軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピローグⅤ

「消えゆく魂になってさえ、この娘の傍にいる理由はなんだ」

完全に消え去る前にと竜が問えば、ネズミは答えなど一つとばかりに答えた。

『そんなの、だいすきだからにきまっているじゃないですか!』

迷いなど一切ない叫びだった。

『このこは、ずっと、るるのことをまもってくれました。だから、こんどはるるがまもるんです!』

「……お前の魂はもうじき消滅する」

本来なら、いまここに存在していることすら不思議なほど。

知能の低い小動物の魂は、死んだ後にはなにも残らず、死骸だけが土に還るだけだ。

『わかってますよ、そんなこと。だから、おねがいしたいんじゃないですか』

「願い?」

『りゅうじんさまなら、まだたすけてあげられますよね?』

ネズミは、横たわる少女を見つめながら、確信しているかのように言う。

すでに事切れてはいるが、竜の力があれば息を吹き返すことができると信じているようだ。

確かに、それは正しい。

一度身体と魂は離れても、竜の力があれば、少女を生き返らせることはできる。

できるともできないとも答えない竜には構わず、ネズミは続けた。

『このこをいきかえらせて、まもってあげてほしいんです。るるは、きえちゃいます。もう、まもってあげられない。だから、かわりにりゅうじんさまにまもってもらいたいんです!』

「なぜ私が……。醜く強欲な人間を助ける義理はない」

『るるだって、にんげんなんてきらいですよ! でも、このこはちがいます!』

違うと言われたところで信じるつもりはない。

いままで数えきれないほどの人間を見てきたが、皆、例外なく忌まわしき者ばかりだった。

この少女が違うと言われたところで、まともに受け取る気にさえならない。

『りゅうじんさまも、ぜったいに、このこのことが、すきになりますから!』

「私が人間を好むわけがないだろう」

『すきになりますよ! るるだって、そうだったんですから!』

「お前と私を一緒にするな」

『いっしょですよ、おんなじいきものなんですから! だいたい、にんげんみたいなみためしてるくせに、なんでにんげんがきらいんですか』

「私が人間に似せているんじゃない。人間が私に似せてつくられたんだ」

『るる、むずかしいことはわかりませんよ』

久しぶりに長く会話をしたせいか、それとも知能指数の低いネズミとの会話に嫌気がさしてきたせいか、竜はだんだん疲れてきた。

『とにかく、おねがいします! じゃないと、じゃないと、るる……――――のろいます』

「は?」

『のろいます。マツダイまでのろってやりますから!』

「……私は子孫を残すつもりはないが」

そもそも死ぬこともないのだが、ネズミは一番の隠し玉とばかりに『のろいますからね!!』を連呼した。

威嚇しているつもりなのか、前足をあげてキーキー叫ぶネズミにうんざりとしていると。

『ネズミの呪いとか、効き目薄すぎて気づかれなさそう~』

猫がバカにしたように笑う。

ひとしきり竜の肩の上で笑い笑い転げた猫だったが、ふと真顔に戻り。

『ネズミより、猫の呪いの方が効くと思わない?』

なにやら微妙な威圧を放ってくる。

「うるさい……」

なぜ起き抜けに、かしましい二匹の獣の恨み節を聞かねばならないのか。

どちらも竜にとってはちっぽけな存在だ。炎で灰にすることなど造作もない。

これが人間だったなら、一瞬で灰にしているところだが、相手は動物。人間を相手にする時とは違い、非情にはなり切れない

しばしの熟考のあと、竜は仕方なく言った。

「――分かった。この娘を生き返らせ、お前の代わりに守ると約束しよう」

『ほんとうですか?!』

「ああ、どうせ人間の寿命など一瞬。時間つぶしにもならない程度だからな」

ネズミは実体のない身体をぴょんぴょんと跳ねらせ喜びの声をあげると、横たわる少女の元へと急いだ。

嬉しそうに頬に体を擦りつけるが、透明なそれに感触などあるはずもない。

それでも構わずネズミは少女の傍らに寄り添った。

竜は一つため息を零すと、自身の力を少女の身体に施した。

蘇生の力だ。光の粒子に包まれる少女の魂と身体をいまいちど繋ぐ。

いまの少女の身体は、仮死状態。

一度離れたものを引き付けるには、しばしの時間を要するだろう。

「この娘が息を吹き返す前に、お前の魂の方が先に消えるぞ」

『いきかえらせてくれるなら、なんでもいいです!』

ネズミは元気よく答えると、少女の頬に赤みが戻っていく様を嬉しそうに眺めた。

『……るる、こんどは、にんげんにうまれますね。おんなじくろいおめめと、くろいけなみでうまれます。そしたら、こんどはもっと、ずっとながくそばにいられますから!』

「…………」

人は人に、動物は動物にしか生まれ変われない。想いの強さで、なんとか人に生まれることができたとしても、すぐに器と魂が拒絶し、直後に死ぬ。

そのことを竜は理解していたが、口にはしなかった。

ぼろぼろと涙を零すネズミの体は、徐々に薄くなりかけていた。

魂が消えるまで、あとわずか。

『だから……、それまでまっていてくださいね!』

最後まで少女に寄り添って、白いネズミは消えていった。

「……る、る?」

まるで別れを察したかのように、もうしばらく時間がかかると思っていた少女が目を覚ました。

まだ覚醒できていない虚ろな瞳が、なにかを捜すように動く。

けれど、そこにはもうなにもなく――。

猫は竜の肩からストンと降りると、横たわる少女の傍に座った。消えてしまったネズミの代わりとばかりに。

「あ……、無事だったの。……よ、かった……」

魂と身体が完全には修復されていない少女の意識は朦朧としていたが、猫の姿に安堵の息をつく。

ふわりと、少女が放つ陽力が、竜にも伝わる。

優しく流れるそれは、あたたかな慈愛に満ちたもので――。

一瞬、イヤな予感に襲われた。

いままであったものが、壊されてしまうような。

大きく変えられてしまうような。

それは、小さなネズミと交わした約束。

尊大で人間嫌いだった竜のただ一つの誤算。

失われた世界を再びつなぎ合わせることとなる、はじまりの物語――――。