作品タイトル不明
特訓開始1
柊麗奈と「暗黒龍の逆鱗」を回収する約束を交わした翌朝。
俺はいつもより早く目を覚まし、顔を洗ってからすぐに布団の上に胡坐をかいた。
特級ダンジョンへ挑む前に、まずは自分の能力の「正確な仕様」を完全に把握しておかなければならない。
目を閉じ、意識を深く沈める。
そこにはすでに三人の少女たちが待ち構えていた。
「よく来たな、マスター。今日から始まるのは、お主を真の化物へと作り変えるための地獄の特訓じゃ」
ふわりと宙に浮いた狐っ娘――グリ子が、腕を組んで偉そうに見下ろしてくる。
その両脇には、ホログラムのウィンドウを猛スピードで展開しているトラ子と、なぜかストップウォッチとホイッスルを首から下げた体操服姿のエク子が立っていた。
「ああ。頼むぜ、グリ子。……それで、お前から貰った機能制限版の【存在強奪】についてなんだけど、昨日聞きそびれた細かい仕様を教えてくれ」
「うむ、よかろう」
グリ子はコホンと咳払いをし、ピンと立った狐の耳を揺らした。
「まず、大前提として……お主は今後、魔物を倒しても『スキル』を奪うことは一切できん」
「……やっぱり、そうなるか」
俺は小さく息を吐いた。今までは【超速再生】や【竜鱗装甲】といった強力なスキルを奪うことで、格上の敵とも渡り合えていた。
それが使えないとなれば、純粋なステータスの暴力と己のテクニックだけで戦うしかない。
「次に、基礎ステータスの強奪についてじゃ。まだ一度も倒したことのない未知の魔物を『初回討伐』した時に限り、相手のステータスの【1割】と、ドロップアイテムを確定で奪い取ることができる。
……これは今までとほぼ同じじゃな」
「なるほど。なら、強い魔物を片っ端から一匹ずつ狩っていけば……」
「甘いわ、馬鹿者!」
グリ子がピシャリと俺の言葉を遮った。
「お主が目指しておるのは、Sランクのエリアボスじゃぞ? 辺りの雑魚を数匹狩って得た10%のステータス程度で届く領域ではないわ。
問題は、ここからじゃ」
グリ子はスッと目を細め、ニシシと笑った。
「同じ魔物の『二体目以降』を倒した場合。お主が永久的に奪えるステータスは……たったの【0.01%】じゃ」
「……は? 0.01%?」
俺は自分の耳を疑った。
0.01%。つまり、同じ魔物を百匹殺して、ようやく「1%」のステータス上昇。
一万匹殺して、ようやくその魔物一匹分の基礎能力が丸ごと手に入る計算になる。
「気が遠くなるような数字じゃろう? じゃが、お主の今の燃費では、これが限界なんじゃ」
「そしてマスター。戦闘中における『一時的な強奪』についてもルールが明確化されました」
トラ子が眼鏡を押し上げ、グリ子の説明を引き継ぐ。
「戦闘中、マスターの拳が敵に直撃するたびに、敵のステータスを【1%】奪い、自身の力に上乗せすることができます。ただし、この一時強奪したステータスは『一時間』で完全に消失します」
「一発殴れば1%……でも、一時間で消えるバフ、みたいなもんか」
「はい。つまり、暗黒龍のような絶対に勝てない相手でも、一発も攻撃を食らわずに百発殴り続けることができれば、その一時間だけは完全にステータスが逆転します。
……ただし、一瞬でも回避が遅れて被弾すれば、即死ですが」
トラ子の言葉に、重い沈黙が落ちる。
拳による1%の一時強奪でボスを弱体化させること、そして0.01%み上げて基礎の底上げを図る。
それが、俺に課せられた新しい戦闘スタイルだった。
「うぅ……マスターぁ……」
エク子が、体操服の裾をギュッと握りしめながら、涙目で俺を見上げてきた。
「私、今までの仕様変更のせいで、マスターに『トラ子ちゃんはナビゲートができるのに、私だけ何もできないポンコツですよぉ……!」
「そんなことないぞ、エク子」
俺は落ち込むエク子の頭を、ポンポンと撫でた。
「戦闘中の1%強奪は、一時間で消えるんだろ? 戦闘中にいちいち効果時間を計算してたら、回避に集中できない。
それに、ドロップアイテムの管理だってある。
……エク子には、タイムキーパーとインベントリ(アイテムボックス)の管理っていう、超重要な役目をお願いしたい」
「マスター……!」
エク子の顔がパァァッと明るくなる。
「任せてください! 私、マスターの専属マネージャーとして、1秒の狂いもなく時間を管理してみせます」
「うむ。役割分担は完璧じゃな。……さあ、宿主よ。理論はここまでじゃ」
グリ子が、真っ白な空間の奥を指差した。
「さっさと現実に戻って、ダンジョンへ潜るがよい。目標は暗黒龍じゃ。血反吐を吐いて、一万匹の魔物の山を築いてみせよ!」
◆
数時間後。
俺は、関東近郊に位置するBランクダンジョン――『大蟻の 腐海(おおありのふかい) 』の最深部エリアに立っていた。
ここは、その名の通り巨大な蟻型モンスター『ポイズン・キラーアント』が無数に湧き出る、討伐推奨ランクBの危険地帯だ。
一体一体の強さもさることながら、何十、何百という群れで襲いかかってくるため、並の冒険者では一瞬で骨まで食い尽くされる。
「キシャァァァァァッ!!」
薄暗い洞窟の中、俺の匂いを嗅ぎつけた数十匹のキラーアントが、顎のハサミを打ち鳴らしながら一斉に襲いかかってきた。
硬い外殻に覆われ、毒液を滴らせる二メートル超えの化け物たち。
「……シィッ!」
俺は深く息を吐き、姿勢を低くして群れの中へと飛び込んだ。
『マスター! 右前方から三体、酸の散布行動! 0.2秒後に左へロール回避!』
「応ッ!」
トラ子の氷のように冷静なナビゲートが脳内に響く。
俺は指示通りに左へ転がり、降り注ぐ強酸の雨を紙一重で回避する。
その勢いのまま、着地と同時に足元のキラーアントの頭部へ、右のアッパーカットを叩き込んだ。
メキリッ! と硬い外殻が砕ける嫌な感触。
『存在強奪! 敵ステータス1%を一時奪取! 制限時間、残り59分59秒スタートです!』
エク子の元気なアナウンスが響く。
俺は奪った力でさらに加速し、群れの中心で嵐のように拳を振るった。