軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

約束の間Ⅳ

「……約束とは、誰と誰との約束だったのでしょう」

自分でも、なぜその部分が気になったのか分からないが、思わずそんなことを呟いていた。

「それはもちろん、初代竜王陛下と花嫁様でしょう!」

ミレーユの呟きを拾ったドリスが、強く断言した。

「初代竜王様が、花嫁様以外の方と約束を交わすことはなかったのでしょうか?」

「それはあり得ないかと。初代竜王陛下は古代竜ですから」

古代竜だと、なにか差しさわりがあるのだろうかと不思議そうな顔をするミレーユに、ドリスが笑う。

「古代竜の性格はまさに傲慢そのものだったと言われています。その苛烈さはいまの竜族の比ではありません。花嫁以外の者と約束を交わすなど、とても――」

ドリスは身振りを交えてしゃべり続けるも、ふと何かに思い当たったように声を落とした。

「ドリスさん?」

顎下に手を置き、完全に停止したドリスに、ミレーユはどうしたのかと窺う。

「あ、いえ……。実は、昔から気になっていることが一つありまして……」

興味をそそられると過集中し、周りが見えなくなるドリスの性格はミレーユも理解していたが、いったい何がドリスの琴線に触れたのか分からない。

結局、その後も思想に耽るドリスの意識がこちらに戻ってくることはなかった。

❁❁❁

ミレーユを部屋に送り届けた後、いまだに思考をさ迷わせているドリスに、ナイルはぴしゃりと言い放った。

「ミレーユ様を、貴女の都合で振り回すようなことは止めてちょうだい。婚儀まであと僅か。配慮が必要な時期だということは分かるでしょう」

ナイルの苦々しい口調に、ドリスはここでやっと顔をあげ、ややうんざりとした表情をみせた。

「それは配慮ではなく、過保護でしょう。もう少しミレーユ様にも自由を与えるべきでは。皇太后陛下のときは野ざらし状態だったじゃないですか」

「あの規格外の方とミレーユ様を同列に考えろと? 貴女は鋼の甲冑と絹の薄衣を同じに扱えますか!?」

クワッと目を見開き、ナイルは怒りの形相で捲し立てた。

「齧歯族であるミレーユ様は、我々から見れば薄い飴細工よりも脆く儚い。竜印があればすべて安心というわけではありません! せめて婚儀が無事終わり、カイン様の力を受け取られるまでは万全を期すのが当然でしょう!」

ほぼ想定通りの答えに、ドリスは肩をすくめた。

自分がどれほど忠告しようが、ナイルが考えを改めることはないことは分かっている。

すべては婚儀をあげるまで。

婚儀さえ無事にすめば、ミレーユの身体は竜族と同等となり、その魔力は計り知れないものとなる。

そして、婚儀が無事に終われば、ミレーユは、

「――カイン竜王陛下の持つ術すべてが使用可能となる」

自分の見解をもう一度煮詰めるように、ドリスはゆっくりと言葉を吐き出した。

「ドリス?」

「ずっと……、不思議に思っていたことがあるんです」

顎の下に指を置き、言葉を紡ぐ。

「古来より、神の種族たる竜族は大雑把で力任せ。圧倒的強者ゆえに配慮に欠けた面が多く、その思考はまさに傲慢。しかし、竜とはそういう生き物です」

ミレーユは、初代竜王が花嫁以外の誰かと約束を交わしたのではないかと考えていた。

傲慢な竜が花嫁以外と約束を交わすだろうか。

答えは否、ドリスもずっとそう思っていた。

しかし、そうなると〝ある部分”が矛盾するのだ。

「初代竜王陛下は後の世のために、大量の魔石を創り、国庫を建設し、保持の術を施した。初代竜王陛下だけが、なぜそこまでの配慮に思い至ったのか……」

興が乗っているのか、ドリスは眼鏡のブリッジを押し上げながら、大理石の床をぐるぐると回りながら私見を喋り立てた。

「いえ、正直にいって古代竜である初代竜王陛下が、それほどの繊細さを持ち合わせていたとはとうてい考えられません!」

悲しいことに、一理あった。

竜の本質とはそういうもの。

怠惰で傲慢。

ナイルたち一部の王族にしか閲覧が許されていない文献にも、それは嫌というほど記されている。

だからこそ、ナイルはミレーユに対して最大の配慮を行わねばならないのだ。

「これはわたくしの仮説ですが、初代竜王陛下の時代、竜王と呼ばれる方は二人いらっしゃったのではないでしょうか」

「どの時代でも竜王の名を冠するのはお一人だけですよ。絶対的王は一人」

本来群れをなさない竜が、群れをなすためにできた理。それはけっして揺るがない。

「王が二人もいれば、統率できません」

「いえ、竜王を冠するに値する方がもう一人いらっしゃるじゃないですか。竜王と等しく尊ばれ、竜王以上に敬愛を捧げられた方が――」

一旦言葉を止めたドリスが、視線をナイルに戻す。

そして、静かに告げた。

「花嫁ですよ」