作品タイトル不明
旧友の背中、届かぬ頂(おまけ)
まどかから受け取った、漆黒の戦闘用特注スーツ。
それは、数千万、もしかしたら数億の価値がある最先端の魔導工学の粋を集めた代物だった。
「防刃、耐熱、魔力減衰……さらに自己修復機能付きか。よし、これなら蒼竜のブレスにも、俺のパンイチ化現象にも対応できるはずだ」
俺は意気揚々とそのスーツに身を包んだ。
鏡に映る自分は、まるでハリウッドの特殊部隊か、伝説の暗殺者のような風格を漂わせている。
ジャージ姿の「不審なおっさん」はもうどこにもいない。
「…よし、まずはこのスーツの性能テストを兼ねて、手近なCランクダンジョンで準備運動といこうか」
俺は新宿の片隅にあるCランクダンジョンへと足を踏み入れた。
かつてなら命懸けだった場所だが、今の俺にとっては近所の公園を散歩するようなものだ。
「さあ来い、バケモノども。今の俺は一味違うぞ」
茂みの奥から、十数体のオークの群れが現れた。
俺はニヤリと笑い、地面を蹴った。……はずだった。
「……あれ?」
体が重い。
いつもなら一歩で十メートル移動するはずの脚が、まるで泥沼にハマっているかのように動かない。
「マ、マスター!! 大変です! システムに重大なエラーが発生しました!」
脳内でエク子が悲鳴を上げる。
「なんだ、どうした!? 敵の攻撃か!?」
「違います! そのまどかさんからもらった高級スーツ、機能が盛りだくさんすぎて、マスターの『例外システム(エクセプション・システム)』と致命的な論理干渉を起こしています!」
「なんだと!?」
「このスーツに搭載された『魔力減衰機能』と『防護術式』が、マスターの異常なステータスを『不正な魔力反応』と認識! 強制的に全スキルを一時封印し、マスターの肉体を『本来の35歳事務員のスペック』まで下方修正しています!!」
「……は?」
その瞬間、オークの振り下ろしたボロボロの棍棒が、俺の頭を直撃した。
「痛っ……痛てえええええええええッ!!」
いつもなら弾き返すはずの攻撃が、ダイレクトに脳天を揺らす。
頭に響く衝撃、皮膚を裂く痛み。
俺は文字通り、ただの「運動不足のおっさん(生身)」に戻っていた。
「待て、待て待て! タイムだ! コンプラ的に問題あるだろこれ!!」
俺は必死に手を振るが、言葉の通じないオークたちが容赦なく棍棒を振り上げる。
「マスター! 今のマスターの耐久力では、あと一発食らえば『死亡』確定です! 早くスーツを脱いでください! 脱げばシステムが復旧します!!」
「この複雑なベルトやバックルの山を、この状況で脱げってか!? クソッ、誰だこんなに多機能にしたのは!!」
俺は必死の形相でオークの股下を潜り抜け、転がるように森の中を逃げ回った。
背後からは「グギャギャ!」と、格下の魔物たちが楽しそうに俺を追いかけてくる。
「ハァッ、ハァッ……死ぬ、本当に死ぬ……っ! クソっ、Cランクごときに殺されるなんて……っ!」
俺は涙目でスーツのボタンを千切り飛ばしながら、命懸けでゲートへと這い出した。
出口付近で、俺は全裸一歩手前でスーツを脱ぎ捨てた。
『――条件解除。システムを再起動します』
『――【筋力】【耐久】【敏捷】が正常な値に復旧しました』
その瞬間、体に爆発的な力が戻る。
「コンチクショー!!」
俺は振り返りもせず、追いかけてきたオークを一発の裏拳で塵に分解した。
◆
数時間後。新宿の『黒犬』事務所。
俺は、いつもの「上下1980円のドドンキのジャージ」を着て、ソファで項垂れていた。
テーブルの上には、無残に脱ぎ捨てられた数億円の高級スーツが転がっている。
「……ねえ、何があったのよ。せっかく用意してあげたのに」
まどかが呆れ果てたように俺を見る。
「…まどか。その…ありがたかったんだが、どうやら俺にはその『高級品』は贅沢すぎたらしい」
俺は遠い目で、窓の外のネオンを見つめた。
「俺の筋肉は、どうやら最新の魔導テクノロジーすら拒絶するらしいんだ。
……悪いが、この1980円が俺にとっての『最強の正装』なんだよ」
「……あんた、本当に一生パンイチの呪いから逃げられないのね」
まどかの深い溜息が、事務所に響いた。
知力20、そして「例外」の力を持つ男。
俺は、再びボロボロのジャージを相棒に、自力で蒼竜のを殴り殺すための特訓を再開することを決意した。
俺の戦いは、相変わらず安っぽく、そして最高にハードモードなままだった。