作品タイトル不明
店長さんは意外な人でした
視線の先にいたのは恰幅のいい中年男性と小さな女の子だった。男性の身なりからすると貴族か裕福な平民だろうか。女の子の方はブルーのエプロンドレスを着ている。明るいブラウンの髪をおさげにして、銀縁のメガネをかけている。
「こちらのシリーズは当店の売れ筋商品の新作ですわ。私がデザインしたものを特注で縫製させましたの。ですからこの店でしか手に入りません。第一弾のうさみみシリーズ、第二弾の羊シリーズはそれぞれ3日で完売しました。こちらの猫耳ケープも店頭にあるのはあと数日でしょう」
「なんと……! それは急いで購入しなければ!!」
「サイズはどうされます? 幼児用、少女用がございますが、ここだけの話、大人用も予約制で承っております」
「……その、幼児用を娘に。あと……」
「あと?」
「その、大人用の予約も……」
「かしこまりました」
男性のお相手をしていた少女がぱちんと指を鳴らす。すると別のスタッフが彼女が手にしていたものを恭しく受け取り、そのままカウンターへ運んでいった。
「こちらでご予約も合わせて承りますわ。ご安心くださいませ、入荷の際には極めて秘密裏にお届けいたします。もちろん店舗での引き取りも可能ですよ」
流れるようなスピードで諸手続きを終えた少女は、店員が包み終えた製品を男性に手渡した。
「ありがとうございます。ハムレット・マニアの店長、キャロルが承りました。またのご来店をお待ちしています」
手の空いている店員が一斉に頭をさげ、客を送り出すまでの一部始終を、私は口をあんぐりあけて見つめていた。
「ちょうど店長の手が空いたようです。お呼びいたしますね」
ショーンさんは迷うことなく少女に声をかけに向かった。エプロンドレス姿の少女はこちらを振り返り、優雅に微笑んだ。
「アンジェリカ様、こちらが当店の店長、キャロル・ハムレットでございます」
ショーンさんが連れてきてくれたのは、私より少し背が高いだけの、小さな女の子だった。
「初めてお目にかかります。ハムレット・マニアの店長をしておりますキャロル・ハムレットでございます。どうぞキャロルとお呼びください」
略式ながらも丁寧な所作のお辞儀は、彼女が幼いながらも一流の教育を受けていることを思わせるものだった。私も続けて自己紹介すると、彼女はようやく私の目を見て嬉しそうに破顔した。
「お嬢様、当店の品をご利用いただきましてありがとうございます」
「え?」
「今お召しのうさみみシリーズは、この店の売れ筋商品でしたの。とくにそのケープはもともと10着しか用意していなかったこともありまして、即日完売いたしました」
まさかのうさみみ、ここの商品だったのか! ていうか10着限定とはいえ即日完売って、みんなどれだけうさみみ好きなんだと若干気が遠くなる。
「そ、そうなんですね。こちらはキャロル店長が考案されたものなんですか?」
「わたくし、新しい商品開発をするのが好きなのです。これも、それこそお嬢様のようなかわいらしい方に着ていただきたくて作ったのですが、結果的に一番売れたのは大人用でしたのよ、おほほほほほほほ」
うさみみの大人用……どんな用途なんだか、ちょっと考えたくない。
「それにしても、パトリシア様が購入されたと聞いたときには誰が使うのかしらと首を傾げたものです。もしやミシェル様に……と疑ったものですが、お嬢様へのプレゼントだったのですね」
「キャロル嬢、そういう想像はやめてください」
私の隣でミシェルが呻いた。パトリシア様の着せ替え好き、こんなところまで伝わってるのか……ハムレット商会の情報網恐ろしいな。
「それにしてもまさかこのお店の店長が、あなたのような方だなんて驚きました。とても素敵なお店ですね」
店長と言うからには大人の女性が出てくるものとばかり思っていたが、まさかの幼女だった。ハムレットの名を名乗っているから一族の人なのだろうが、ライトネルとはどういう関係なのだろう。
キャロルは笑顔を浮かべ「ありがとうございます」と答えた。
「ここは半年ほど前にオープンしたお店ですの。コンセプトは“ここにしかない特別”です。私の商品開発の知識とワザが父に認められて、オープンを許されましたのよ」
「キャロルさんのお父様って……」
「あら、そちらの紹介もまだだったのですね。まったく、いったい何をしているのかしら、いるだけでまったく役にたたないったらありゃしない」
「キャロル! おまえ、今俺のこと 貶(けな) しただろっ」
突然会話にライトネルが絡んできた。驚いて彼の方を振り返る。
「あら、わたくし別に誰かを名指しなんてしておりませんわ。でも心に思うところがある人は反応するのですね」
「……おまえっ、妹のくせに生意気な」
「たったの10分早く生まれただけで兄ぶったりしないでいただけます?」
「10分先に生まれたんだから十分兄だろうが!」
「お母様のおなかの中では私の方が上にいたってことですから、立場的にはわたくしの方が上ですわね」
「なんだよその理屈は……!」
「それに実力的にもわたくしの方が上なのは確かですわ。私はこのお店の店長、あなたは未だ店員その1」
「その1ってなんだよ!? 俺だって本店の新装で出した意見が通って、立派に売り上げ上げてるんだぞ!」
「“販売方法のアイデアとしては面白いが、商品内容の目新しさに欠ける”とお父様に言われて、店を持たせるには早いと判断されアイデアだけ吸い上げられた方ってことですわよね」
「うぬぬぬぬぬぬぬ」
「おーほっほっほっほっほっほ! 私のアイデアは一度で通って、こうして開店にこぎつけることができたのよ? 悔しかったら店を持ってから言い返すがいいわ、店員その1さん?」
高笑いをするキャロルの前でライトネルは悔しそうに歯がみしながら赤い髪を掻き毟った。
「ミシェル、えっと、この2人の関係って……」
「うん、じつは双子なんだ」
「あぁ……やっぱり」
先ほどの話をまとめれば、ライトネルが兄、キャロルが妹ということなのだろう。ライトネルはミシェルのひとつ下ということだったから、2人とも8歳というわけだ。
それにしてもと、未だいがみあう2人をよく観察する。双子にしては全然似ていない2人だ。ライトネルは赤毛に緑の瞳、色白で顔立ちも華やか。一方キャロルはブラウンの髪に薄いグレイの瞳。目元が涼やかで、メガネの印象も相まって知的美人といった雰囲気だ。身長もライトネルの方がずっと高くてミシェルとほとんど変わらないくらいだ。
「まぁ見ての通り、水と油って感じで、あまり仲は良くないんだけどね」
ミシェルの苦笑にショーンさんが厳かに頭を下げた。
「お客様の前で大変お見苦しいものをお見せしてしまい、申し訳ありません」
「大丈夫ですよ、いつものことですし。もう1組のお客さんが帰ったタイミングでよかったですね」
店内にいたカップルはいつの間にか店を後にしていた。今この瞬間、店内には私たちと店員さんしかいない。その店員さんたちもこのいがみ合いを軽妙なBGMか何かと思っているのか、涼しげな顔で掃除をしたり帳簿をつけたりしている。きっと日常茶飯事な光景なのだろう。
「その、なんで2人は仲が悪いのでしょうか」
「要因のひとつにオーナーの教育方針がありまして」
「教育方針?」
「オーナーのジェームス・ハムレットの子どもはライトネルさんとキャロルさんの2人だけです。そしてどちらかがこのハムレット商会を将来継ぐことになります。オーナーは実力主義で、男児にのみ跡を継がせるといった考え方は持っておりません。女児であるキャロルさんにもその権利が与えられています」
「それは素敵な考え方ですね」
この世界では比較的男女平等の精神が通っている。もっとも女性は子育てもあるので家に入る人も多いが、女性でも爵位が継げるし、過去に女王が立ったこともある。その考え方が平民にも行き届いていて、女性でも仕事を持って働く人が多い。
「はい、その考え方は素晴らしいのですが、問題はどちらが後継にふさわしいかでして。オーナーはそれを商人としての実力で決めようとしております。具体的には2人にハムレット商会をより発展させるアイデアを出させて、競争させることにしたのです。そして現在は、アイデアが認められ店舗を任された妹のキャロルさんの方が一歩抜きん出ているといった状態でしょうか」
「な、なかなかたくましい教育方針ですね……」
2人の仲が悪いのは未来のオーナーの座を争っているから、というわけか。
「2人で協力して商会を盛り立てていくというわけには……」
「従業員一同、心ではそう願ってはいるのですがね」
2人とも根っからの負けず嫌いなのと、生まれたときから双子という環境で育ったせいか、協力するより競い合うことの方が性に合っていたようだ。さらに悪いことに両親も従業員もそれを面白がりやんやと盛り上げるものだから、ますます火は燃え上がる一方。どちらが跡を継ぐのか、賭けの対象にまでなっているというから、大人たちにとっては一種の娯楽扱いなんだとか。
(なかなかすごい場所だな、ハムレット商会って……)
いつまでも終わらない舌戦を見つめながら、ちゃんと買い物できるのだろうかとちょっとだけ不安になった。