軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 その頃巷では

『【放送事故】最年少Aランク・日向ヒナの絶体絶命に現れた謎の男!? A+ボスを素手でワンパン!!【ドドンキの袋】』

その切り抜き動画が動画投稿サイトにアップロードされてから、わずか数時間後のことだった。

再生回数は瞬く間に一千万回を突破し、日本中のSNSのトレンドは、この見ず知らずの男に関する話題で完全に独占されていた。

【SNSの反応】

『おい見たかよあの動画!? マジでフェイクじゃないのか!?』

『ヒナちゃんの生配信でリアルタイムで流れてたんだぞ! フェイクなわけあるか!』

『A+のミノタウロスの斧を片手で止めるとか、物理法則どうなってんだよ……』

『しかも防具なし、ただのジャージ!』

『最後のドドンキ袋で腹筋崩壊したwwww 日常の買い物のついでにA+ボス狩るなwwww』

『日本にSランク探索者って今三人しかいないけど、その中の誰かの変装か?』

『いや、Sランクの三人は全員魔法か固有スキル持ちだ。あんな完全なステータスゴリ押しのインファイターは聞いたことがない』

ネット上は、かつてないほどの熱狂と混乱の渦に包まれていた。

そんな中、匿名掲示板の『探索者特定スレッド』では、凄腕のネット特定班たちが血眼になって謎の男の正体を暴こうとしていた。

【特定班のやり取り】

『142:名無しの特定民

誰か、斧を止めた瞬間の画像を鮮明化できないか? 画質が荒くて顔の判別が難しいんだが』

『148:名無しの特定民

>>142 やったけど無理だった。

返り血と泥で顔半分がドロドロだ。

別に顔を隠してるわけじゃなさそうだが、絶妙に誰だか分からん』

『155:名無しの特定民

着てるジャージの特定完了。ドドンキで上下2980円で売ってる特売品だ。靴もただの安物スニーカー』

『160:名無しの特定民

ふざけんなwww 総装備費5000円以下でA+ダンジョン歩いてたのかよwww』

『172:名無しの特定民

探索者ギルドのデータベース、Bランク以上の前衛職で体格が一致する奴を片っ端から照合した。……結果、該当者ゼロ』

『180:名無しの特定民

該当なしってマジ? じゃあCランク以下か、もしくは無登録のモグリかよ……。

いや、CランクがA+ボスをワンパンとか物理的にあり得ねえだろ! ギルドは何やってんだ!』

特定班が分析すればするほど、男の異常性が浮き彫りになっていく。

魔法もスキルも使わず、特売品のジャージを着て、ドドンキの袋を下げた謎の男。

『ドドンキのワンパン男』というふざけた、しかし畏敬の念を込めた二つ名が、ネット上で急速に定着し始めていた。

一方、現実世界。

探索者ギルドの日本支部本部ビルでも、前代未聞の緊急会議が開かれていた。

「特定はまだか! 現場周辺の防犯カメラの映像は!?」

「ダメだった! カメラには、該当する人物は一切映っていなかった。

まるで突然現れて、そのまま消えたかのように……」

ギルドの幹部たちが、脂汗を流しながら怒号を飛び交わせている。

国家の戦力バランスすら揺るがしかねない未知の超実力者が、自分たちの想定外の場所に存在している。

それは組織にとって最大級の懸念事項だった。

会議室の隅では、当事者である日向ヒナが、ギルドの調査員に囲まれながら事情聴取を受けていた。

「日向さん。本当に、彼が名乗ったり、特徴的なスキルを使ったりするのを見ていないのだな?」

「はい……。本当に、ふらっと現れて、ミノタウロスをワンパンして、ドロップアイテムをドドンキの袋に入れて帰っていっただけだったんです……」

ヒナは、いまだに信じられないものを見たというような、熱を帯びた瞳で宙を見つめていた。

「でも、私……絶対に探し出してみせます。

私と『紅蓮の流星』の皆さんの命の恩人ですから」

天才少女の胸には、恐怖ではなく、未知なる強者への強烈な憧れと好奇心が火をつけていた。

そんな喧騒と熱狂に包まれる会議室の最奥。

上座にドカリと座る、探索者ギルド日本支部のギルドマスター、 片桐豪(かたぎり ごう) だけは、手元のタブレットで切り抜き動画を何度も、何度も無言でループ再生していた。

「ギルマス! どう思いますか!? この謎の男、もし他国の工作員や反社会組織の人間だった場合、我々の手には負えませんぞ!」

幹部の一人が血相を変えて詰め寄るが、片桐はそれには答えず、動画のある一点を拡大して食い入るように見つめていた。

顔ではない。

彼が見ていたのは安物のジャージと、あの袋だった。

(……いや、まさかな)

片桐の額から、一筋の冷や汗がツーッと流れ落ちた。

泥で顔は汚れているが、あの独特の猫背気味の姿勢、やる気のなさそうな立ち姿。

そして何より、あの2980円の特売ジャージ。

見覚えがある、などというレベルではない。

つい最近まで、会っていた。

アイツ、結城誠の特徴と完全に一致しているのだ。

(あー、あれだうん。)

片桐は、息を呑んだ。

宗一郎が目をかけていたとしても、最近Cランクになったばかりの男だったはずだ。

それが、A+のボスを素手で粉砕するだと? 一体、あの短い期間に何があったというのか。

(……だが、間違いない、結城だ)

もし、この『バケモノ』の正体が、元ギルド職員で過去に適性なしとして理不尽に切り捨てた事が世間に知れたら?

ギルドの面目は丸潰れになるどころか、組織の見る目の無さを露呈する大スキャンダルだった。

(……まぁ、それも時間の問題か)

「……ギルマス?」

沈黙を続ける片桐に、幹部が怪訝そうな声をかける。

「……いや。Bランク以上に該当者がいないのなら、Cランク以下のデータも徹底的に洗え。

だが、こちらから不用意に接触して敵対することは避けろ。……いいな?」

片桐は平静を装いながら低く命じたが、テーブルの下で握りしめた拳は、微かに、しかしハッキリと震えていた。

(結城、お前……一体何者になったんだ……)

ギルドマスターの片桐豪だけがその正体に気づき、冷や汗を流していることなど、周囲の誰も知る由はなかった。

そんな、日本中とギルドトップを震え上がらせている大騒動の中心人物、結城誠は。

「もぐもぐ……うん、やっぱり新幹線で食べる駅弁は最高だな」

東京発・京都行きの新幹線の自由席で、備え付けのテーブルに幕の内弁当を広げ、優雅に舌鼓を打っていた。

地下神殿から抜け出した後、彼は途中の駅のトイレでドロドロになったジャージを捨てて予備の服に着替え、そのまま新幹線に飛び乗ったのだった。

『マスター、お茶のおかわりいりますか?』

「ああ、頼むエク子。……って、現実世界じゃ飲めないだろ!」

『えへへ、気持ちだけ受け取ってください!』

脳内で能天気な会話を交わしながら、誠は窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めていた。

『……マスター、一つ報告を。

現在、SNSおよびギルドのネットワーク上で、マスターの存在が極めて高い危険度(注目度)で拡散されています。

動画投稿サイトの切り抜き動画は、すでに再生回数一千五百万回を突破しました』

トラ子が冷静な声で報告を入れてくる。

「へー、そりゃすげえな。まあ、ある程度ランクが上がるまでは隠したかったけど、バレたらバレたでしょうがない」

誠は、卵焼きを口に放り込みながらあっけらかんと言い放った。

『よろしいのですか? いずれ特定班やギルドに正体を割り出されますよ』

「まぁ、ギルドにはCランク冒険者としてちゃんと本名で登録してるからな。

本気で調べられればそのうちバレるだろ。

覚悟はしてるさ。

……いちいち騒がれるのは面倒だが、コソコソ逃げ回るつもりもない」

片桐がすでに正体に気づきかけていることなど知る由もなかったが、誠にとって世間の評価など、今はどうでもいいことだった。

『ふん。小者の人間どもが騒いでおるだけじゃ。強欲の宿主たるもの、いちいち周囲の喧騒など気にする必要はない。

それより、京都のトカゲをどう料理するかだけを考えておれ』

「分かってるよ、グリ子。……Sランクのエリアボス。俺の限界を試すには、最高の相手だ」

誠は弁当の箸を置き、自身の拳を軽く握りしめた。

日本中が「正体不明のバケモノ」の噂で持ちきりになっている中、そのバケモノ本人は、さらに上の「国家災厄級のトカゲ」を殴り倒すことだけを考えて、静かに闘志を燃やしていた。

目的地である京都駅までは、あとわずか。

第一部の最終決戦の地へ向け、新幹線は猛スピードで西へと向かっていたのだった。