軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

戦いが終わりました1

疑問に思うことはたくさんあった。伯爵翁様とアナスタシア女王は面識があったのかとか、マクシミリアン殿下はどんな方なのかとか、ノゼッティ隊長が女王から責められていたのはなぜかとか、リカルド様がわざと成人になるのを遅らせているのは本当なのかとか。

(だけど最大級に疑問なのはこの状況だわね……)

トゥキルス国軍の模擬試合後の飲み会は、確かに無礼講と呼ばれるほどの大賑わいだった。ずらりと並んだ酒樽が次々と入れ替わり、酒瓶もこれでもかと運ばれ、ヒゲモジャの副隊長は年若い兵士ややたら強い女性兵士たちにとっくに潰され……そんな光景を、さすがに子どもに見せるのはよくないだろうと、私たちは詰所の一角を与えられていたのだけど。

問題は、その無礼講の輪の中心で誰よりもいい飲みっぷりを披露しているのがアナスタシア女王だ、ということだった。先ほどから我こそはという屈強な兵士たちが彼女に飲み比べを挑んでいるが、次々と潰されて、今は8人目に突入している。そしてその光景を、詰所の窓からこっそり盗み見している私である。

「いやぁうちの女王様、今日は最高潮に機嫌が良さそうだねぇ」

背後にぬっと影を感じて見上げれば、ジョッキを片手にニコニコしてらっしゃるマクシミリアン殿下だった。彼は下戸だそうで、ジョッキの中身はスパイスをきかせた薬草茶だ。

「そりゃ機嫌もいいでしょう。積年の夢が叶ったわけですから」

テーブルでぼそりと呟いたのはノゼッティ隊長。彼は飲めるそうだが、伯爵翁様や私たちをもてなすためか、こちらで過ごしている。伯爵翁様と2人、あまり強くない酒を先程から舐めるように嗜んでいた。伯爵翁様の隣にはギルフォードがおとなしく座している。彼にしては珍しく、目の前の料理にもほとんど手をつけていない。先程の伯爵翁様とアナスタシア女王の試合が終わってから口数が少ないことに私も気づいていたが、周りに人も多くて声をかけるタイミングを失っていた。

「夢、というより恋だったかもしれないな」

「おや、夫であられる殿下がそれをおっしゃいますか」

大きく息を吐くマクシミリアン殿下に、ノゼッティ隊長が言葉を被せる。この2人もまた気安い関係なのだと思わせる温かい空気がそこにはあった。

「そりゃ、愛する妻が他の男を恋焦がれている姿に思うところがなくもない。でも、彼女が幸せなら僕も幸せだからね」

「同感です」

男2人が何やら意味深なため息をまたひとつ吐く。そこに笑いが漏れているのも同じ。マクシミリアン殿下がこちらで過ごした年月を思わせる、穏やかなやりとりだった。

「……アナスタシア女王陛下は、先の戦争に参加されていらしたのだな」

重い口を開いたのは伯爵翁様。だがその目は口調ほど淀んではいなかった。彼の問いに是と答えたのはノゼッティ隊長だ。

「あぁ。彼女は当時、他の兄弟や兵士どもの追随を許さぬほどの剣技の使い手だったからな。俺たちが止めても無駄……というより、誰も彼女を止められなかった。止めるならこちらの命を賭けるくらい捨て身で当たらないといけないぐらいだった」

今より年若い彼女は王太子という位にありながら、己の身を守ることにどこか無頓着だった。守るより攻める——それがトゥキルスの伝統的な戦い方ではあるものの、彼女はそれを体現しすぎていた。

『王太子の代わりなどいくらでもいる』

それが当時の彼女の口癖だったらしい。本来なら後陣で誰よりも守られるべき存在であるのに、剣を持って馬を駆り、誰よりも早く前線に赴く。周囲はそんな彼女を止めることもできず、ついていくのに精一杯だった。

彼女は己の命より戦うことを優先した。それは根っからのトゥキルスの戦士としての生き様だった。

「だが、そんな彼女がある日を境に変わった。正確に言うと、ある戦いを境に変わったのだ。その相手がアッシュバーン前辺境伯、貴殿だ」

「やはり、あのときの 姫御前(ひめごぜ) が女王陛下であられたか……」

伯爵翁様の脳裏に蘇るのはかつての戦場。トゥキルスとの国境に位置するアッシュバーン領で、自軍を率いた当時のアッシュバーン辺境伯は、徐々にトゥキルス側へと相手の兵力を押し返していた。

そんな中出会ったのが、ひとりの女性兵士。

「“セレスティアの盾”、アッシュバーン辺境伯と見受ける! 我と勝負せよ!」

黒毛の馬を駆るのは、頭部を鮮やかな布で覆った兵士。その声は女性のものながら、地を割るほどの威力があった。

戦争は遊びではない。腕試しの場でもない。一対一の勝負など物語の中だけのこと。通常ならば一笑に付す価値すらないが、その布越しに醸される気迫と鮮やかな琥珀色の瞳に、伯爵翁様は剣を構えた。いや、構えさせられた。

周囲を黙らせるほどの圧倒的な気迫の中、ひしめくような鍔迫り合いの後に、勝負がついたのは一瞬のこと。

「――確かに私が勝った。だが、あれは僥倖のようなものだった。あのとき姫御前が逆光に瞳を伏せなければ」

「だが、貴殿が勝った。俺が知る限り、あれが彼女にとって大人になって初めての敗北だった」

伯爵翁様は落馬した彼女のとどめを刺さなかった。女性だからと情けをかけたのではない。ここで無くすのは惜しい逸材だと思った。それ以上に、強さを持ちながらもどこか危うい駆け方をする彼女を、止めたくなった。

「貴殿が、彼女を止めたのだ。俺たちの誰もなし得なかったことを、あなたがやってくれた」

トゥキルスでは女性も果敢に戦う。だから彼女が戦場に立つことを止める者はいない。だが将には将の戦い方というものがある。馬ではなく神輿に載るべき戦いというものがある。

「それ以来、彼女は無鉄砲に飛び出すことをやめた。ジェシー・アッシュバーンに再び一矢報いるためには生きねばならないと悟り、後方で指揮を取ることを始めた。もちろん、血が騒いで飛び出すことがなくなったわけではないが、以前ほどの無茶な戦いぶりは形を潜めたのだ」

そして終戦となり和平が結ばれた。王太子としての彼女の元に送られたのは、セレスティアの王弟殿下。

「いやぁ、今でも彼女の第一声を夢に見るんだよねぇ」

薬草茶のジョッキを片手にうっとりと目を細め、思い出すのは初めてトゥキルス王宮に足を踏み入れたときのこと。

『そなたのような軟弱者などアッシュバーン辺境伯の足元にも及ばぬ! 契約通り夫婦となり義務として子は成すが、妾の目的を決して害すでない!』

苛烈な王太子アナスタシアは、剣も持たず馬に乗るのもおぼつかないマクシミリアンのことを当時は歯牙にもかけなかった。そんな強い光を放つアナスタシアの姿に、マクシミリアンは一瞬で恋に落ちた。

「……え、それで恋?」

若造りで40過ぎにはとても見えないマクシミリアン殿下の思い出話に、失礼うんぬんの前に疑問符が口を突いた。慌てて口元を押さえるも後の祭り。

けれどそんな私の失礼など気にもとめず、殿下は朗らかに笑った。