

「ものによりますが、運賃込みで二倍以上は見込めると思います」

「津のものは?」

「港物は加工が必要です。干物、味噌漬け、魚粉、だしの元のような形なら可能性があります」

「鳥羽は?」

「干し蛸、干し魚、海藻、塩気のあるものならありです。ただし、鳥羽はまだ立ち上がりです」

博之は、天井を見た。

「なんか、南伊勢のものを山側へ持っていって、山側のものを南伊勢へ持ってくる道になってきたな」

「その通りです」

ヨイチが言った。

「信楽焼きだけではなく、双方向の定期便です」

「最初は皿を買いに行ってただけやのに」

「旦那様の商いは、だいたいそうです。片道のつもりが、両道になります」

「それ、いいことなんか?」

「帳簿上は良いことです。現場上は大変です」

古参衆が苦笑した。

「正直、荷は増えますな」

「帰りに皿を持つだけでも気を遣うのに、行きに伊勢の品を持っていくとなると、

荷組みを考えないといけません」

「割れ物と食い物を一緒にするなとか、紙が濡れないようにするとか」

「盗まれやすいものも増えます」

「道中の護衛も増やさないと」

博之は、両手で顔を覆った。

「ほら、面倒増えた」

ヨイチは冷静に返す。

「利益も増えます」

「それが嫌やねん。増えたらまた撒かなあかんやん」

「撒く前に整備してください」

「分かってる」

お花が少し笑った。

「でも、これは悪い話ではありません。向こうへ伊勢松坂屋の品が届けば、信楽の拠点の意味も

増します。六角方にも、“こちらに銭と品が落ちる”と見せられます」

「それやな」

「ただ信楽焼きを買いに来るだけでは、向こうからすれば持っていかれる感覚があります。

でも、伊勢や松阪の品を持っていき、向こうの人が買うなら、交流になります」

「寄進だけじゃなく、商いで仲良くなるわけや」

「はい」

ヨイチはまとめるように言った。

「では、今後の帳面では、信楽便の利益率を暫定二・五倍で見ます。ただし、品目ごとに分けます」

「品目ごと?」

「信楽焼き帰り荷、伊勢小物行き荷、松阪布・味噌、津鳥羽加工品、蜂蜜饅頭などの甘味。

全部同じ倍率では危険です」

「やっぱり帳簿増えるやん」

「増えます」

「軽めにしてくれ」

「軽めにして二・五倍です」

古参衆の一人が、少し嬉しそうに言った。

「でも、これなら信楽へ行く楽しみも増えますな。向こうで売れる品を探して、

帰りに皿を持って帰る。行きも帰りも商いになります」

地侍も頷いた。

「うちらも、ただ護衛するだけやなくて、向こうで何が売れたか見てきますわ」

「そうやな。現場の目がいる」

博之は、少し真面目な顔になった。

「ただし、値を荒らすな。向こうで無茶な高値で売って嫌われるのもあかん。逆に安く売りすぎて

地元の商人を潰すのもあかん。まずは少量や」

「承知しました」

「伊勢の品を持っていく時も、“内宮で売ってるから偉い”みたいな顔をするな。あくまで、

話の種として持っていく」

お花が頷く。

「その方が長続きします」

「うん」

博之は、ため息をつきながらも、どこか楽しそうだった。

「悪い予感、当たったな」

「当たりましたね」

ヨイチが筆を走らせる。

「信楽便、双方向化。利益率暫定二・五倍。品によって三倍。荷組み、護衛、濡れ対策、

割れ物対策、現地商人との摩擦注意」

「最後の注意が多いな」

「増える利益には、増える危険があります」

「ほんま帳簿って嫌やな」

「帳簿が嫌なのではなく、旦那様の思いつきが多いのです」

座敷に笑いが起きた。

信楽焼きを運ぶ道は、いつの間にか、伊勢と南近江を結ぶ商いの道になり始めていた。

皿が来る。

伊勢の品が行く。

銭が回る。

話が回る。

博之は、信楽焼の小皿を見ながらぽつりと言った。

「これ、また店増えるんちゃうか」

ヨイチは即答した。

「増えます」

「嫌や」

「でも、たぶん儲かります」

「もっと嫌や」

お花が笑った。

「旦那様、良いことをしているのに、顔が苦しそうです」

「良いことすると帳簿が増えるんや」

古参衆と地侍たちも笑った。

だが皆、分かっていた。

この悪い予感は、たぶん当たる。

そして当たれば、伊勢松坂屋はまた一段、ただの飯屋から遠ざかっていくのだった。