軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

百億の絶望と小さな希望

新宿の『黒犬』事務所。

まどかの外出護衛の打ち合わせを終えた俺は、以前から気になっていた「あのアイテム」について、裏社会の令嬢である彼女に尋ねてみることにした。

「……まどか。あんたの持つ独自のルートで、『特級エリクサー』を手に入れることは可能か?」

その単語を出した瞬間、まどかは淹れたてのコーヒーが入ったカップをピタリと止め、呆れたような目を俺に向けた。

「特級エリクサー? ……また、とんでもないものを探しているのね。あらゆる致死の病や呪いを解き、肉体の欠損すら瞬時に復元する『神の奇跡』。妹さんの根本的な治療にはそれが必要、ということね?」

「ああ。いくら積めば手に入る?」

俺の問いに、まどかはゆっくりとカップをソーサーに置き、重々しく首を振った。

「無理よ。特級エリクサーは通常の市場には絶対に出回らない。国家レベルで厳重に管理・秘匿されている代物だからね」

「じゃあ、裏のオークションならどうだ?」

「ええ、裏のオークションになら、年に数回だけ出品されることがあるわ。……でもね、結城誠。直近の落札額がいくらか知っている?」

「……いくらだ」

まどかは、冷酷な現実を突きつけるように、はっきりと告げた。

「最低でも『100億円』を下らないわ」

「……は?」

俺の思考が、一瞬完全にフリーズした。

ひゃく、おく……?

「100億……? 1億じゃなくてか?」

「ええ、100億よ。国家予算を動かせるレベルの超大富豪か、多国籍企業のトップでもなければ手が出せないわ。個人の冒険者や、ましてやウチのような資金力でも、ポンと出せる金額じゃない」

絶望が、冷たい泥のように胃の底へ沈み込んでいくのを感じた。

100億。

期限まで、あと19日。

俺が血反吐を吐いて稼ごうとしている一億円は、あくまで「治癒魔法使いたちに払うための命の維持費」に過ぎなかったのだ。

本当のゴールは、その百倍の距離にあった。

どれだけ効率よくBランクの魔物を狩ろうと、どれだけまどかから高額な護衛依頼を受けようと、絶対に届かない数字だ。桁が違いすぎる。

「…………っ」

俺はギリッと奥歯を噛み締め、事務所のソファに深く沈み込んだ。

一億さえ稼げば助かると思っていた俺の希望は、無慈悲な現実の前に粉々に打ち砕かれた。

(マスター……)

俺の絶望を察知したのか、脳内に直接、エク子の声が響いた。いつもより少しだけ真剣なトーンだ。

(マスター。……『100億で買う』のが不可能なら、いつものように『獲る』しかありません)

(……獲るって、特級エリクサーをか? だが、どこにあるかも分からない代物を――)

(分かります! 先ほど、ギルドの極秘データベースの深層まで潜って、特級エリクサーの『 産出元(ドロップソース) 』を特定しました!)

俺の網膜に、エク子がホログラムの画像を展開する。

そこに映し出されたのは、蒼い鱗に覆われ、巨大な翼と鋭い牙を持つ、圧倒的な『暴力の象徴』だった。

(特級エリクサーは宝箱から出るものではありません。特定の魔物の体内、その魔力核の奥底に極稀に生成されるものです。……Aランクダンジョン最深部、エリアボス。――【 蒼竜(ブルードラゴン) 】です)

ドラゴン。

すべての魔物の頂点に君臨する、神話の化身。

先日の『リビングアーマー・ジェネラル』がBランク上位。

だが、Aランクの、しかも竜種となれば、その戦闘力は次元が違う。

国家が軍隊を動員しても討伐出来ない天災そのものだ。

(特級エリクサーは、この竜を討伐した際に、コンマ数パーセントの確率でドロップする至高の戦利品です!)

「……なるほどな」

俺は、ゆっくりと顔を上げた。

絶望で冷え切っていた血液が、今度はドス黒い炎となって全身を駆け巡るのを感じた。

「どうしたの? 急に怖い顔をして」

「いや。……100億は無理だが、トカゲを一匹殺すだけなら、俺にもできそうだと思ってな」

俺の言葉に、まどかが「え?」と素っ頓狂な声を上げたが、俺は構わず立ち上がった。

(マスター、本気ですか!? 今のマスターのステータスでは、蒼竜のブレスを一発喰らえば消し炭になります! 知力20の弱点も抱えたままですよ!?)

(分かってる。だが、俺の【存在強奪】なら、コンマ数パーセントのドロップ率も関係ない。倒せば100%、エリクサーを引き抜ける)

俺は、自らの拳を強く握りしめた。

ミシミシと、常人を遥かに超えた筋肉が軋む音がする。

(なら、それまでに強くなるだけだ。Bランクだろうが、なんだろうが、目につく魔物を片っ端から殴り殺して、ステータスを限界まで引き上げる。……竜の鱗ごとぶち抜ける、究極の脳筋になってやるよ)

もはや、立ち止まっている暇はない。

迷う時間も、絶望に浸る時間も惜しい。

「まどか。護衛の仕事がない時は、ダンジョンに潜らせてもらう。……買い取りの準備、しっかり頼むぞ」

「え、ええ……。それは構わないけれど……」

呆気にとられるまどかを事務所に残し、俺は新宿の街へと歩き出した。

待ってろ、美桜。絶対に、俺がお前を助け出す。

100億の絶望を前にして、俺はAランクの頂点――蒼竜を『素手で殴り殺す』という、狂気にも等しい決意を固めたのだった。

現在の所持金:19,575,020円

妹の治療費(治癒魔法維持費)まで:あと55,424,980円

特級エリクサー(蒼竜からの強奪)投与リミットまで:あと19日