軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

特訓2

エク子の見せた奇妙な動揺と、失われた能力への疑念。

それは確かに俺の胸の奥底に小さな引っかかりを残したが、今はそれにかまけている余裕はなかった。

俺の最優先事項は、Sランクのエリアボスである暗黒龍を倒せるだけの『絶対的な基礎力』と『完全回避の技術』を身につけることだ。

俺はスマホでギルドの探索者専用アプリを開き、次なる狩場を物色した。

「よし、次はここにするか」

俺が選んだのは、関東でも有数の難所として知られるB+ランクダンジョン――『 疾風狼(ゲイル・ウルフ) の峡谷』だ。

このダンジョンの特徴は、魔物の『圧倒的な素早さ』と『群れによる多角的な連携攻撃』。一発一発の威力もさることながら、とにかく四方八方から目にも留まらぬ速さで牙と爪が飛んでくる。

一発でも被弾すれば死が確定する暗黒龍戦を見据えた『完全回避』の特訓において、これ以上ないほど最適な相手だった。

深夜の『疾風狼の峡谷』。

切り立った崖と強風が吹き荒れる荒涼とした岩場で、俺はジャージ姿のまま、深く息を吸い込んだ。

「グルルルルッ……!」

暗闇の中から、青白い毛並みを持った巨大な狼たちが、低い唸り声を上げながら次々と姿を現す。

その数、ざっと五十。

ギルドのセオリーであれば、重装の 盾役(タンク) がヘイトを集め、魔法使いが一網打尽にするのが定石だ。

だが、俺は一人で、しかも防具すらない軽装のまま、群れの中央へと歩み出た。

「今日のルールは一つだけだ。――『かすり傷一つでも負えば、その時点でゲームオーバー(俺の死)』」

俺がそう宣言すると、トラ子が眼鏡をクイッと押し上げた。

『了解しました、マスター。これより、敵対性エネミーの全攻撃ベクトルの演算と、最適回避ルートのナビゲートを開始します。

……死なないでくださいね』

『タイムキーパー・エク子、準備OKです! 1%バフの残り時間、秒単位で叫びますからね!』

『ふん、せいぜい無様に踊ってみせよ。

一発でも被弾したら、わらわが腹の底から笑ってやるわ』

三者三様の声援(?)を受けながら、俺は構えをとった。

「ワォォォォォンッ!!」

先頭の一匹が遠吠えを上げたのを合図に、疾風狼たちが一斉に地面を蹴った。

速い。キラーアントの比ではない。まさに疾風の如き速度で、俺の前後左右、そして頭上から同時に襲い掛かってくる。

『マスター! 右前方から二体、噛みつき! 同時に背後から一体、 真空刃(ウィンド・カッター) !』

「シィッ!」

俺はトラ子のナビゲートに従い、極限まで姿勢を低くして右前方からの牙をミリ単位で躱す。

同時に、背後から飛んできた不可視の風の刃を、身を捻ることで背中スレスレで回避した。

ジャージの裾が風圧でバサリと音を立てる。

「まずは一発!」

回避の勢いをそのまま反転させ、すれ違いざまに疾風狼の胴体へ、重い右フックを叩き込んだ。

ドォォォンッ!

『強奪成功! 敵のステータス1%を一時奪取! 制限時間一時間、カウント開始!』

エク子の声が響く。

拳から流れ込んでくる明確な力の感覚。

たった1%だが、引き上げられた俺の基礎値に上乗せされたその力は、俺の身体をさらに軽く、鋭くさせていく。

「まだまだァッ!」

俺は止まらない。

着地と同時に地面を蹴り爆ぜ、次々と襲い来る狼の群れの中を、まるで水の中を泳ぐように滑らかに駆け抜けていく。

『左へロール! 次、上空から急降下攻撃!』

「フッ!」

『強奪成功! 累計2%!』

殴るたびに、俺の速度が上がっていく。

殴るたびに、敵の動きがスローモーションのように遅く感じられ始める。

(これが……グリ子の【存在強奪】の真価!)

今までスキル頼りで戦っていた時には気づかなかった。

この能力は、単なるステータス泥棒ではない。

完全回避という極限の集中力と組み合わせることで、戦闘のテンポそのものを自分の支配下に置くことができる『スノーボール(雪だるま式)の戦術』なのだ。

「ハァァァァッ!!」

俺は宙を舞う疾風狼の顔面に回し蹴りを叩き込み、着地狩りを狙ってきた三体の狼を、連続の裏拳と掌底でまとめて粉砕した。

『累計15%! マスター、動きが完全に最適化されています!』

トラ子の声に微かな興奮が混じる。

最初は紙一重だった回避が、今では数センチの余裕を持って躱せるようになっていた。

奪った力が、俺の動体視力と神経伝達速度を極限まで引き上げているのだ。

「グルァッ!?」

疾風狼たちが、俺の異常な動きに混乱し、恐怖を覚え始めているのが分かる。

だが、俺は歩みを止めない。

暗黒龍は絶対に恐怖などしない。一瞬の油断が命取りになる。

バキィッ! ドガァッ!

峡谷に、魔物の断末魔と肉が弾ける音が連続して響き渡る。

一時間というバフの制限時間を最大限に活かすため、俺は群れを殲滅すると、一息つく間もなく次の群れを探して峡谷のさらに奥へと疾走した。

『マスター、現在のバフ残り時間、あと五分です! 新しい群れを見つけて一発入れないと、ステータスが元に戻っちゃいます!』

「分かってる! 索敵急げ、トラ子!」

『前方三百メートル、さらに巨大な群れを検知! ――数は、約二百!』

「上等だ。全部まとめて、俺の 基礎値(エサ) にしてやる!」

俺は血に塗れた拳を固く握り直し、月明かりの届かないダンジョンの深淵へと飛び込んでいった。

一発も食らわず、ただひたすらに殴り、殺し、奪い続ける。

0.01%の塵をかき集めるための、血塗られた舞踏。

俺の肉体と精神は、この極限の特訓の中で、確実に『龍殺し』のための鋭利な刃へと研ぎ澄まされていくのだった。