作品タイトル不明
旧友の背中、届かぬ頂(後編)
Sランク冒険者である剣崎からの情報によって、俺はAランクダンジョン『蒼竜』への挑戦を前に、信じられないほど現実的で、かつ絶望的な壁にぶち当たっていた。
「……ライセンスだ、チキショウ」
「はい?」
新宿の『黒犬』事務所。
ソファに深く沈み込み、頭を抱える俺を見て、デスクで書類仕事に追われていたまどかが訝しげに顔を上げた。
「俺にはライセンスがないんだよ、まどか……! ダンジョンの特異ゲートを通るためには、国が発行するAランク冒険者のライセンスが必要なんだとさ!適性なしで協会をクビになった俺が、どうやってあのゲートセキュリティを突破しろって言うんだ!?」
俺の悲痛な叫びに、まどかは数秒だけ瞬きをし、やがて深い深いため息をついた。
「……あんたね。Bランク最上位のボスを素手で殴り殺して、テロリストの爆弾を腹で抱え込むようなバケモノのくせに、ゲートごときで絶望してるの?」
「当たり前だろ! 俺は元事務員だぞ! コンプライアンスと事務手続きは、いかなる 暴力(ステータス) よりも重いんだよ! ゲートの警備員を全員殴り飛ばして強行突破したら、俺は特級エリクサーを手に入れる前に国際指名手配犯だ!」
正論である。
いくらダンジョン内で無敵を誇ろうと、入り口のセキュリティシステムに【存在強奪】は効かない。
物理攻撃で改札を破壊すれば、待っているのは軍隊の出動だ。
(マスター、最悪の場合は私がハッキングしてゲートの認証を偽装することも可能ですが……協会のメインフレームは国家機密レベルの防壁です。成功率は……3%以下ですね)
(そんなギャンブルできるか。……クソッ、せっかく鍵まで手に入れたのに)
俺が本気で頭を抱えていると、まどかは呆れたように立ち上がり、金庫の中から一枚の『黒いプラスチックカード』を取り出してテーブルに投げた。
「……ったく。私の専属護衛が、ただのゲート認証ごときで泣き言を言わないでよね。ほら、これ」
「なんだ、これ?」
カードには、国章である紋章と、厳々しい文字が刻印されていた。
『内閣府直属・特区ダンジョン特別査察官 結城誠』
「……は?」
「先日、あなたが銀座のラウンジで爆弾から守った白髪の先生。あの人は、ダンジョン規制法案を牛耳る政財界の超大物よ。……『黒犬』の命の恩人として、少しだけ便宜を図ってもらったの」
まどかは不敵に笑い、腕を組んだ。
「そのカードは、政府の人間がダンジョンの内部調査に向かうための超特級パスよ。冒険者ランクの制限を完全に無視して、AランクだろうがSランクだろうが、すべての特異ゲートをノーチェックで通過できる。
……あなたの言う『コンプライアンス』を満たした、最強の通行証よ」
俺は震える手でそのカードを手に取った。
まさか、あの爆弾テロから身を呈してまどかを守ったことが、こんな最大の壁をぶち抜くファインプレーに繋がるとは。
「ま、まどか……! あんた、女神か……!」
「ふふん。私の有能さに感謝することね。……ただし、結城誠」
まどかの声のトーンが、スッと一段階下がった。
裏社会の令嬢としての、冷徹で真剣な響き。
「査察官のパスで通れるのは、あくまで特異ゲートの入り口までよ。
……Aランク領域の内部には、当然協会のレスキュー部隊も監視カメラも存在しない。
一度足を踏み入れれば、そこは完全な自己責任の死地。あなたが蒼竜に消し炭にされようと、誰も助けに行けないし、骨すら拾えないわ。
ほんと入って欲しく無いけどね」
剣崎も言っていた。Aランクは攻略対象ではなく、災害指定区域なのだと。
Sランクですら生還率が一割未満の地獄に、たった一人で乗り込む。その異常性を、彼女は改めて突きつけてきているのだ。
「分かっている。……俺の命の責任は、俺が持つ」
俺が迷いなく答えると、まどかはどこか寂しそうな、それでも俺の意志を尊重するような複雑な目を向けた。
「……そう。なら、せめて身なりだけでも一流で行きなさい。特別査察官がドドンキの1980円のスウェットじゃ、入り口で不審者として射殺されるわよ」
まどかが指を鳴らすと、黒服が立派なガーメントバッグを運んできた。
中に入っていたのは、漆黒の美しいスーツだった。
「私の息のかかった職人に仕立てさせた、特注の『防刃・耐熱・魔力減衰仕様』の戦闘用スーツよ。……あなたの異常な筋肉の膨張にも耐えられるように、特殊なストレッチ素材に【自己修復機能】を付与してあるわ。もう二度と、パンイチになんてさせないから」
「……恩に着る」
俺はスーツを受け取り、深く一礼した。
妹を救うため、一介の事務員だった俺が、裏社会の力を借り、規格外のステータスを武器に、ついに神話の化身に挑む。
「行くぞ、エク子」
「はい、マスター! 目標、Aランク最深部『蒼竜』! これより、最終決戦のカウントダウンを開始します!」
俺は漆黒のスーツに袖を通し、深層の鍵と査察官のパスを胸ポケットに忍ばせた。
すべては、美桜の命を繋ぎ、あの陰湿な毒蛇――左京玄弥の思惑を完全に叩き潰すために。
究極の脳筋による、最大の 理不尽(ジャイアントキリング) が幕を開けようとしていた。
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特級エリクサー(蒼竜からの強奪)投与リミットまで:あと13日