軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

約束の間Ⅲ

なんだか成り行きで約束の間に一緒に行くことになってしまった。

(ずっと気になっていた約束の間に行けることは純粋に嬉しいけれど、この事がルルに知られたら、きっと自分も行きたかったと拗ねてしまうわね)

現に、来歴の回廊の話をしたときも、冒険好きのルルは行ったことのない北の翼棟に興味津々だった。

ルルも行きたかったです! とぷんぷんと頬を膨らませて怒るルルの顔が浮かぶが、今回は急なことだったということで許してもらおう。

そんな言い訳を考えつつ、辿りの間を抜けると、着いたのは回廊の奥の奥。

一人ではきっと辿りつけないであろう距離を歩いた先に、その部屋はあった。

初代竜王が残したとされ、開国以来一度も開かれたことがない――約束の間だ。

(ここが……)

それは彫りなどの装飾が一切なされていない純白の二枚扉だった。

その眩い色は、まるで朝日を浴びて煌めく新雪のよう。

自然の織りなす色が目の前に広がっているかのようなさまに、ミレーユはうっとりとした。

「これはどのような素材が使われているのでしょう。まるで雪を閉じ込めたかのようですね」

「ご明察です。この扉には、遥か昔の雪が使われています」

「え??」

例えで言ったつもりが、まさかの正解だったとは。

「当時の雪が、いまここにあるなんて……」

扉にそっと手をあてると、なるほど。ひやりと冷たい。

しかしわずかな隙間もなく閉じられた扉は、ミレーユが手をあててもピクリとも動く気配はなく。よく見れば、扉には取っ手もなかった。

(そういえば、辿りの間にも、こんな風に取っ手のない扉がたくさんあったわね)

ヴルムがカインだと気づく切っ掛けになった辿りの間。

あのときは自分が進むべき扉ではないような気がして、取っ手に触れることはなかった。いまもそうだ。この扉は、けっして自分の目の前で開くことはない。そう直感で分かった。

「ダメですか……。もしやミレーユ様ならと思ったのですが」

ミレーユの様子から扉が開くことはないと察したのか、ドリスが残念そうに肩を落とす。

「そういうことですか。随分あっさりと魔弾をわたくしに預けたと思ったら。さてはミレーユ様なら扉が開くのではと踏んで、 こちらにお連れしましたね!」

「企みなどしておりません。期待があったのは間違いありませんが。ミレーユ様は初代竜王陛下に次ぐ赤竜王陛下の花嫁ですからね。期待して当然でしょう!」

ふんぞり返って堂々と宣うドリスに、ナイルの眉間に皺が寄る。その右手からは、なにやら不穏な魔力が漂っている気がしてならない。

「特別なのは赤竜であるカイン様で、私はただの下位種族ですから」

ミレーユは苦笑いを浮かべつつ、二人の間に入ろうと扉に背を向け、手を離した。

その瞬間、ふっとあのときの声が蘇った。

『力を、望むか』

耳にいつまでも残る厚みのある声。

深海へと落ちていくような、底知れぬ声量は畏怖を持ちながら、それと同時にこみ上げる懐かしさ。

ハッとして身体を扉の方へと向き直す が、とくに変わったところはなにもなく。

(気のせい? ……でも、はじめて魔石に触れたときと同じ声だったわ)

あの時、突如頭の中に流れ込んできた声と、見知らぬ少女の姿。

結局、あれは一体何だったのだろう?

(エミリアの件でうやむやにしていたけれど、私の幻覚だったのかしら? ……それとも、魔石が見せた過去?)

あの時のことを、カインに相談する機会は何度もあった。

けれど、相談しようとすればなぜか躊躇いがうまれ、口にすることができなかった。

自分が躊躇う理由もよく分からない。

ただ、何となく感じてしまうのだ。

これは、カインには伝えない方がいいと――――。

隠し事をしているような後ろめたさはあったが、自分でもよく理解していない事象について、うまく説明できる自信もない。

それは昔、父にヴルムのことを話したさい、「妄想ばかり口にするな」と切って捨てられたことも関係していた。拙い情報だけで相手の理解を得るのはとても難しい。

(せめて、もっとちゃんとした確信が得られれば……)

ミレーユは無意識に胸元の竜印を押さえ、小さく息を吐く。

そして、もう一度扉に触れ、手を放してみた――が、やはり感じるのは静寂のみ。

いまいちど聞こえたと思ったあの声も、自分の気のせいだったのかもしれない。

陽の光で雪が反射するようにキラキラと輝く扉をマジマジと見つめ、ミレーユは考え込む。

開くことのない、約束の間。

(――――約束)