軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

特訓の成果

巨大な石の扉を押し開けると、そこは荒れ狂う暴風が吹き荒れる、広大なドーム状の岩穴だった。

中心に鎮座していたのは、見上げるほどの巨体を持つ一匹の狼。

先ほどまで狩り続けていた 疾風狼(ゲイル・ウルフ) とは比べ物にならない。

青白い毛並みは風の魔力を帯びて発光し、呼吸をするだけで周囲の空気がカマイタチとなって岩肌を削り取っていた。

『マスター、エネミーの識別完了。B+ランクダンジョン『疾風狼の峡谷』エリアボス――【 嵐狼王(テンペスト・ウルフロード) 】です』

トラ子の声が、脳内に響く。

嵐狼王。ギルドの討伐記録によれば、Bランク以上の冒険者六名で構成されたフルパーティーが、周到な準備と魔法の連携を用いてようやく互角に持ち込めるレベルの強敵だった。

「ウォォォォォォォンッ!!」

嵐狼王が、侵入者たる俺を認識し、天を仰いで鼓膜を破らんばかりの咆哮を上げた。

直後、ボスの周囲から不可視の巨大な竜巻が三つ同時に発生し、岩盤を抉りながら俺めがけて猛スピードで迫ってくる。

触れれば一瞬でミンチにされる、暴風のミキサーの様なものだ。

「……シィッ」

深く息を吐き、姿勢を低くする。

『竜巻の軌道予測、完了。……マスター、右へ二歩、直後に前方へ跳躍!』

「応ッ!」

トラ子のナビゲートに従い、一切の無駄を省いた動きで右へステップを踏んだ。

ゴォォォォッ! と轟音を立てて、一つ目の竜巻がすぐ横を通り過ぎる。

その風圧に煽られるより早く、前方の空間、すなわち二つ目と三つ目の竜巻が交差するわずかな安全地帯めがけて跳躍した。

ヒュンッ!

風の刃がジャージの袖口を掠めるが、肉体には一切のダメージはない。

(……身体が軽い!)

空中で思わず笑みがこぼれた。

地獄の特訓で、約九千匹の疾風狼を狩り尽くした成果だった。

特訓前の俺なら、トラ子の予測があっても肉体が追いつかず、風圧で吹き飛ばされていただろう。

だが、基礎ステータスが三倍に跳ね上がった今の俺の肉体は、暴風の速度すらも凌駕していた。

「もらったァッ!」

竜巻をすり抜け、嵐狼王の懐へと潜り込んだ俺は、無防備なボスの腹部へ向けて、渾身の右アッパーを叩き込んだ。

ドゴォォォォンッ!!

「ギャウンッ!?」

B+ランクのボスの巨体が、たった一撃で数メートルも宙に浮いた。

『強奪成功! ボスのステータス1%を一時奪取! 制限時間一時間、カウント開始です!』

「よし!一発、次ィッ!」

落下してくるボスめがけて地面を蹴り、空中で嵐のような連続攻撃を叩き込む。

右フック、左ストレート、顎への膝蹴り、そして脳天への踵落とし。

『累計5%! 10%! 15%!……マスター、ボスの敏捷値が急速に低下しています!』

打撃が直撃するたびに、嵐狼王の纏っていた暴風のオーラが目に見えて弱まっていく。

逆に、奪った力をその身に宿した俺の拳は、一発ごとに重さと速さを増していった。

「ガ、グルルルルッ……!!」

着地した嵐狼王は、俺に対して明確な恐怖の目を向けていた。

自分の能力が、ただ殴られているだけで理不尽に吸い取られていくのだ。

ボスモンスターとしての本能が、目の前のジャージ姿の男を「絶対に近寄ってはいけないバケモノ」だと警鐘を鳴らしていた。

嵐狼王は距離を取ろうと大きく後退し、口元に巨大な風の魔力を圧縮し始めた。

起死回生の、広範囲ブレス攻撃。

『マスター! ボスの魔力収束を確認! 高威力の広範囲攻撃が来ます! ダメです、回避不可能です!』

トラ子が焦った声で警告を発する。

逃げ場のないドーム状の岩穴でそれを放たれれば、俺は確実に削り殺される。

「逃げ場がないなら、放たれる前に潰すだけだッ!!」

後退するどころか、さらに速度を上げて嵐狼王の正面へと一直線に突撃した。

『無茶じゃマスター! そのままではブレスの直撃を食らうぞ!』

グリ子の制止の声すらも置き去りにして。

「オオオオオオッ!!」

嵐狼王が、圧縮した暴風のブレスを吐き出そうと、巨大な顎を開いた瞬間。

俺はその下顎を、下からカチ上げるようにして、渾身の力を込めた掌底を叩き込んだ。

ガギィィィィィンッ!!!!

「ガ、ギェ……!?」

ボスの顎が強制的に閉じられ、口内で圧縮されていた暴風のブレスが行き場を失って暴発した。

ボンッ! という鈍い爆発音が体内で鳴り響き、嵐狼王の目と鼻から大量の血が噴き出す。

自爆のダメージで、ボスの巨体がグラリと揺らいだ。

「これで、終わりだッ!!」

崩れ落ちる嵐狼王の首筋に飛び乗り、両手を組んでハンマーのように振り上げ、その脳天めがけて全身全霊の力で振り下ろす。

嵐狼王の巨体はそのまま地面に叩きつけられ、クレーターを作り出し、そして二度と動かなくなった。

『……対象の生命活動、完全停止を確認。』

静まり返った岩穴の中で、トラ子の安堵に満ちた声が響き渡る。

『マスター……すごいです! B+ランクのエリアボスを相手に、 完全無傷(ノーダメージ) ! 一発の被弾もありませんでした!』

『やりましたね、マスター! パーフェクト・ゲームです!』

二人の祝福の声を聞きながら、ボスの死骸から飛び降りて荒い息を吐いた。

「ハァッ……ハァッ……。ああ、なんとかなったな」

『ふんっ、まあまあじゃな。口の中でブレスを暴発させるなど、相変わらず無茶苦茶な戦法じゃが……強欲の権能の使い方は、少しは板についてきたようじゃの』

グリ子も腕を組みながら満足げに頷いていた。

『初回討伐報酬、算出完了です。

嵐狼王の基礎ステータスの【10%】を永久強奪しました!

さらにドロップアイテムとして『嵐狼王の魔石(大)』、そして超レアアイテム【天翔ける嵐狼の靴】をドドンキの袋に収納しました!』

「靴、だと……?」

虚空に現れたアイテムの 詳細(ステータス) を確認する。

【天翔ける嵐狼の靴】……着用者の敏捷値を大きく底上げし、風の魔力を足元に纏うことで『空中での二段ジャンプ(空中歩行)』を可能にするアーティファクト。

「おおっ、空中ジャンプか! これがあれば、暗黒龍のブレスを空中で避けることも可能になるんじゃないか?」

機動力の底上げは、今の俺にとって喉から手が出るほど欲しい要素だった。

早速ドドンキ袋から青く輝く靴を取り出し、自分の足に履いてみようとした。

――だが、足を通したその瞬間。

「……え?」

ズゥゥンッ……!! と、身体が鉛のように重くなった。

先ほどまで全身に満ち溢れていた力が、まるで電源を落とされたかのように綺麗さっぱり消え失せ、立っていることすら辛いほどの虚脱感に襲われたのだ。

『あ、マスター!これって……』

『毎度の事ですが、『効果付きの装備』を身につけると干渉が起きて、マスターの全能力が消失してしまうんですよね……』

「うおっ、そうだった……ッ!」

慌てて『天翔ける嵐狼の靴』を蹴り脱ぐ。

すると、再びシュンッ! と俺の身体にバケモノじみた基礎ステータスが戻ってきた。

「ハァッ……ハァッ……。そうだった。

俺、効果付きの装備をつけると、ただの一般人に戻っちまうんだった……」

すっかり忘れていた致命的なハンデだった。

『くははははっ! いい気味じゃ、マスター!』

グリ子が腹を抱えて大笑いしている。

『強欲たるもの、アイテムなどの借り物の力に頼るでない! 空を飛びたくば、魔道具など使わずとも、己の脚力だけで空気を蹴り飛ばせるようになればよいのじゃ!』

「んな無茶苦茶な……。せっかくの超レアアイテムだったのに」

ため息をつきながら、高額で売れそうなその靴をすごすごとドドンキ袋の中へと突っ込んだ。

「結局、頼れるのはこの拳と、自分の肉体だけってことか」

苦笑しながら、血に濡れた自分の両手を見つめる。

どんなに強力なアイテムがドロップしようと、俺の装備は相変わらずボロボロのジャージとスニーカーに限定されるらしい。

『はい。ですが、マスターの基礎ステータスは確実に成長しています、蒼竜との戦いの時よりも。

暗黒龍に挑む前に、さらに上のランクの魔物でテストをしておきましょう』

『ここから南へ約百キロ。箱根の地下に広がるA-ランクダンジョン【獄炎の地下神殿】。

そこなら、Aランク相当の単独型モンスターが出現します』

「よし、決まりだ。効果付き装備なしの、完全生身のデスマッチ。……行くぞ、みんな!」

B+ランクダンジョンの最深部を後にし、足取りも軽く出口へと向かった。

この時の俺はまだ知らなかったのだ。

その実力テストのために向かった【獄炎の地下神殿】で、俺の「無自覚なバズり」と、日本中を巻き込む大騒動の火種となる、一人の少女との出会いが待ち受けていることなど――。