軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六話 罪は消えないが……

翌日の夜、アルトの辻馬車に乗っていたのは、公爵令嬢クラリスだった。

「アルトさん、昨晩のことはセシリアから聞いたわ。面倒に巻き込んでしまって、ごめんなさい」

「いえ、僕は何も……」

アルトの声は、いつにも増して静かだった。

「あの……エマは、大丈夫ですか?」

大人がしたことの責任は、大人が取るべきだ。

けれど、その余波が幼い子どもにまで及ぶことを、アルトは恐れていた。

「アルトさんは、あまり詮索がお好きではないと思っていたのだけれど……」

クラリスが小さく笑う。

「申し訳ございません」

「冗談よ。エマは孤児院には入れないことにしたわ」

「そうですか……」

「ええ。エマは孤児ではないもの。父親がいる以上、父親に責任を果たさせます」

クラリスの声は静かだった。

「マティアスがしたことは、決して許されることではないわ。本来なら、詐欺で告発され、投獄されてもおかしくない」

「はい」

「でも、被害者であるセシリアが、それを望まなかったの」

「セシリア様が……」

「ええ。もちろん、婚約は正式に解消するそうよ。アーヴェント伯爵家としても、騙し取られたお金の返済の契約書は交わす。そこは曖昧にはしないわ」

「はい」

「けれど、セシリアは、自分が騙されたことと、エマの明日が奪われることは別だと言うの」

アルトは、昨夜の小さな女の子の声を思い出した。

「セシリア様は……お強い方ですね」

「強いというより、強くあろうとしているのだと思うわ」

クラリスは静かに言った。

「セシリアはしばらく社交界から離れるそうよ。けれど、閉じこもるわけではないの。救護院を手伝いたいと言っていたわ」

「救護院を?」

「ええ。自分が見たものを、なかったことにはしたくないのですって」

クラリスは小さく息を吐いた。

「それに、セシリアは、本当にマティアス……ジュリアンを愛していたようで……それを憎しみに変えたくない、と言っていたわ」

アルトは、マティアスのほうが貴族を憎んでいたと言っていたことを思い出した。

「……クラリス様」

「何?」

「マティアスは、貴族が平民から奪って贅を尽くしていると言っていました。クラリス様は、どう思われますか?」

クラリスは少し黙った。

「税そのものが悪だとは思わないわ。救済事業も、橋の修繕も、施療院の薬の調達も、それがなければ何もできないもの。困っている人を助けることができないのよ」

そこで、クラリスは小さく息を吐いた。

「でも、つまらないことに使われているお金も、たしかにあるわ」

「……そうですか」

「アルトさんはどう思うの? あなたは、貴族だったこともあって、今は平民として働いているでしょう」

アルトは少し考えた。

「僕は、税を取られること自体に疑問を持ったことはありません。ただ……どうせなら、クラリス様のような方に使っていただきたいです」

「私がそのお金で、新しいドレスばかり買っていたら?」

「それは、少し困ります」

クラリスは小さく笑った。

「正直ね」

「ですが、クラリス様はそうなさらないでしょう」

アルトは窓の外へ視線を向けた。

「……僕は、お金を稼いでも、自分の生活で必要なものにしか使いません。ですから、そのお金で困っている人を助けようとまで考えが及ばないでしょう。ですが、クラリス様は、そうした人のためにお金も労力も惜しみません。だから、僕はクラリス様になら、僕のお金を預けたいのです」

「ありがとう、アルトさん」

クラリスの声が少し柔らかくなった。

「その信頼を、無駄にしないようにするわ」

そして、すぐに表情を引き締める。

「でも、貴族が間違っているとしても、マティアスの詐欺が許されるわけではない」

「はい」

「だから、マティアスには王都救済事業で働いてもらうことにしたの。賃金の一部を、セシリアへの返済に充てる。働いている間、エマは救護院の子ども部屋で預かるわ」

「ああ、それは……」

よかった、と言いかけて、アルトは口を止めた。

エマが救われることは嬉しい。

それでも、マティアスの犯した罪が軽くなったわけではない。

「私は、それが本当に正しいことなのか分からない」

クラリスは、静かに言った。

「ただ、罰して終わりにすることもできなかった。私たち貴族が、彼に詐欺を選ばせるような王都にしてしまったのも、きっと事実だから」

「……ありがとうございます」

「なぜアルトさんがお礼を?」

「エマの未来が、奪われずに済みそうだからです」

アルトの言葉に、クラリスは小さく頷いた。

「さて、これからどうしましょう。どちらに行かれますか?」

クラリスは少し考えてから答えた。

「今夜は、どこにも行かなくていいわ」

「そうですか」

「ただ、アルトさんとお話ししたい気分なの」

クラリスはそう言って微笑んだ。

辻馬車は行き先もなく、ただ王都の夜を走る。