作品タイトル不明
新しいお店はわくわくです
ライトネルはそのまま店舗を抜け、外へと続く扉を押した。
建物の外に出るのかと思ったら、そこは中庭だった。王都の街中とは思えない常緑の生垣が続いている。
「ここはお店の中なの?」
隣を行くミシェルに尋ねると、彼は頷いた。
「ハムレット商会の敷地はなかなか広くてね。いくつかの店舗がこの中庭を通して連なっているんだ」
「ほかにも店舗があるのね」
私たちの会話が聞こえたのだろう、ライトネルが振り返って小声で説明してくれた。なんでも現在のハムレット商会は主に4種類の店舗を経営しているのだそう。
ひとつは先ほどうちの両親が買い物していた“ハムレット商会”。貴族向けではあるけれど、若い人たちやオープンに買い物したいという健全な人たち向けの店舗で、ライトネルが考案したやり方だ。
もうひとつは従来の商売の方法で、貴族向け外商スタイルの“ハムレット商会外商部”。完全予約制で個室を準備、もしくはお屋敷まで外商担当が出向いて、担当者が提案する形で販売する古式ゆかしいスタイルだ。買い物をしている姿を人に見られたくないだとか、何を購入したのかバレたくないといった人たちをはじめ、高位の貴族やご高齢の方々の需要があり、商会の屋台骨の部門だ。
三つ目は庶民向けの生活雑貨や食料品を扱う“ハムレット商店”で、その店舗だけはこの敷地とは別のところにある。
そして最後が今から向かう店舗で、半年前にオープンしたばかりなのだとか。
「そこも貴族向けのお店なの?」
「いや、あそこはなんというか……玉石混交だな。平民もよく出入りしているし、お忍びで貴族がやってくることもある。……腹立たしいことにな」
「……?」
またしても否定的な言葉が飛び出す。彼はそのお店が好きではないのだろうか。
隣を行くミシェルを見上げると、彼は小さく苦笑していた。
「まぁ、行けばわかると思うよ」
ミシェルに促され、私はそのままライトネルの後をついていった。
そうしていくつかの扉を抜けて辿り着いたのは、カントリー調の木戸がついた小さな建物の前だった。どうやら四つ目の店舗の裏口のようだ。
ノックすることなく木戸を開けて中に入れば、そこは簡素な積み上げられた木箱が散乱する控室のような小部屋だった。部屋の先にカーテンの間仕切りがあり、奥から人の気配がする。
ライトネルは「失礼します」と声をかけてからカーテンを潜った。そのままカーテンを持ち上げてくれたので、私も一緒に入室した。
「わぁ……」
またしても感嘆の声をあげる。目の前に広がるのはカラフルな色彩が溢れる不思議な空間だった。
先ほどまで目にしていた整然としたディスプレイではなく、統一感のないでこぼこした雰囲気があちこちに溢れかえっている。不思議とごちゃついた印象はなく、むしろわくわくするようなカラフルな内装だ。ガラスやミラーを用いた不揃いの棚にはティーカップ、帽子、扇子、メガネなど様々なものが所狭しと並んでおり、壁にはブロック塀に直接書かれた大陸の地図、その下にはオルゴールの箱。反対側には極彩色の鳥の置物があり、鳥には煤けた麦わら帽子が被せてある。
ざっくり言うと雑貨屋さんなのかもしれないが、天井から吊るされた鳥籠の中には小鳥の番いが飼われていて、そこにも値札がついていた。なんというか……なんでもありな感じだ。
「面白そうなお店ね。わくわくしてきたわ」
これだけなんでもありな場所なら、殿下への贈り物も見つかりそうだ。
「おや、ライトネルさん、珍しいですね。普段はこちらにはまったく寄り付かないのに、本日はお客様をお連れくださるとは」
私たちに気付いて声をかけてきたのは、タキシード姿の初老の男性だった。白髪の髪を整髪料で丁寧に撫でつけ、同色の口髭を一分の隙もなく整えている。赤い蝶ネクタイも見事に様になっていて、映画やドラマで見る執事のようだ。
「仕方ないだろう。あちらにはお客様のお眼鏡にかなう品物がなかったんだ」
「おやおや」
面白そうにくつくつと笑う男性に対し、ライトネルはますます仏頂面を深めていった。
「お久しぶりです、ショーンさん」
「ミシェル様、ようこそ当店へお越しくださいました。こちらにおいでになるのは開店のとき以来でしょうか」
「私としてもいろいろ見せていただきたいのですが、私がこちらに来るとライトが不機嫌になるのですよ」
「わかります。お客様第一がモットーの我々商会ですが、ライトネルさんはその跡取りとしてはまだまだ未熟でお子様ということですな。このままではキャロルさんにますます水をあけられてしまいますのに」
「……っな! ショーン!!」
怒りのあまり顔を赤くするライトネルをよそに、ショーンと呼ばれた男性とミシェルは和やかに会話を続けた。
「ということは、キャロル嬢のこのお店の売れ行きは好調ということですね」
「お陰様で。開店してまだ半年ですが、すでに固定客がついております。彼女の才能が十分に発揮された、よい店に育ちそうです」
「ふんっ、あの守銭奴から商品を買うなんて諸刃の剣だぞ。そのうち骨の髄まで搾り取られるに決まってる」
「ライトネルさん、同じハムレット商会の系列店をお客様の前で非難するのはいかがなものかと思います。この件はオーナーに報告させていただきます」
「いや、待ってくれ! 今のは言い過ぎた!!」
「せっかく本店を成功に導かれ、ご自身の店を開くまでにあと一歩のところまでいらしているのですから、言動には注意されますように」
「……わかっている」
一転して唇を結んだライトネルの横顔を見上げれば、大粒の緑の瞳に悔しそうな色が滲んでいた。今の会話だけではすべてが見えたわけではないが、彼もいろいろ複雑な思いや状況を抱えているようだ。
少し濁ってしまった空気を取り繕うように、ショーンさんが私とミシェルに向けて頭を下げた。
「いやはや、お客様の前でハムレット家のお恥ずかしい内情をお見せしてしまい、大変申し訳ありませんでした」
「いいえ、ショーンさんが悪いわけではありませんよ」
すかさず対応したミシェルが、私のことをショーンさんに紹介してくれた。
「こちらはアンジェリカ嬢、ダスティン男爵家の御令嬢です。ご両親は本店で買い物中ですが、別に購入したいものがあるとのことでこちらにお連れしました」
「こんにちは。アンジェリカ・コーンウィル・ダスティンと申します。ライトネルさんをはじめ皆様方にはお世話になります」
「これはこれはご丁寧に。私はショーンと申します。このセレクトショップ、“ハムレット・マニア”の副店長でございます。ダスティン男爵令嬢のお越しを心より歓迎いたします」
「どうぞアンジェリカとお呼びください。このお店……えっと、ハムレット・マニア? とても面白そうな商品がたくさんありますね」
「ありがとうございます。どうぞごゆっくりお過ごしください。お目当ての物がございましたらお好きに手にとっていただいてかまいません」
通常、店では客が勝手に商品に触れることはご法度だ。ハムレット商会の本店もそうだった。ところがこちらの店では商品に好きに触れてかまわないらしい。狭い店内には今も2組の客がいて、彼らも直接商品を手に取ったり、帽子を試したりしている。
「こちらは庶民向けのお店として運営しているのです。置いてある商品もそれほど高価なものではありません。キャロル店長が発明や開発をした商品を中心に、店長のお眼鏡にかなった買付品などを取り揃えているのですよ」
どうやらここにある商品は店長であるキャロルという女性がすべて仕切っているらしい。その運営をショーンさんをはじめとする数名のスタッフが支えている。しかもただ買い付けてくるだけでなく、独自商品を開発しているというから驚きだ。
「そのキャロルさんという方、すごい才能をお持ちなのですね。ぜひお話ししてみたいです」
ライトネルといいキャロルという女性といい、ハムレット商会は傑物揃いの模様だ。ますます興味が湧いてきた。
「店長は今あちらで接客中です。少しお待ちいただければご案内いたします」
言われてショーンさんが首を向けた方向を見た私は、またしても目を見張ることになった。