作品タイトル不明
黒犬の会合、左京との対峙2
柊本家の日本庭園。
先ほどまで俺を取り囲んでいた左京の部下たちの残骸が、庭を無残に荒らして転がっている。
その光景を前にして、左京玄弥の顔からは、先ほどまでの余裕と狂気じみた笑みが完全に消え失せていた。
「……ば、馬鹿な」
玄弥の口から、乾いた声が漏れる。
無理もない。大罪スキル【怠惰】を持つスロースから与えられた、絶対的なはずの力。
それが、たった一人の男によって、瞬きする間に紙くずのように粉砕されたのだ。
だが、玄弥のその怯えは、数秒後にはどす黒い怒りによって塗り潰された。
「ふざけるな……。俺は選ばれたんだ! 俺には、スロース様から賜った『力』がある! お前のような得体の知れない下っ端に、この俺が負けるはずがないッ!!」
玄弥が咆哮を上げ、その全身からドス黒いオーラが噴き出した。
庭園の空気がビリビリと震え、池の鯉たちがパニックを起こして跳ね回る。
「死ねェッ、結城誠!!」
玄弥が地面を蹴り飛ばし、俺の目の前へと肉薄してきた。
その踏み込みの速度は、先ほどの超人たちとは比べ物にならない。
スロースから直接力を注ぎ込まれた玄弥のステータスは、間違いなくSランク冒険者クラス、いや、それ以上へと跳ね上がっていた。
「……ッ!」
俺は両腕をクロスさせ、玄弥の放った右ストレートをガードした。
――ドゴォォォンッ!!
まるでダンプカーに撥ねられたかのような凄まじい衝撃。
俺の両足が砂利を深くえぐりながら、数メートル後方へと押し込まれる。
ガードした両腕の骨がミシミシと悲鳴を上げたが、強靭な耐久力を持つ俺の身体は、その衝撃を完全に殺しきっていた。
「チィッ! なら、これならどうだ!」
俺の防御が崩れないと見るや、玄弥は怒涛の連撃を放ってきた。
右、左、回し蹴り、肘打ち。
その一つ一つが必殺の威力を持った、魔力を帯びた重い一撃だ。
俺はバックステップで紙一重の回避をしながら、時折飛んでくる鋭い拳を手のひらで弾き返す。
バチィッ! ドガァッ! という肉と肉がぶつかり合う破裂音が、静寂の庭園に連続して鳴り響く。
(……速い。それに、重いな)
俺は冷静に玄弥の攻撃を分析していた。
確かに、玄弥の現在の身体能力は異常だ。
だが、その動きには『歪み』があった。
武術の心得や、ダンジョンでの実戦経験に裏打ちされた動きではない。
ただ与えられた強大なスペックに振り回され、力任せに暴れているだけの、いわば『子供の 癇癪(かんしゃく) 』だ。
キバやシルたちの洗練された暴力に比べれば、玄弥の攻撃など見え透いていた。
「……その程度かよ、左京」
俺は、玄弥の右フックを潜り抜けると同時に、がら空きになった奴のボディへと、強烈な左フックを叩き込んだ。
「ガ、ハァッ……!?」
玄弥の口から胃液と空気が吐き出され、その身体がくの字に折れ曲がって後方へと吹き飛ぶ。
奴は庭石に背中から激突し、ゴホゴホと激しく咳き込んだ。
――肉弾戦は、徐々に俺のペースへと傾き始めていた。
俺はスキルこそ失っているが、基礎ステータスは玄弥を上回っている。
何より、死線を潜り抜けてきた『経験値』が違った。
(くそっ……! なぜだ!?)
庭石を背にして立ち上がった玄弥の脳内には、焦燥感が渦巻いていた。
スロースから与えられた力は絶対のはずだ。だが、何度殴っても、結城誠には致命傷を与えられない。
逆に、結城の重い反撃を食らうたびに、玄弥の体力と魔力は確実に削り取られていく。
(このまま肉弾戦を続ければ……ジリ貧になる。確実に俺が削り殺される……!)
玄弥は、唇を噛み破るほどに強く食いしばった。
親父の前で、こんな無様な姿を晒すわけにはいかない。俺こそが、左京玄弥こそが黒犬の真の支配者だと証明しなければならないのだ。
「……調子に乗るなよ、結城誠。
俺の力は、ただ殴る蹴るだけの単純なものじゃない」
玄弥は血を吐き捨て、その両手に不気味な紫色の魔力を収束させ始めた。
玄弥が両手を地面に叩きつけた瞬間。
俺の足元の影がドロリと広がり、そこから無数の『紫色の茨』のようなものが飛び出してきて、俺の手足に絡みついた。
「なっ……!?」
『マスター! 敵の魔法スキルの発動を検知しました!』
『うわわっ! マスター、ステータス画面が真っ赤です! デバフ(能力低下)を受けました!』
トラ子とエク子の声が脳内に響くと同時に、俺の身体から急速に力が抜け落ちていくのを感じた。
「はははっ! 俺の固有スキル【衰弱の 呪縛(ウィークネス・バインド) 】だ!
対象の全ステータスを、『五分間、強制的に二割カット』する効果がある!」
俺は舌打ちをした。
低ステータスの二割ならまだしも、俺のステータスの『二割』という数字は、絶対値で見ればとてつもない量の能力低下を意味する。
「さらに、これだけじゃない! 【千の 苦痛(ペイン・サウザンド) 】!」
玄弥が指を鳴らすと、俺の身体のあちこち――皮膚の表面や、筋肉の奥底で、チクチク、ズキズキとした小刻みな痛みが同時多発的に発生した。
見えない無数の針で全身を刺され続け、傷口に塩を塗り込まれているような、極めて不快な激痛。
『マスター! 多数の嫌がらせ系スキルによる複合攻撃です! 視覚へのノイズ、幻肢痛、および微弱なスリップダメージ(継続ダメージ)が重なっています!』
「ぐ、ぅぅっ……!」
俺は思わず片膝をついた。
致命傷ではない。
だが、ステータスが二割低下した状態で、この絶え間ない激痛と視界のブレは、俺の集中力と戦闘力を著しく削ぎ落とした。
「ひゃははははッ! どうだ結城! いくら基礎能力が高かろうと、これならどうしようもないだろう!」
形成が逆転した。
玄弥は歓喜の声を上げ、デバフに苦しむ俺に向かって容赦のない蹴りを見舞ってきた。
「ガハッ……!」
反応が遅れた。玄弥の蹴りが俺の顎を捉え、脳が激しく揺れる。
体勢を立て直そうとするが、スリップダメージの激痛が走って足がもつれ、そこへさらに玄弥の容赦ない追撃が叩き込まれた。
「死ね! 死ね! 死ねェッ!」
腹部への膝蹴り、背中への鉄槌。
デバフで防御力も低下しているため、玄弥の攻撃が先ほどよりも深く骨と肉に響く。
俺の口から鮮血が飛び散り、日本庭園の白い砂利を赤く染めた。