軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

金の匂い、忍び寄る毒蛇

病院の静かな受付ロビー。

俺は、いつものように窓口の端末にブラックカードを通し、美桜の治癒魔法術式の追加維持費として『100万円』を振り込んだ。

「結城様、いつもありがとうございます。美桜さんのバイタルは、高位魔法のおかげで非常に安定しておりますよ」

「……そうですか。引き続き、よろしくお願いします」

窓口の職員に短く頭を下げ、俺は病院を後にした。

口座残高は目減りしていくが、妹の命が繋がっている確かな実感がある。

今はただ、この命の猶予期間内に『特級エリクサー』を手に入れるための準備を急ぐだけだ。

病院を出て、最寄り駅へと向かう帰宅途中のことだった。

まどかの手配してくれた漆黒の高級送迎車から降りて、安アパートへと続く路地に入ろうとした瞬間――

「あら。誰かと思ったら誠じゃない。まだ生きてたの?」

背後から、ひどく甲高く、そして聞き覚えのある耳障りな声が響いた。

振り返ると、そこには派手なメイクにブランド物のバッグを提げた女――元カノの『リナ』が立っていた。

俺に見切りをつけ、Cランク冒険者の剛田に乗り換えて、一方的に俺を捨てた女だ。

「ちょっと、今の超高級車何? あんたみたいな適性なしのゴミが乗っていい車じゃないでしょ。……もしかして、どこかの金持ちのパトロンでも見つけたの?」

リナの目は、俺が着ている1980円の無地スウェットには一切向けられていなかった。

そのギラギラとした瞳が捉えていたのは、角を曲がって見えなくなった高級車の残像と、俺から漂う『金の匂い』だけだ。

「……お前には関係ない。そこを退け」

「冷たいこと言わないでよ。ねえ、お金持ってるなら、私が前から欲しがってたブランドのバッグ、買ってくれない?

誠が誠意を見せるなら、また付き合ってあげてもいいわよ?」

見え透いた打算と、相変わらずの傲慢な態度。かつては彼女に尽くしていた俺だが、今の俺にとってこの女は、路傍の石以下の存在だった。

怒りすら湧かない。

ただ、ひたすらに『無関心』だ。

「……」

「な、なによその目は」

俺が感情の籠もらない冷ややかな視線を向けると、リナはビクッと肩を震わせて一歩後ずさった。

無意識のうちに、俺のステータスから発せられる威圧感が漏れていたのかもしれない。

「俺は今、お前みたいな女のくだらない遊びに付き合っている暇はない。

……二度と俺の前に現れるな」

俺はそれだけを言い捨てて、背を向けた。

直後、リナのヒステリックな罵声が裏路地に響き渡った。

「な、なによその態度!! ちょっと金回り良くなったからって調子に乗らないでよね! どうせ裏のヤバい仕事でしょ! いっつも地味でつまらない男のくせに!」

喚き散らす声を背に、俺は一度も振り返らずに歩き続けた。

「……あーあ、最悪! 誠のやつ、絶対に痛い目見せてやる……!」

リナは腹立ち紛れに地面をヒールで蹴りつけた。

「剛田くんも、最近ダンジョンで何かにビビったみたいで、すっかり大人しくなっちゃってつまんないし! 金払いも悪くなるし、どいつもこいつも甲斐性なしのクズばっかり!!」

彼女が乗り換えた剛田は、以前のダンジョンで俺の理不尽な暴力を目の当たりにして以来、すっかり心が折れてしまったのだろう。自業自得だ。

「――おやおや。美しい顔が台無しですよ、お嬢さん」

ふいに。

路地の暗がりから、ひどく静かで、温度を感じさせない声が落ちてきた。

リナが驚いて振り向くと、そこには銀縁の眼鏡をかけ、仕立ての良い黒スーツを着こなした男が、柔和な笑みを浮かべて立っていた。

「……え? だ、誰よ、あなた」

「申し訳ありません、立ち聞きするつもりはなかったのですが……。先ほどの結城誠という男、私も少々『因縁』がありましてね」

左京玄弥だった。

彼は音もなくリナに歩み寄ると、その美しい指先で、スッと一枚の純白の名刺を差し出した。

「どうやら、あなたも彼に酷い扱いを受けたご様子。……もしよろしければ、私と少しお茶でもいかがですか? 彼に一泡吹かせるための、とても『有益な相談』ができると思うのですが」

玄弥の放つ、危険だが抗いがたいエリートの魅力と、甘い言葉。

剛田に愛想を尽かし、俺にも袖にされたリナにとって、それはまさに渡りに船だった。

「……えっ。あ、はい! ぜひ……!」

リナが頬を染めて名刺を受け取るのを確認し、玄弥の眼鏡の奥の瞳が、泥沼のようにドス黒く濁った。

(……結城誠。お前はただの脳筋かと思えば、妙に鼻が利く。まどかを潰すためには、まずお前から『大事なもの』を奪い、精神的に追い詰める必要がある)

玄弥は、リナという『愚かで扱いやすい駒』を手に入れた。

この強欲な女を利用すれば、結城誠の弱点――あの病院で眠る妹に辿り着くのも時間の問題だ。

「さあ、行きましょうか。……あなたには、素晴らしい役割を用意させていただきますよ」

毒蛇が、静かに鎌首をもたげる。

新宿の冷たいネオンの下で、まどかと俺を地獄へ引きずり下ろすための、玄弥の陰湿な罠が本格的に動き出そうとしていた。

現在の所持金:19,575,020円(※追加医療費100万円支払い後)

妹の治療費まで:あと55,424,980円

特級エリクサー投与リミットまで:あと19日