作品タイトル不明
特訓、成果
数日ぶりに足を踏み入れたBランクダンジョン『焦熱の地下渓谷』。
前回は転移陣を抜けた瞬間に息苦しさと肌を焼くような熱気に襲われたが、今の俺にとってこの空間は、少し温度の高いサウナ程度にしか感じられなかった。
「マスター、どうですか!? 環境ダメージの警告アラートがほとんど鳴っていませんよ!」
「ああ、驚くほど快適だ。空気が肺を焼く感覚もないし、皮膚がヒリヒリすることもない」
獲得した【熱耐性 Lv3】と、耐久体によってこの過酷な環境のペナルティを完全に相殺していた。
「よし、探しに行くぞ。あの赤いトカゲを」
俺は迷いなく、マグマの河が流れる渓谷の奥へと足を進めた。
そして、渓谷の中腹にある開けた溶岩地帯。マグマ溜まりの 畔(ほとり) で、奴は俺を待っていたかのように巨体を横たえていた。
『グルルルルルルルッ……』
Bランク魔物、クリムゾン・サラマンダー。
俺の気配に気づいた奴が、燃え盛るたてがみを逆立ててゆっくりと立ち上がる。その縦に割れた爬虫類の瞳が、数日前に自分から逃げ出した「弱者」をはっきりと認識した。
『ギャァァァァッ!!』
先制攻撃。奴は大きく口を開き、前回俺を退かせた高圧縮の 火炎球(ファイアブレス) を放ってきた。
ドス黒い炎の塊が、空気を焼き焦がしながら一直線に迫る。
「……マスター! 避けないんですか!?」
エク子が叫ぶが、俺は一歩も動かなかった。
ドォォォォンッ!!
爆発音と共に、俺の身体は猛火に飲み込まれた。
炎の渦が晴れた後――そこには、ジャージの上半身を綺麗に燃やし尽くされ、上半身裸になった俺が立っていた。
「……ジャージは燃えちまったか。だが」
俺の肉体には、水膨れ一つ、火傷の痕一つついていなかった。
【熱耐性】で炎のダメージを減衰させ、残った衝撃を上限まで鍛え上げた鋼のような肉体で完全に弾き返したのだ。
『……ギ、ギャ?』
必殺のブレスを無傷で耐えられたことに、サラマンダーが明らかな動揺を見せる。
「前回は、ずいぶんと熱いおもてなしをしてくれたな。……今度はこっちの番だ」
ダンッ!!
俺が地面を蹴った瞬間、足元の赤茶けた岩盤がクレーターのように陥没した。
【敏捷:420】が叩き出す、瞬間移動のような踏み込み。サラマンダーが次の行動に移るより早く、俺は奴の懐――熱を持つ赤い鱗の真正面に潜り込んでいた。
『ギシャァァッ!?』
奴が慌てて巨大な尻尾を振り回そうとするが、遅い。
「硬い鱗ごと、貫くッ!」
俺は右拳を限界まで引き絞り、捻りを加えながら、サラマンダーの横腹に向かって真っ向から叩き込んだ。
【筋力:780】。
Aランクの重戦士すら凌駕する、理不尽なまでの暴力の塊。
ゴギャァァァァァァンッッ!!
分厚い装甲鉄板を大砲で撃ち抜いたような轟音が響き渡る。
前回は火傷を負わされた赤い鱗が、まるで薄いガラス細工のように粉々に砕け散った。俺の拳は止まることなく鱗の下の肉を突き破り、内臓を潰し、反対側の鱗を突き破って貫通した。
『――――ッ!!?』
声にならない悲鳴。
全長四メートルの巨体が、一撃で「く」の字に折れ曲がり、マグマの河の手前まで数十メートルも吹き飛んで沈黙した。
『――条件達成。【存在強奪】が発動します』
システム音が脳内に響く。
貫かれたサラマンダーの巨体が砂嵐のノイズに包まれ、ダンジョンから完全に『消去』された。
直後、これまで経験したことのないほどの莫大なエネルギーが、俺の細胞の隅々にまで強引に叩き込まれた。
「ぐっ……おおおおっ……!!」
Cランクの時とは桁違いの力の奔流。上限に阻まれていた「器」がメキメキと音を立てて拡張され、強奪した力がさらに肉体を別次元へと引き上げていく。
「や、やりましたマスター!! Bランク魔物の初回ボーナス強奪です!!」
エク子が興奮のあまり空中でスピンしながら、ステータス画面を展開した。
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【名前】結城 誠(35)
【Lv】28(↑UP)
【HP】1200(+350)
【筋力】980(+200)(Cランク上限突破)
【耐久】850(+200)(Cランク上限突破)
【敏捷】480(+60)(Cランク上限突破)
【獲得スキル】
【火炎耐性 Lv1】(熱耐性が進化)
【竜鱗装甲 Lv1】(NEW)
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「筋力が1000目前……! それに、耐性スキルが進化して、新しい防御スキルまで手に入ったぞ」
「はい! 【竜鱗装甲】は、魔力を消費せずに皮膚を一時的に竜の鱗並みに硬化させる反則級の防御スキルです! これで丸腰縛りのデメリットもほぼ無くなりましたよ!」
俺は自分の掌を見つめ、軽く握り込んでみた。
みなぎる力。今なら、あの剛田の持っていた大剣すら、指二本でへし折れる確信がある。
「マスター、本命はこっちです! Bランクの初回確定ドロップ、とんでもないものを引っ張り出しましたよ!」
インベントリを開くと、そこには赤く脈打つ宝石のような結晶体が収まっていた。
【 炎王蜴(えんおうとかげ) の紅蓮核】
(超特級レアドロップ。強大な火属性の魔力を内包する心臓部。極めて純度が高く、最高位の武具や錬金術の触媒として取引される)
「……これは、すごいな。ただの魔石じゃない。持っているだけで周りの空気が熱を帯びるほどの魔力が詰まってる」
「裏市場の相場で言えば、安く見積もっても『数千万円』は下らない超一級品です! これ以上の手土産はありませんよ!」
俺は紅蓮核を慎重にインベントリの奥深くへとしまい込んだ。
これで準備は整った。
圧倒的な力と、交渉のための最高の手札。
「……さあ、帰ろうか。明日は、いよいよ『黒犬』の本家へ乗り込む番だ」
俺は服装など気にせず、堂々とBランクダンジョンの出口へと向かって歩き出した。
一億円という果てしない目標が、今、はっきりと手の届く距離に見え始めていた。