軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

①②

(な、なにがあったらこんな格好に……もしかしてこの方がラディング侯爵を倒してくれたのかしら?)

しかしラディング侯爵の腕。縄でガチガチに縛られている。

見覚えのある綺麗な結び目。それを見たシルヴィーは嫌な予感を覚えたためサッと視線を逸らす。

それよりも今すぐにドレスを着なければと、シルヴィーは辺りを見回して自分のドレスを引っ張り上げる。

下半身の鈍痛には気づかないふりをして、着てきたドレスを適当に着用して、近くにあった鏡で髪を整える。

ふとすぐ近くに青年がつけていた顔全体を隠す仮面が目に入り、自分がしてしまったことに後悔が込み上げる。

(お酒なんて飲まなきゃよかったわ……!)

シルヴィーはベッドを降りるが、ラディング侯爵も青年もまだ目を覚まさない。

引っ掻き傷や噛み跡だらけの背中を見つつ申し訳なくなり、シルヴィーは深々と頭を下げる。

「……本当にごめんなさい」

謝罪の言葉を言うとピクリと彼の体が動いたような気がした。

彼の瞼が開いたのと同時にシルヴィーは背を向けて勢いよく走り出す。

「──待ってくれ!」

青年の呼び止める声が聞こえたが、なんとか部屋の外へ。

すると扉の前で柔らかい何かを蹴り飛ばしてしまった。

戸惑いから足をどかして下を向くと、ガラの悪い男性たちが山のように積み上がっている。

(一体何があったというの! ああ、もうわからないけどごめんなさい~!)

けれどそれも酒が見せる幻だと思い、彼らに背を向けて長い長い廊下を走り出す。

勢いよく走ったせいか目眩がするため、壁に手を置いて一息吐く。

今の状況ではとてもヒールでは走れそうにない。

ヒールを脱いで手に取ると、シルヴィーは屋敷の中を凄まじい早さで駆け抜けていく。

しかし先ほどの会場の雰囲気は明らかに状況が違っていた。

楽しげにしていた貴族たちはみんな仮面を取っており一列に並んでいる。

(こんなふうに並んで何をしているのかしら……?)

まだ夜会が終わっていないことや外が真っ暗なところを見るに、あの部屋にいたのは一、二時間程度のようだ。

話し声であふれていた会場は、笑い声もなく誰も喋らずに暗い雰囲気になっているが、今のシルヴィーは気にしている余裕はない。

騎士のような人に話しかけられそうになるが、素早い動作で躱して再び全力で走り抜けていった。

(ううっ……吐きそう!)

シルヴィーは全力で走っていることもあり、吐き気を抑えていた。

今、止められてしまえばすぐに嘔吐してしまうに違いない。

そうすれば悲惨なことになってしまう。

騒ぎに紛れて会場を抜け出して、外の空気を思いきり吸い込んだ。

少しだけスッキリしたものの、胃の不快感は消えはしない。

そのまま門を出て、フラフラとした足取りで街へと向かう。

(まだ街が明るいわ……! これなら一人で歩けるわ)

幸いにも人攫いに遭うこともなく娼婦と間違えられることもなく、シルヴィーは宿に辿り着く。

扉を閉めた瞬間に、シルヴィーは膝から崩れ落ちた。

暫くそのままで固まっていたのだが、現実が押し寄せてくる。

「……やってしまったわ」

彼と肌を合わせた記憶はまったくないけれど、間違いなくそういうことなのだろう。

シルヴィーもそういった知識がないわけではない。

『大丈夫、これからはずっとそばにいるから……』

ぼんやりと浮かぶ彼の顔。シルヴィーの頬が真っ赤になってしまい、記憶を消すように首を横に振る。

下半身の痛みは全力で走ったせいだと言い聞かせながら、先ほど宿の店主からもらった水を一気に飲み込んだ。

「お、お酒も飲んでいて仕方なかったのよ! そう、仕方なかったの。わたしは今日から平民だからっ」

自分で言い聞かせてみたものの、申し訳なさがまさり罪悪感にのたうちまわりたいのをこらえた。

「……ごめんなさい」

酒に飲まれてひどく酔ってしまい記憶がまったくない。

故に何が起こったか自分にもハッキリとわからない。

それでも自分が実の父親に売られていたことを思い出して、さらに気分が沈んでしまう。

(最悪だわ。本当に…………あんなのが父親だなんて思いたくない)

結局、ラディング侯爵は縄で繋がれていたので、シルヴィーと関係を持っていないはずだ。

それにシルヴィーが逃れたことにより、ラディング侯爵から金を受け取れないというのも最高の復讐になった。

無理やりそう考えて気持ちを落ち着かせる。

なんとかレンログ伯爵家を成り立たせていた執事とシルヴィーがいなくなり、屋敷で働く人たちも辞めていく。

領民からの信頼もないとなれば、落ちぶれていくのも時間の問題だろう。

今まで我慢していた分、彼らが困窮する様を近くで見られないのは残念だが、シルヴィーはやっと解放されたのだ。

(……なんだか気持ちがスッキリしてる。どうしてだろう)

シルヴィーは胸をそっと押さえた。

すると何故か青年の優しい笑みや涙を拭ってくれたことを思い出す。

自然とあふれてくる涙を腕で乱暴に拭う。

シルヴィーの思い描いていた理想の夜会とは程遠い。

最高の思い出になるはずが、最悪な日になってしまった。

しかしこの一件で家族への情も、貴族社会への未練も、素敵な男性と恋することへの期待も一気に断ち切れたような気がしていた。

(もうシルヴィーはいない。わたしはシルヴィアとして生まれ変わるんだから……! 今日のことは忘れましょう)

シルヴィーは瞼を閉じて、疲れた体を癒すためにベッドに寄りかかった。