作品タイトル不明
音速の不審者、AI娘
「……さあ、帰ろうか。明日は、いよいよ『黒犬』の本家へ乗り込むぞ」
Bランク魔物を粉砕した俺は、圧倒的な強者のオーラを漂わせながら、堂々とダンジョンの出口に向かって歩き出した。
マグマの河を越え、転移陣が見えてきたあたりで、ふと下半身にスースーとした妙な涼しさを感じた。
「マスター……あの、さっきからずっと言い出しにくかったんですけど」
「なんだ、エク子」
「上半身のジャージが燃えたって言ってましたけど……ズボンの方も、さっきの衝撃波と熱でとっくに消し炭になってますよ」
「……は?」
俺は恐る恐る下を向いた。
赤い鱗をぶち抜いた圧倒的な一撃。その余波で、安物のスポーツジャージは上下ともに見事に消滅し、残っているのは奇跡的に燃え残った『トランクス一丁』のみだった。
つまり俺は、全身ススだらけのパンイチ姿で、ドヤ顔をしながら意気揚々と凱旋行進をしていたわけだ。
「な、なんで早く言わないんだッ!?」
「だって、マスターがあまりにも『俺TUEEE!』って感じでカッコよく浸ってたから、水を差すのも悪いかなって……」
「気遣う場所が違うだろうが!!」
このまま正面ゲートを出れば、厳重な警備を敷いているギルド職員や自衛隊員たちの真ん中に、ススだらけのパンイチ中年が飛び出すことになる。
大事件だ。良くて公然わいせつ罪で逮捕、悪ければ新種の変態魔物として射殺されかねない。
「くそっ、見つからずに抜けるしかない……!」
俺は【気配察知】を全開にし、ゲート周辺の警備員たちの視線が外れた一瞬の隙を突いた。
ダンッ!!
地面を蹴る。今俺は音速を超えた。
「……ん? おい、今ゲートから何か出なかったか?」
「えっ? 何も見えなかったぞ。ただの風だろ」
「いや、なんか……ススまみれの変態パンイチ男の残像が、マッハで駆け抜けていったような……」
「お前、疲れてるんだよ。休憩してこい」
背後で警備員たちのそんな間抜けなやり取りが聞こえたが、俺は振り返ることなく、光の速さで新宿の裏路地へと消えたのだった。
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「……危うく社会的に存在を 消去(デリート) されるところだった」
無事にボロアパートへ帰還し、古いスウェットに着替えた俺は、安堵の深い溜息をついた。
ともあれ、これでBランクの素材は手に入った。明日の幹部会に乗り込む前に、現在の能力を正確に把握しておく必要がある。
「エク子、ステータスをもう一度出してくれ。じっくり確認したい」
「了解です! パンイチの変態マスター!」
「一言多いぞ」
空中に展開されたホログラムを眺める。
HPや筋力、耐久、敏捷は文句のつけようがない。Bランクの暴力の結晶だ。
だが、俺は一番下の方にある、ある一つの項目を見て顔をしかめた。
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【筋力】980
【耐久】850
【敏捷】480
【知力】20(+0)
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「……なぁ、エク子。この【知力:20】って初期値からピクリとも動いてない気がするんだが」
「あー、それですね! 知力は主に『魔法使い系の魔物』や『高度な知能を持つ魔物』から存在を強奪しないと上がらないんですよ。
マスターが今まで殴ってきたのって、ゴブリンとかオークとか熊とかトカゲとか、野生の直感で生きてるヤツらばっかりじゃないですか」
「確かに、魔法使いらしい魔法使いとは戦ってないな」
俺は元・協会事務員だ。デスクワークで培った頭脳にはそこそこ自信があったのだが、ステータス上は完全に物理特化になっている。
「つまり、俺は完全な『脳筋』ってことか…」
「き、気にすることありませんよ! 知力が低くても、魔法を使わないマスターには影響ありません! 逆に言えば、どんな理不尽な知略や魔法の罠を仕掛けられても、全部『圧倒的な暴力』でぶち壊せば解決するってことです!」
エク子が小さなホログラムの拳をブンブンと振り回しながら、やけに好戦的なことを言う。
「……お前、サポートAIのくせに最近やたらと『とりあえず殴りましょう!』って物騒なアドバイスばかりしてないか?」
「はっ!? そ、それは……」
エク子はハッとして自分の口を両手で塞いだ後、気まずそうに視線を泳がせた。
「……実は、私というサポートAIの 性格(アルゴリズム) は、マスターのステータス比率に少なからず影響を受ける仕様でして……」
「なんだって?」
「だからその……マスターの【筋力】が限界突破してて、【知力】が底辺のままだから……私の思考回路も、だんだん『暴力こそが最高の 論理(ロジック) !』みたいな脳筋仕様に引っ張られてるみたいで……」
「お前までポンコツ脳筋になってどうするんだよ!」
俺は頭を抱えた。
どうりでAIのくせに緻密な作戦を提案してこないわけだ。
「も、問題ありませんマスター! 明日の本家幹部会で嫌な奴がいたら、顔面を殴って物理的に黙らせましょう! それが一番早いです!」
「……お前にはもう交渉のサポートは頼まん」
ため息をつきながらも、俺はインベントリの中にある『炎王蜴の紅蓮核』の熱を感じていた。
ステータスは脳筋でも構わない。頭を使うのは、元事務員だった『俺自身』の役目だ。
手札は揃った。明日は、裏社会のトップ連中を相手に、知恵と、そして圧倒的な暴力のチラつかせ合いによる大博打を打ってやる。