軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

①①

シルヴィーの目から自然と涙がこぼれ落ちる。

先ほどまでは侯爵への怒りでいっぱいだった。

その後には服を壊してしまった焦り。

今度は悔しくて悲しくて堪らなくなってしまう。

感情の起伏が激しくて自分でも止めることができない。

「今度は僕が君を助けるよ。だから泣かないで……?」

視界は歪んでぼやけていたけれど、彼が優しい笑みを浮かべているのだけはよくわかった。

優しく頬に流れていた涙を拭う指先。

(どうしてわたしを助けてくれるの……?)

こんなふうに誰かに手を差し伸べられたことがあっただろうか。

温かい言葉は今のシルヴィーの心に重く響いた。

「……ほんとに?」

「ああ、本当だ。君を守る。約束するから……」

「どうして、わたしを?」

「次に会えたら、そうしようと決めていたんだ」

青年はシルヴィーと会ったことがあるのだろうか。

優しく頬に添えられた手は温かい。

誰だかはわからないが、こうして味方をしてくれる人がいることが心から嬉しいと思う。

そう思うのと同時にシルヴィーは夢から醒めるようにあることを悟った。

今晩、この人を逃したらもうシルヴィーは恋をすることはできない。

(……これが最初で最後の恋になるのね!)

シルヴィーの中でずっと押し込められていた感情が爆発する。

誰かに愛されたい、必要とされたい……その強い思いが頭を支配する。

シルヴィーは彼を逃がさないようにとぐっと足を絡めた。

「でも今は医師を呼んでくるから、ちょっ……!」

シルヴィーは青年の言葉を遮るように覆い被さってから微笑んだ。

「不束者ですが、よろしくお願いいたします」

「……っ!?」

丁寧な言葉とは裏腹に、シャツを剥ぎ取ったことだけは覚えている。

大きく見開かれたライトブルーの瞳と左目の泣きぼくろ。

『大丈夫、これからはずっとそばにいるから……』

そこでシルヴィーの記憶は途絶えてしまった。

* * *

久しぶりに感じる人肌の温もりにシルヴィーは幸せを感じていた。

(またお母様と一緒に過ごせるなんて夢みたいだわ)

思い出すのは幼い頃、母に抱きしめられていた懐かしい記憶。

すると何故か肌寒さを感じたシルヴィーはシーツを手繰り寄せるために手を伸ばす。

(今日はまず洗濯をして掃除もしないと。領地の農作物のチェックに水害の規模を調査して、食料の確保……それから彼らにバレないようにお金を貯めてレースを編まないと…………ああ、でももう何もしなくてもいいんだわ。だって、わたしは今日から平民になるんだから)

そう思い、自分があの夜会の後にどうやって店に帰ってきたのか思い出せないことに気づく。

(あれ……? 昨日の記憶がないんだけど、どうやって店に帰ってきたのかしら)

人生初めての夜会に行って、ウェイターに勧められるがまま酒を飲み、ラディング侯爵に部屋に連れ込まれたのだ。

そしてベッドに押し倒されて……。

そのことを思い出した瞬間、ゾワリと鳥肌が立つ。

シルヴィーがはっきりと覚えているのはそこまでだった。

(そうだわ! わたしはラディング侯爵に……!)

シルヴィーはあのままラディング侯爵と関係を持ってしまったのか。

恐る恐る目を見開き、首を横に傾けると明らかにラディング侯爵ではないことだけはたしかだ。

細身だが筋骨隆々とした背中と、襟足が長いシルバーの髪を見つめながら目を見開いた。

それに加えて、シーツをめくると自分もドレスを脱ぎ捨てて下着姿なことに気づく。

シルヴィーからサッと血の気が引いていった。

それと同時に名も知らない青年の服を引き千切ったり号泣したり襲いかかった記憶がぼんやりとあるが......気のせいだと思いたい。

シルヴィーは両手のひらで顔を覆うように押さえた。

(ど、どうしましょう……!)

ぼんやりとたゆたう蝋燭の光に照らされた首筋。

シルバーの髪がはらりと首筋に散り色っぽいが、少し顔色が悪いようにも見える。

もしかしてシルヴィーが関係を持ったのは、女性たちに囲まれていた、顔を全部仮面で覆い隠していた青年なのだろうか。

彼も上半身裸なのだが、ひとつだけ問題があった。

それは明らかにシルヴィーがつけていた口紅や、噛み跡や引っ掻き傷などが背中にびっしりとあること。

恐る恐る自分の手を見るとほんのりと爪の間に血が滲んでいる。

(わ、わたし……見ず知らずの人と関係を持ってしまったの?)

そう思った瞬間、全身から血の気が引いていく。

薄っすらとではあるが、シルヴィーが青年に襲いかかる断片的な記憶が蘇る。

お酒の力で開放的になっていたのは仕方ないにしても、彼を無理やり襲ってしまったことには変わらない。

(わたしったら、なんてことを……! なんてことをしてしまったのかしら)

合意だったのか合意でなかったのか、それすらもわからない。

もし合意ではなかった場合、シルヴィーを襲おうとしたラディング侯爵と同じことをしてしまったことにならないだろうか。

申し訳なさと罪悪感とでシルヴィーの心は押し潰されてしまいそうだった。

(どっ、どうしよう、どうしたらいいの……!)

そう思っていても本人に問いかける勇気はない。

窓の外を見ると、どうやらまだ夜は明けていない。あまり時間が経っていないことに安堵する。

(貴族の男性は貞操を守らなければならない令嬢とは違うと聞いたことがあるわ。大丈夫、これは全部お酒のせいだから)

床にはラディング侯爵が両手を拘束されてうつ伏せのまま意識を失っているではないか。

尻部分の服はめくれて上部は真っ赤に腫れている。