軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

特訓の成果2

箱根の山奥にひっそりと口を開けるA-ランクダンジョン【獄炎の地下神殿】。

その名の通り、内部は常に灼熱のマグマが流れ、空気そのものが肺を焼くほどに熱い過酷な環境だ。

現在、その地下五階層において、一つの精鋭冒険者パーティーが絶体絶命の危機に瀕していた。

「キャァァァッ!!」

熱風が吹き荒れる広間で、一人の少女が悲鳴を上げて尻餅をついた。

彼女の名前は、 日向(ひなた) ヒナ。

若干十七歳にしてAランクへの昇格を果たした『史上最年少のAランク冒険者』であり、同時にチャンネル登録者数数百万超えを誇る超大物ダンジョン配信者だ。

今日は、ベテランのAランクパーティー『紅蓮の流星』の三人とコラボし、A-ランクダンジョンを探索するという大型企画の生配信中だった。

……だというのに。

「グォォォォォォンッ!!」

ヒナたちの目の前に立ちはだかっていたのは、本来この浅い階層にいるはずのない『イレギュラー個体』。

A+ランク相当の力を持つとされる大柄な悪魔――【獄炎のミノタウロス】だった。

「嘘、でしょ……。なんで、たかだか地下五階層なんかに、A+のイレギュラーが……!」

ヒナは絶望に顔を歪めながら、周囲を見渡した。

彼女を護衛し、共に戦っていたAランクのベテラン前衛三人は、すでに全身を焼かれ、重傷を負って壁際に倒れ伏している。

パーティの要であった重装タンクの男の巨大なミスリルシールドは、ミノタウロスの持つ灼熱の戦斧の一撃で、紙くずのように真っ二つに割られていた。

天才と呼ばれるヒナの魔法ですら、この格上の化け物の分厚い皮膚には傷一つ付けられなかった。

ヒナの胸元に付けられた小型のドローンカメラが、この惨状をリアルタイムで日本中に配信し続けている。

視界の端に浮かぶ配信のコメント欄は、かつてない速度で滝のように流れていた。

『おいおいおい、嘘だろ!? あの紅蓮の流星が全滅したぞ!?』

『5階層でA+のイレギュラーなんて聞いてねえよ! 早く逃げろヒナちゃん!』

『逃げられるわけないだろ! 出口はあいつの後ろだぞ!』

『最年少Aランクの天才でも、イレギュラー相手じゃ無理だ! ギルドに救援要請は!?』

『間に合うわけねえ! ああ……終わった』

視聴者たちの絶望のコメントが、ヒナの心をさらに折っていく。

(死ぬ……私、ここで死ぬんだ……)

「ブシャァァッ!」

獄炎のミノタウロスが鼻から高温の蒸気を吹き出し、尻餅をつくヒナめがけて、その巨大な戦斧を高く振り上げた。

斧の刃から滴るマグマが、地面をジュウジュウと溶かしていく。

ヒナは恐怖で立ち上がることもできず、ただ両腕で頭を庇い、ギュッと目を閉じた。

(……お母さん、ごめんなさい……!)

――しかし。

いつまで経っても、彼女の身体を両断するはずの灼熱の刃は振り下ろされなかった。

「……あのさぁ」

不意に、ヒナのすぐ頭上から、妙に気怠げな、そしてこの死地には全く似つかわしくない男の声が聞こえた。

「通路の真ん中でデカい斧振り回すの、やめてくれない? 俺、ちょっと急いでるんだけど」

「……え?」

ヒナが恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。

振り下ろされようとしていたA+ランク魔物の巨大な戦斧。その極太の柄を泥でドロドロに汚れた『ジャージ姿の男』が、片手でひょいっと掴んで止めていたのだ。

「グォ……!?」

獄炎のミノタウロスが驚愕し、斧を引き抜こうと巨大な腕の筋肉を隆起させる。

だが、ジャージの男は欠伸を噛み殺しながら、ビクとも動かない。

「な、なに……この人……?」

ヒナは呆然と呟いた。

Aランクの重装騎士ですら一撃で粉砕された斧を、防具すら着ていない素手の男が止めている。しかも、男のジャージは所々が破れており、足元なんてボロボロのスニーカーだ。

配信のコメント欄も、突然の乱入者に大混乱に陥っていた。

『え!? 誰!?』

『斧止めたぞ!? しかも片手で!?』

『おいおい、あいつの服、ドロドロだぞ……どこから湧いて出た?』

『いや待て、あいつ防具つけてないぞ! 魔法のバリアか!?』

「あー、そうだ」

男――結城誠は、斧の柄を掴んだまま、自分の脳内に向かって何かを確認するようにブツブツと呟いた。

「こいつって、まだ倒したことない未知の魔物だよな? じゃあ、わざわざ一時強奪バフを使わなくても、さっさと倒して『初回討伐の10%』を貰った方が早いってことか」

『ええ、マスター。その認識で間違いありません。ただのA+ランクです。

疾風狼で基礎ステータスを三倍に引き上げた今のマスターなら、基礎能力だけで圧倒可能です』

「よっし。じゃあ、サクッと終わらせるか。……おい牛野郎、その斧、邪魔だ」

誠はそう言うと、斧を掴んでいた右手にグッと力を込めた。

メキリッ……パァァァンッ!!

「……えっ?」

ヒナの口から、間の抜けた声が漏れた。

A+ランクの魔物が振るう、ミスリル以上の硬度を持つはずの巨大戦斧が。

男の素手の握力だけで、まるでガラス細工のように粉々に砕け散ったのだ。

「ブギモォォォォッ!?」

武器を破壊されたミノタウロスが激怒し、拳に獄炎を纏わせて誠めがけて突進してきた。

「危ないっ!!」

ヒナが叫ぶ。

いくら握力が異常でも、あんな灼熱の拳をまともに食らえば、生身の人間など一瞬で炭と化す。

だが、男は一歩も引かなかった。

いや、引くどころか、迫り来る獄炎の拳に向かって、自らステップを踏んで飛び込んだのだ。

『マスター! 左下へダッキング!』

「シィッ!」

ヒュンッ!

炎を纏った丸太のような腕が、男の顔のわずか数ミリ横を通過する。

ジャージのフードが炎の熱で微かに焦げるが、男の肌にはかすり傷一つ付いていない。コンマ一秒の、完全回避。

「もらったァッ!」

男はダッキングの勢いをそのまま反転させ、無防備にがら空きとなったミノタウロスの巨大な鳩尾へ向けて、渾身の右アッパーを叩き込んだ。

ドゴォォォォォォォォンッ!!!!!

衝撃波で、周囲のマグマが嵐のように吹き飛ぶ。

A+ランクの巨躯が、まるでゴムボールのように天井高く弾き飛ばされる。

そして、強固な岩盤にめり込んだまま、二度と動かなくなった。

『……対象の討伐を確認。』

『初回討伐報酬! 獄炎のミノタウロスの基礎ステータスの【10%】を永久強奪しました!』

脳内で響くトラ子とエク子のアナウンスを聞きながら、誠は軽く拳の熱を息で吹き飛ばした。

「はぁ……A+ランクって言っても、今の俺の基礎ステータスならワンパンか。

あの峡谷で死にかけながら特訓した甲斐があったな」

男はポツリと呟くと、天井からボトボトと落ちてきたドロップアイテム――【獄炎の魔石(特大)】と【ミノタウロスの大角】を、どこからどう見ても見慣れた『黄色いビニール袋(ドドンキ袋)』へと無造作に放り込んだ。

「よし、テスト完了。これなら暗黒龍の攻撃も余裕で見切れそうだ。

……んじゃ、次は京都に向かうか」

誠はそう言い残すと、尻餅をついてポカンと口を開けているヒナや、気絶しているAランクの冒険者たちの横を通り過ぎ、来た道を振り返りもせずにスタスタと歩き去ってしまった。

「あ……えっと……」

ヒナは、助けてもらったお礼を言う暇すらなかった。

ただ、去っていく泥だらけのジャージの背中を、呆然と見送ることしかできなかった。

……そして。

この一部始終を、ドローンカメラを通じて目撃していた数百万人の視聴者たちのコメント欄は、一瞬の静寂の後、かつてないほどの爆発的な速度で大炎上を始めていた。

『は??????』

『え? 今の何????』

『A+のボスが、ワンパン……??』

『魔法使ってないよな!? スキルも光ってなかったぞ! ただの 物理(アッパー) だぞ!!』

『あいつ誰だ!? 日本にSランク冒険者なんて片手で数えるほどしかいないぞ!?』

『ドドンキの袋持ってたぞwwww』

『ドロドロのジャージでA+ボスをワンパンする素手の男wwwwヤバすぎるwwww』

『最年少Aランクのヒナちゃんが完全に空気になってるぞ!?』

『ヒナちゃん! 早くあいつを追いかけて!! 名前だけでも聞いてくれ!!』

コメントの滝が、画面を完全に埋め尽くす。

日向ヒナと精鋭パーティーの命を救った謎の男の映像は、この数分後には切り抜き動画としてSNSで爆発的に拡散され、日本中のギルドと冒険者界隈を根底から揺るがす特大のニュース(バズり)となる。

当の本人である結城誠は、自分が日本中で『ドドンキ袋のワンパン男』として伝説になりかけていることなど露知らず。

Sランク・暗黒龍を討伐するため、新幹線に乗って悠々と京都へ向かおうとしていたのだった。