軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

特訓開始2

右、左、回し蹴り。

トラ子の100%の軌道予測に従い、敵のハサミや毒針をミリ単位で躱し続ける。

暗黒龍のブレスを想定した『完全回避』の特訓だ。かすり傷一つ負うことは許されない。

「オラァッ!!」

ドォォォンッ! という轟音と共に、五体目のキラーアントの腹部が弾け飛び、緑色の体液を撒き散らして絶命した。

『対象の討伐を確認。二体目以降のため、ステータスを強奪しました!』

『ドロップアイテム、魔石(中)とキラーアントの甲殻、ドドンキ袋への自動収納完了です!』

二人のAIの声を聞きながら、俺は一息つく間もなく、次々と湧き出してくる魔物の波へと再び身を投じた。

殴って、避けて、殺す。

避けて、殴って、殺す。

ステータスの上昇など、体感としては全く分からないほどの微小な変化だ。

砂漠にコップの水を撒くような、絶望的なまでの作業。

魔法を使って広範囲を一掃できればどんなに楽か。強力なスキルをぶっ放せればどれほど効率的か。

だが、俺にはこの己の拳と、地道な暴力しか残されていないのだ。

(足りない……! まだまだだ、もっと来いッ!)

一時間経過。

討伐数、三百体。

一時的な1%強奪バフの時間が切れ、全身が鉛のように重くなる感覚に襲われる。だが、俺は足を止めない。

「ハァッ……ハァッ……ッ!」

『マスター! 後方死角から奇襲! しゃがんでください!』

「シィッ!」

三時間経過。

討伐数、千体。

洞窟の床は、砕け散った蟻たちの残骸と体液で足の踏み場もないほどに汚れきっていた。

俺のジャージも返り血(体液)でドロドロだ。

肺が焼け付くように熱い。

筋肉繊維が悲鳴を上げている。脳の処理速度が限界に近づき、トラ子のナビゲートへの反応がコンマ数秒遅れ始める。

「ゼェッ……ハァッ……」

『マスター、心拍数が危険域です! 一度撤退し、休息を推奨します!』

『マスター、無理しないで! タイムリミット管理、一旦止めますから!』

心配するトラ子とエク子の声。

だが、俺は血の混じった唾を吐き捨て、笑った。

「馬鹿言うな……。暗黒龍は、休んでなんかくれないだろ……!」

俺の脳裏に、天道茜の顔が浮かぶ。

そして、俺を見下ろす【嫉妬】の男の、あの冷酷な目。

あいつらに追いつくためには、この程度で音を上げている暇はない。

才能がないなら、スキルがないなら、常人が一生かかってもやらないような狂気の努力で、全てをひっくり返すしかないんだ。

『……ふん。馬鹿な宿主じゃ』

心象世界の奥底から、グリ子の呆れたような、しかしどこか楽しげな声が響いた。

『じゃが、その狂気こそが【強欲】の資質。

……死ぬ気で足掻け。一万の屍を越えた時、お主の器は確実に龍へ届く』

「ああ、見てろよ……ッ!」

俺は洞窟の奥底から迫り来る、新たな『五百体』の群れに向かって、再び地を蹴った。

どれだけの時間が経ったのか分からない。

ただひたすらに拳を振り、血反吐を吐きながら、俺は魔物を殺し続けた。

0.01%。また0.01%。

塵のような力が、俺の魂の奥底で少しずつ、確実に結晶化していく。

それは、もはや誰の目にも見えない、俺だけの孤独で狂気的な『進化』の儀式だった。

翌朝。

Bランクダンジョン『大蟻の腐海』の入り口から、一人の男がフラフラと歩み出てきた。

全身を緑色の体液と泥で汚し、ジャージはボロボロに引き裂かれている。

だが、その瞳だけは、飢えた獣のようにギラギラと危険な光を放っていた。

「……終わっ、た……」

『討伐総数、五千二百四十二体。……マスターの基礎ステータスが、特訓前と比較して【52.4%】底上げされました』

『ドロップアイテムでドドンキの袋がパンパンです! マスター、本当にお疲れ様でしたーっ!』

トラ子とエク子の報告を聞きながら、俺は朝日を浴びて、そのまま草むらへと大の字に倒れ込んだ。

「ハハッ……52パーセント、か。……たった一晩で、俺の基礎能力が1.5倍に跳ね上がったわけだ」

一晩で五千匹のBランクモンスターを殴り殺す。

文字通り死にかけながらの無限周回。

常軌を逸した疲労感に全身が支配されているが、身体の奥底から湧き上がってくる『力』の密度は、昨日までの自分とは全く別次元のものになっていた。

(いける……! この調子で、京都へ行くまでに体を限界まで引き上げてやる)

俺は泥だらけの手を握りしめ、青空に向かって突き出した。

魔法が使えなくてもいい。

便利なスキルがなくてもいい。

俺は、この拳ひとつで、暗黒龍を殴り倒す。

暗黒龍討伐に向けた、地獄の特訓の日々は、こうして幕を開けた。