軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

特訓1

泥のように眠り、目が覚めたのはすっかり陽が落ちた夜のことだった。

シャワーを浴びて、蟻の体液まじりの汚れを綺麗に洗い流すと、ようやく人心地がついた。

実家のアパートの四畳半で、俺は冷やし中華を貪るように平らげ、再びベッドの上に寝転がった。

身体の奥に満ちる力は、確かに昨日までの俺を超えている。

一晩で五千匹を狩る狂気の成果は、1.5倍に跳ね上がった基礎ステータスという形で、俺の肉体に刻まれていた。

「……なぁ、みんな」

俺は天井を見つめたまま、心象世界へと意識を向けた。

真っ白な空間には、昨夜の同盟結成を経て、少しだけ距離感を測りかねている三人の少女たちがいた。

「なんじゃ、マスター。もう起きたのか? 随分と回復が早いのう。やはりその無駄に頑丈な器だけは、わらわが認めてやった通りじゃ」

グリ子が大きな尻尾をゆらゆらと揺らしながら、宙で胡坐をかいている。

その隣では、トラ子が何やら昨日の戦闘データのログを整理しており、エク子は大人しく体育座りをしてそれを見つめていた。

「いや、ちょっとふと思い出したことがあってさ」

俺は心象世界のグリ子に向かって、ずっと引っかかっていた疑問を口にした。

「今回の特訓中、ポイズン・キラーアントを何千匹も倒しただろ? ……そういえば、以前俺が持っていたはずの【リポップ抑止】の能力は、やっぱり無くなっちまったのか?」

「……ん? リポップ抑止ぃ?」

グリ子はパチクリと金色の目を瞬かせ、狐の耳を怪訝そうにピクつかせた。

「なんじゃ、その妙な効果は。魔物の再出現を抑える能力かの? ……ふん、そんな効果、わらわは知らんぞ」

「え? 知らないって……あれは【存在強奪】、つまり強欲のスキルに付随してた能力じゃないのか?」

俺が問い返すと、グリ子は宙で腕を組み、鼻で笑った。

「馬鹿を言うな。強欲の真髄は、どこまでも他者の存在を『奪い、我が物とする』ことじゃ。

一度殺した魔物が再び湧こうが湧くまいが、強欲の王たるわらわの知ったことではない。

そんな、ダンジョンのシステムそのものに干渉するような、 管理者(システム) の手先みたいなケチ臭い能力、強欲の権能にあるはずがなかろう」

「強欲の権能には、ない……?」

じゃあ、俺が今までダンジョンで無意識に使っていたあのリポップ抑止の力は、一体どこから湧いて出ていたんだ。

あれがあったからこそ、俺はダンジョンの効率的な立ち回りができていたはずなのに。

「そう、ですか……」

俺が腕を組んで考え込もうとした、その時だった。

「…………っ」

空間の端で、体育座りをしていたエク子が、無言のまま小さく息を呑んだ。

それは、本当に微かな、けれど明確な『動揺』の気配だった。

いつもなら「なんですかそれー!?」と真っ先に騒ぎ出すはずの彼女が、まるで触れてはいけない禁忌の箱の蓋が開いたのを目撃したかのように、身体を強張らせ、自らの唇を両手で覆うようにして沈黙していた。

「エク子……?」

俺が怪訝に思って声をかけると、エク子はハッとしたように肩を震わせ、無理に作ったような、いつもの引きつった笑顔を浮かべた。

「あ、あははは! な、なんでもないですよマスター! ちょっと、グリ子ちゃんのネーミングセンスの無さに、改めてびっくりしちゃっただけですぅー!」

「わらわのネーミングセンスは関係なかろうが! 誰がグリ子じゃ!」

グリ子がギャーギャーと騒ぎ立て、いつものドタバタな空気が心象世界に戻る。

だが、その横でログを整理していたトラ子は違った。彼女は整理する手をピタリと止め、眼鏡の奥の鋭い瞳を、微かに、しかし冷徹に細めて、隣のエク子をじっと見つめていた。

トラ子の内心の疑念は、俺には伝わらない。

ただ、エク子のあの張り詰めたような沈黙が、俺の胸の奥に小さな、けれど消えない違和感の棘として突き刺さった。

「まあ、無いものは仕方ないな。リポップを抑えられないなら、敵が次々に湧いてくる前提で、さらに回避の精度を上げるだけだ」

俺は思考を切り替え、現実世界でぐっと拳を握り込んだ。

「基礎ステータスは上がったが、暗黒龍に挑むにはまだまだ足りない。次のダンジョンを探すぞ」

『……うむ。その意気じゃ、マスター。次はさらに上のランクの魔物を乱獲しにいくぞ!』

グリ子の景気の良い声と共に、俺は次の特訓先を選定するため、スマホでギルドのダンジョン情報を開き始めた。

不穏な影を内包したまま、俺の果てなき強さへの渇望は、さらなる領域へと加速していくのだった。