軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

国軍の見学にきました4

アナスタシア女王と伯爵翁様の白熱した試合の熱気は、その後も冷めることはなかった。

「すげぇな! 陛下のあの太刀筋を何度も受け止めてたぜ。さすがはセレスティアの盾だ!」

「しかも受け止めるだけでなくて反撃に出てたんだぞ!? あの高速の攻撃に返せる人間が世の中にいるとは思わねぇだろう!」

「いやそれにしてもやはり我らの女王陛下はすごいな!」

「いやぁいい試合だった!」

先ほどの押し殺した怨嗟のような空気は微塵もなく、周囲は今ほどの試合の興奮にさざめき立っていた。

そんな中、剣を納めた女王は、再び鋭い眼差しをノゼッティ隊長に向けた。

「ヴィンス。おまえの職務はなんだ」

「トゥキルス軍第一部隊隊長にございます」

「将軍位が空位の今、全軍を指揮する立場だな。それがこの体たらくか」

「……言葉もありません」

「遠方から客人のもてなし方も知らぬとはな。隊長の名が聞いて呆れる」

盛り上がった状況に水を被せるような女王の声。吐き捨てるような物言いの後、彼女が再び口を開こうとしたそのとき。

「いやぁ、2人とも素晴らしかったよ。陛下がここまで本気になる姿を目にしたのは久しぶりだ!」

軍の施設には不似合いな、ゆったりとしたローブをまとった男性が大きな拍手をしながらにこにこと近づいてきた。

その姿を捉えた伯爵翁様がまず膝を折った。

「あぁ、いいよ。アッシュバーン前辺境伯。僕はしがない元王族のお荷物だからねぇ」

「とんでもないことでございます。長らくの無沙汰をお詫び申し上げます。マクシミリアン殿下」

「いやぁ、僕のこと憶えていてくれたんだねぇ」

「当然にございます。殿下は今でこそアナスタシア女王陛下の王配でいらっしゃいますが、元は我らセレスティア王国の至高の存在にございます」

「あははは。あなたは前もそんなことを言ってくれてたねぇ。剣にも政治にも疎い、名ばかりの王族の僕に分け隔てなく接してくれる貴族は、あなたと当時の宰相、それに騎士団長くらいなものだったねぇ」

2人のやりとりに私もその人物の正体を知ることができた。マクシミリアン殿下。20年前の戦争後、和平の証としてアナスタシア女王の元に婿入りした当時の王弟殿下だ。今のヘンドリック国王陛下の叔父にあたる方。カイルハート王子から見れば大叔父となる。

「それにしても前辺境伯……面倒だからアッシュバーン卿とお呼びしてもいいかな。当代のアッシュバーン辺境伯とお会いする機会もそうそうないだろうからね。卿の腕はちっとも落ちていないようだね。陛下がこれほど手こずるとは思わなかったな」

「いえ、この老いぼれなど、女王陛下の足元にも及びませぬ。陛下は当代一の剣の使い手でございましょう。思えば《《あのとき》》もその片鱗を十二分に感じさせられました」

「……へぇ。アッシュバーン卿も陛下のことを憶えていたのか」

「忘れるなどありませぬ。ということは、殿下もそのことをご存知で?」

「もちろんだよ。こちらに婿入りしてから毎日のように聞かされてきたからね。かつて戦場で対峙したセレスティアの盾のことを。陛下はまるで夢見る乙女のように、常にそなたのことを思い出していらしたんだ」

「マクシミリアン! その言い方はなんだ!」

会話に割って入った女王陛下の顔は、それまでの険しい苛烈なものとはまったく違っていた。心なし頬が赤みをさしているようにも見える。

「嫌だなぁ。僕は嘘は言っていないよ? まるで一日千秋の思いでアッシュバーン卿と再会することを願っていたじゃないか」

「あれは! かつて戦場で対戦したとき敗れたのが悔しくて、もう一度剣を交えたいという意味だ! 誤解を招くような言い方をするな!」

「でも寝所にまでその話題を持ち込まれたら、僕が誤解するのもしょうがないよね?」

「そなたはっ! なぜ今そんな話を……っ」

「愛する妻が瞳を輝かせて他の男の話題を口にするのを、僕がどんな思いで聞いていたと思う? こんなに陛下を愛しているのに……」

剣を握っていない方の女王の手をとり、その指先に愛おしそうに口付けるマクシミリアン殿下。かがめた腰の位置からそっと女王陛下の瞳の色を伺うその姿には、先ほどまでの穏やかな笑みと違った、妖艶な気配が漂っていた。それまで鋭い声を発していた女王陛下が途端に耳まで赤らめる。

そんな光景を余所に、「また始まったかー」「仲良しだよなぁ」とのんびり話しながらトゥキルスの兵士たちは淡々と試合の後片付けを始めていた。まるで日常茶飯事という光景に私たちが口を挟むことなどできるはずもなく、ただすべてが終わるのをやり過ごす。

(こうして見るに、アナスタシア女王とマクシミリアン殿下の仲はとてもよさそうね)

そもそも王太子殿下をはじめ、何人かの子どもにも恵まれているご夫妻だ。政略結婚でありながらよい関係を築いているのは幸せなことだと思う。

2人のやりとりを見守っていると、やがてマクシミリアン殿下が女王の背中にそっと手を置いた。

「あなたの長年の夢が叶って僕も心から嬉しいよ。だから今は、彼らを労ったらどうかな」

「……そなた、それが目的でこのような出過ぎた真似を」

「僕はただ、ノゼッティ隊長の思いも一理あると思っているんだよ。国が絡む問題の大変さは、あなたも僕もよく知っているはずだ」

「……」

すでに剣を納めている女王陛下は、深い息をついたあと、再びノゼッティ隊長に向き直った。先ほどと同じ厳しい表情ではあるものの、そこに何かを斬りつけるような鋭さはもうない。

「ヴィンス。挽回のチャンスをやろう。客人のもてなしはまだ終わってない」

そして女王は伯爵翁様と私たちを見た。

「ジェシー・アッシュバーン。軍の慣しで、模擬試合のあとは無礼講の飲み会となっている。本来なら王宮の晩餐に招かねばならぬところだが、非公式の訪問であるそなたらをそのように遇してはいらぬ憶測を呼ぶことにもなろう。よければそちらに参加願えぬだろうか」

「もったいなきお言葉にございます」

「そなたと、後ろで控える小さな客人たちももてなそう。部屋を分ければ無礼な者たちの騒ぎがそなたらの目に入ることもあるまい」

「ありがとうございます。陛下、大変不躾ではございますが、紹介させていただいてもよろしいでしょうか」

「無論だ」

そして私とギルフォードは伯爵翁様の声がかりによって、トゥキルス女王陛下と王配のマクシミリアン殿下にまみえることになった。

「ダスティン、と言ったか。もしや、ポテト料理の始祖であるダスティン男爵家の縁の者か?」

「恐れながら、ダスティン男爵を拝命しておりますのは私の父でございます」

「男爵の御令嬢だと!? では 礎(いしずえ) の娘であると!」

「……は、はい」

その勿体無い言葉は私には似合わないと思ったが、ここで首を振れるほどの勇気はなかった。アナスタシア女王は瞠目した後、辺りを見渡した。そして目当てのものを見つけ、またしても声を大にした。

「リカルド、そなた……このような大事をなぜ言わぬ! 妾は“ジェシー・アッシュバーンとその関係者”としか聞いておらぬぞ!」

「うっかりしておりました。失礼いたしました」

「ダスティン家の娘御といえばじゃがいもの食用化に多大な功績をあげた礎のことではないか! じゃがいものおかげで我が国の食糧事情がどれほど助かったか、知らぬ身ではなかろう! 王太子のコリ芋の食用化施作もそれあってのものだと、今や赤子でも知っておるわ!」

「いや、赤子はさすがにないんじゃ……」

「黙れ! そなた、どうせ独り占めにしたくて言わなかっただけであろうが! まったく、なぜあの素直な両親からこんなひねくれたのが生まれたのか理解できんっ! いつまでものらりくらりと成人になるのをかわしよって……今回は我慢ならぬ! そなたは今より2週間の謹慎を命ずる! 王宮に戻ることはまかりならんからな。今すぐ出ていけ!」

「そんな、私も飲み会に参加しようと思ったのに……」

「うるさい! そもそも軍を除隊したおまえにその資格はない!」

「ええぇ、たまに隊長連中に頼まれて稽古をつけてやったりもしてるんだけど……マクシミリアン殿下、なんとかなりません?」

「いやぁ、僕のカードはさっきノゼッティ隊長のために使っちゃったからなぁ。品切れだよ」

「まいったなぁ、アンジェリカ様を連れてきたの、私なのに」

「さっさと出ていけ! このドラ息子!」

アナスタシア女王の剣幕に周囲が萎縮する中、リカルド様は「じゃあ先に帰りますね」と手をひらひらされたあと、素直に去っていった。態度からも口調からも少しも悪びれる様子も萎縮する様子もないところを見るに、やはり只者ではなさそうだという認識を新たにした。